結婚哲学(1924年)

エルンスト・ルビッチ監督渡米二作目のサイレント映画は大ヒットしました

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、エルンスト・ルビッチ監督の『結婚哲学』です。原作はロタール・シュミットという人が書いた「Only a Dream」という戯曲で、エルンスト・ルビッチ監督にとってはハリウッドに渡って二作目の作品にあたります。1924年2月にニューヨークで封切られるとアメリカで大ヒットを飛ばし、ルビッチの名声を高めることになりました。この年に始まったキネマ旬報ベストテンの「芸術的に最も優れた映画」ではチャップリンの『巴里の女性』に続く第2位に選出されています。

【ご覧になる前に】ヒッチコックや小津安二郎が大ファンだと公言する作品

ウィーンの街に引っ越したばかりのストック教授は気分屋の妻ミッツィから小言をいわれておちおち髭も剃れません。親友シャーロットから引っ越してきたならすぐに会いたいという手紙をもらったミッツィはパジャマ姿で体操運動をする夫を置いて出掛けることにします。タクシーの取り合いになって結局同乗することになった男性にミッツィがモーションをかけると、男性は途中で車から降りてしまいました。久しぶりに再会した親友同士でおしゃべりが弾むところにシャーロットの夫で精神科医のフランツが帰宅すると、ミッツィはタクシーに乗り合わせた男性がフランツだったことに気づくのでしたが…。

ベルリンに生まれたエルンスト・ルビッチは、高校を中退すると劇団を経由して映画界に入りユダヤ人コメディアンとして人気を博しました。やがて短編映画で監督デビューすると1918年に長編映画『呪の目』『カルメン』で主演のポーラ・ネグリを大スターに押し上げ、ドイツにエルンスト・ルビッチありという評判はハリウッドに届くことに。そして1922年ルビッチはユナイテッド・アーチスツ社の設立者のひとりであるメアリー・ピックフォードに招聘されてアメリカに渡ったのでした。

しかしメアリー・ピックフォードが主演したルビッチのハリウッド第一作『ロジタ』は興行的に失敗してしまい、ルビッチはユナイテッド・アーティスツからワーナーブラザーズに契約先を変更することになりました。そして製作されたのが本作で、クレジットタイトルの冒頭に「ワーナーブラザーズプレゼンツ&エルンスト・ルビッチプロダクション」と出てくるように、ワーナーブラザーズが製作資金を全額出資して全米映画館に配給したうえで、実際の製作現場責任はルビッチに一任されました。

シナリオを書いたポール・バーンもドイツ出身でMGMスタジオに入社して脚本家または監督として活躍した人。『グランド・ホテル』のプロデューサーとしても名を残していますが、何よりも有名なのが「ポール・バーン事件」で、当時ハリウッドのセックスシンボルだったジーン・ハーロウと結婚したポール・バーンはそのわずか2ケ月後に浴室で射殺体となって発見されたのでした。性的不能を悩んでの自殺とされていますが、女優で元恋人のドロシー・ミレットによって頭を撃ち抜かれたという説もあります。というのも事件の2日後にドロシーは川に身を投げて自殺していますし、事件から50年以上が過ぎたとき事件現場に警察より先に到着したMGMのプロデューサー仲間サミュエル・マルクスが「夫婦喧嘩を詫びるメッセージカードを見つけたアーヴィング・タルバーグが専属女優ジーン・ハーロウをスキャンダルから守るために遺書に見せかけた」と告白したからでした。

ポール・バーン事件は1932年のことでしたから置いておくとして、本作の大ファンであると多くの世界の名監督が公言していることも映画史においては注目作になっています。名監督とはアルフレッド・ヒッチコックや小津安二郎、ジャン・ルノワール、ダグラス・サークたちのこと。特に小津安二郎は『東京の女』で原作者として「エルンスト・シュワルツ」という架空の人物を創ってクレジットタイトルに表記したことから、熱烈なルビッチファンだったと言われています。

【ご覧になった後で】無声なのに二組の夫婦の人間関係がよくわかりました

いかがでしたか?澤登翠が弁士をつとめた伴奏付きバージョンで鑑賞したのですが、極力弁士の説明を耳に入れないようにして本来のサイレント作品としての映像+字幕のみを見るようにしました。するとどうでしょう。二組の夫婦の人間関係を描くロマンティックコメディで夫と妻が互い違いに絡む様子がサイレントであるにも関わらず、まるでセリフがあるかのようにしっかりと伝わってくるではありませんか。奔放な妻に飽き飽きしているストック教授、その妻ミッツィは凡庸な夫に満足できず、親友であるシャーロットの夫フランツを誘惑します。フランツはミッツィのモーションをうざったく感じますが、些細なことで妻シャーロットから浮気を疑われ、シャーロットをフランツの同僚グスタフが慰めることになります。こうしたコメディ的な人間関係の設定が明快に観客に伝わってくる映画的話術が見事にハマっていたのが驚きでした。

これがいわゆる「ルビッチ・タッチ」と言われるものなのかもしれません。小津安二郎は「ルウビッチェは巧いね。あゝいう巧いにはちょっとないのじゃないかと思うね。採り上げる材料とか何かでなしにね。それをこなす演出力とか、場面の構成とか、映画監督でルウビッチェをけなす者はいないだろうね」と絶賛していますし、「僕なんかだと、人物が三、四人いて、そのうちの一人が靴の先で床を叩くところがあるとすると、直ぐその男の靴の先を大写で挿入しなければ気が済まないのですが、ルウビッチェは人物を全部ロングショットに収めてその中で芝居をさせながら、しかもそのうちの一人が靴先で床を叩く姿がハッキリ僕達に感じられるような監督ぶりなのです」と具体的な演出法を挙げて褒め称えています。

小津安二郎の指摘を本作に当てはまるとパーティ後にシャーロットがグスタフのことをフランツと間違えて部屋に上げてキスするシーンがまさにこれでした。カーテン越しにシャーロットが手首をヒョイヒョイと曲げて部屋に入るように合図する庭からのショットがあり、カッティングで部屋の中からのショットに切り返されます。おそるおそる部屋に入るグスタフに対して、近くに来るようシャーロットが合図してグスタフのことをフランツだと思い込んだままキスします。下手な監督なら手首をクローズアップにしたり、その動作をするシャーロットのバストショットをインサートしたりするんでしょうけど、ルビッチはこの一連の芝居をひたすら登場人物の全身が映るフルショットしか使いません。フルショットなんですけどシャーロットの合図は観客にとってはクローズアップのように印象的に感じられるのです。

また小津安二郎はオーバーラップ技法を使わない映画監督でしたけど、本作でのルビッチによるオーバーラップには拍手喝采を送っています。「僕はオーヴァラップというやつが嫌いでね。しかしオーヴァラップでも、偉い監督が有効に使うと素晴らしい効果があります。例えば『結婚哲学』で、饒舌を表現するために使われたそれなど見事なものでした」と小津が取り上げたのは親友宅を訪問したミッツィがシャーロットと語り合う場面。おそらく久しぶりに再会した二人は長々と近況報告をしたのでしょう。ルビッチはそんな女性同士の果てしないおしゃべりを二人のミディアムショットを切り返しながらオーバーラップでつないでいくのです。カッティングでは表現できない長時間のおしゃべりが映像として伝わってくる演出でした。ちなみにもう一か所オーバーラップが使われていたのが終盤のホテルの場面で、フランツを待つミッツィのショットが10時10分前を指す時計にオーバーラップします。このオーバーラップからはミッツィがずっと時計を見てフランツを待ち続けていることの表現になっていました。

小津だけでなく五所平之助もルビッチに学んだ映画監督のひとりでした。「ぼくは大体ルビッチの作品が大好きなんで、あの人の手法を学ぶために『結婚哲学』を二十何回見ました。後年、ぼくの作品がクローズアップを多く使って、カットを細かく割りながらその一つ一つに関連を持たせるようにしたのは、当時ルビッチを見ながら自分で研究したんです」というコメントからもわかるように、本作では時計とかバラの花とか手紙とかでクローズアップがうまく使われていましたよね。

というわけでほとんどエルンスト・ルビッチの映像演出の話になってしまいましたが、さすがに1924年の映画だと俳優たちは妙に白塗りしたメイクアップが目立ってしまい、あまり演技面での見どころはなかったような気がします。アドルフ・マンジューの品の良さは前年に出演した『巴里の女性』のままでしたが、マリー・プレヴォーは親友の夫を誘惑するほどの魅力は皆無でよく女優になれたなという感じしかしません。かたやフローレンス・ヴィダーはブルーネットヘアーの美人で、モンテ・ブルー演じるフランツと仲直りするラストもなかなか微笑ましかったです。このラストシーンも妻が同僚とキスしたのは本当なのに、フランツがそれを真に受けず同僚が話を合わせてくれているのだと勘違いするというシチュエーションが、切り返しのカッティングと俳優の表情だけで表現されていて、エンディングまでルビッチの演出は完璧だったなと思わされました。100年以上前の映画でも1時間半近くを全く飽きることなく見られるのは、監督の力のおかげなんでしょうね。(A051726)

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