1950年代

ウィンチェスター銃 ’73(1950年)

ジェームス・スチュワートを西部劇でハードな役にチャレンジさせたのが、かつて舞台でジミーと知り合いだったアンソニー・マン。ジミーとアンソニー・マンの二人は、本作を契機にして七本の映画で主演俳優と監督としてコンビを組むことになるのです。
外国映画

007ゴールドフィンガー(1964年)

『ロシアより愛をこめて』がスパイ・サスペンスとして一級品だったのに比較すると、アクション・エンターテイメントとしての007シリーズを確立したのは本作だったといえるでしょう。
外国映画

価値ある男(1961年)

三船にとっても本作の出演がステップとなって、1960年代後半の『グラン・プリ』や『太平洋の地獄』などの大作に出演することになるのですから、キャラクター的にみるとなんでこんな映画にと思ってしまう一方で、映画キャリア的には世界進出に適当な選択だったのかもしれません。
日本映画

マカオの竜(昭和40年)

「ヒマラヤの星」と呼ばれる幻の宝石を巡って、小林旭と宍戸錠と佐野浅夫が入り乱れながら対立するアクション映画になっています。香港のギャングがからんだり松原智恵子が中国娘を演じたりする無国籍風仕立てで、モノクロながら日活プログラムピクチャーの一篇です。
1940年以前

フランケンシュタイン(1931年)

ボリス・カーロフがThe Monsterを演じたフランケンシュタインの原点です こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、ジェームズ・ホエール監督の『フランケンシュタイン』です。フランケンシュタインは現在までに何度もリメ...
外国映画

追憶(1973年)

70年代前半のハリウッドで最も注目を集めていた超人気俳優の共演ということだけで大いに話題になった作品ですが、その内容は単なる恋愛ストーリーではなく、第二次大戦前後の政治を動きを背景とした社会劇でもありまして、そこに監督のシドニー・ポラックと脚本のアーサー・ローレンツのこだわりが強く反映されています。
日本映画

昭和残侠伝 唐獅子牡丹(昭和41年)

時代劇からやくざ映画へと舵を切った東映では、「博徒」や「日本侠客伝」、「網走番外地」などシリーズ化された作品群が、鶴田浩二または高倉健主演によって次々に作られていきました。「昭和残侠伝」シリーズもその路線に沿って九作品が世に送り出され、本作はそのシリーズの第二作です。
昭和二十年以前

港の日本娘(昭和8年)

清水宏は昭和初期のモダニズムを体現した監督でしたから、本作も主人公がヘンリーでその妻がドラという役名になっているなど、横浜を舞台にして日本らしくない洋風の装いの作品になっています。
日本映画

霧の旗(昭和40年)

山田洋次といえば「男はつらいよ」シリーズとイコールになるわけですが、シリーズ開始前は松竹でハナ肇を主役にした喜劇を専門にしていました。ところがどっこい、倍賞千恵子を主演にして松本清張作品の中でも異色ともいえるピカレスクロマンを映像化していたんですね。
1950年代

宇宙戦争(1953年)

原作はジュール・ヴェルヌとともにSFの創始者ともいえるH・G・ウェルズが1898年に発表した小説で、火星人の襲来により地球が滅亡の危機に瀕するディストピアをパラマウント・ピクチャーズが映画化しました。
1950年代

禁断の惑星(1956年)

MGMが1956年に本作を製作するまでは、SF映画といえば宇宙人が地球に攻めてくるといった地球防衛的内容がほとんどで、宇宙や他の惑星を舞台にした作品はほとんど存在しませんでした。そんな中で登場したのが『禁断の惑星』で、今でもSF映画のエポックメーキング的映画として高評価されています。
日本映画

日本沈没(昭和48年)

SF作家小松左京が書いてベストセラーになった小説は、刊行前から東宝によって映画化されることが決まっていたそうで、小説が発表された昭和48年の年末にお正月映画として公開され大ヒットしました。
外国映画

シノーラ(1972年)

邦題になっているシノーラとは、本作の舞台であるメキシコ国境近い町の名前。原題はイーストウッドが演じる主人公「Joe Kidd」でして、なぜ日本公開にあたって誰も知らない町の名前にしたのか全く理解できません。
日本映画

青い山脈(昭和38年)

石坂洋次郎の小説は昭和22年に朝日新聞に連載された新聞小説で、昭和24年には原節子主演で映画化されました。その後何度も映画化が繰り返されて、本作は三度目にあたる作品。主人公の女子高校生役を吉永小百合、先生役を芦川いづみが演じています。
日本映画

からみ合い(昭和37年)

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、小林正樹監督の『からみ合い』です。原作を書いた南條範夫は直木賞受賞作家で、どちらかといえば歴史小説や時代小説が本業の人。そんな南條範夫の遺産にまつわる推理小説を小林正樹監督が映画化しました。製作は文芸プロダクションにんじんくらぶで、設立者の一人である岸恵子が主演しています。配給は松竹ですが、松竹っぽくない乾いた演出が印象的な作品です。
外国映画

アルフィー(1966年)

本作は1964年に初演されたビル・ノートン作の舞台劇がもとになっていて、ロンドンやブロードウェイで上演されて人気を博していたそうです。舞台でアルフィー役をやっていたテレンス・スタンプが映画出演を拒否したため、マイケル・ケインが主人公に収まり、結果的にマイケル・ケインの出世作になりました。
日本映画

もず(昭和36年)

昭和35年に日本テレビで放映されたドラマが好評だったのを受けて、台本を書いた水木洋子が映画用に脚本を書き上げて、渋谷実が監督したのが本作です。
日本映画

喜びも悲しみも幾歳月(昭和32年)

灯台守夫婦を佐田啓二と高峰秀子が清々しく演じていて、公開時には大ヒット。昭和32年は新東宝が放った『明治天皇と日露大戦争』が当時の記録を塗り替える配給収入を打ち立てた年ですが、松竹で製作・公開した本作もそれに次ぐ第二位のヒット作となりました。
外国映画

ウエストワールド(1973年)

マイケル・クライトンは小説家でもあり映画監督でもあり脚本家でもあるオールラウンダー。1990年に書いた小説「ジュラシック・パーク」はスティーヴン・スピルバーグとユニバーサル・ピクチャーズに50万ドルで映画化権を売ることになるのですが、本作は公開当時、やや毛色の変わったB級大作といった感じでした。今見ると確かに『ジュラシック・パーク』につながる内容になっているところが興味深いです。
日本映画

我が家は楽し(昭和26年)

父親役の笠智衆はともかくとして、母親に山田五十鈴、長女に高峰秀子、次女が岸恵子と女優陣は錚々たるキャスティング。でもなんと本作は岸恵子の記念すべきデビュー作でもあるんですね。開巻直後の「お父~さん」と呼ぶ声のハスキーさだけで岸恵子だとわかってしまうくらいに、デビュー作からその個性を発揮しています。
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