青い山脈(昭和38年)

石坂洋次郎原作の三度目の映画化は吉永小百合と芦川いづみの日活版です

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、西村克己監督の『青い山脈』です。石坂洋次郎の原作は昭和22年に朝日新聞に連載された新聞小説で、昭和24年には原節子主演で映画化されました。その後何度も映画化が繰り返されて、本作は三度目にあたる日活の作品。主人公の生徒役を吉永小百合、先生役を芦川いづみが演じています。戦後間もない時期に男女の自由恋愛を取り上げた内容ですので、高度成長真っ最中の昭和38年における観客の反応はどうだったのでしょうか。気になるところです。

【ご覧になる前に】彦根市でロケをしたので舞台は城下町という設定です

とある城下町の女子高に赴任したばかりの島崎先生は、生徒の寺沢新子からラブレターをもらったことを相談されます。どうやらそのラブレターは同じクラスの別の生徒が書いたいたずらで、男女関係が元になって以前いた高校を退学して転校してきた新子に対するいやがらせのようでした。島崎先生はクラス全員の前で、そのような陰湿ないたずらを非難するのですが、新子を除いたクラス全員は母校を愛するがゆえにやったことであると島崎先生に謝罪を求めてくるのでした…。

原節子が主演した東宝版は山と海に囲まれた地方の町を舞台にしていましたが、本作は城下町という設定。というのも彦根市でロケーション撮影をしたからで、彦根には天守閣が国宝に指定されている彦根城がありますし、琵琶湖にも面している風光明媚な町でもあります。また昭和38年当時にはまだ立派な木造校舎が残っていた彦根西中学校が映画の貞淑女子高等学校として登場します。こうした地方でロケーションした映画は、いつの間にか開発が進んでしまい、かつての景色が失われていくことが多い日本の地方都市にとっては、映像遺産ともいえるアーカイブを今に伝えてくれています。

先生役の芦川いづみと生徒役の吉永小百合はともに日活の看板女優。芦川いづみは昭和30年に日活に入り、石原裕次郎が主役を射止めるようになると北原三枝の後を継いで裕次郎の相手役として活躍します。かたや吉永小百合は昭和35年に高校入学とともに日活に入社、浜田光夫とコンビを組んで日活に純愛映画路線を定着させて、昭和を代表する大女優になっていきました。日活という会社は日本最古の映画会社でありながら、戦争が始まって解体されたこともあり、戦後に製作を再開しても松竹や東宝の後塵を拝する立場でした。なので一度掴んだ獲物は離さないという社風になってしまったのか、人気が出た俳優はその人気のあるうちにこき使うという体質がありました。出演本数を見てみると、芦川いづみは昭和34年に11本、吉永小百合も本作に出演した昭和38年に11本となっています。ほぼ毎月、別の映画に出演していたわけで、芦川いづみも吉永小百合もよくそんなに別の作品のセリフを覚えたもんだと感心してしまいますね。現在のTVタレントでもこんな重労働はしていないので、当時の映画界がいかに大量生産体制だったかがわかる数字です。

主題歌はお馴染みの「わーかーくあかるい歌声にー/なーだれーは消える花も咲く」という歌詞のあの歌が再登場します。また脚本にも原節子版を書いた井手俊郎がクレジットされているように、ほぼ東宝と同じで、例によって「変しい変しい私の変人」も朗々と朗読される場面が出てきます。監督の西村克己は吉永小百合の文芸ものを多く撮っていて、1970年代には山口百恵主演作品でも監督を任された人。堅実路線だけのように思えますが、中には『ザ・スパイダース バリ島珍道中』みたいなコメディー映画も作っていて、日活の都合に合わせてそつなく幅広く作品をまとめあげるプログラムピクチャー向きの監督だったようです。

【ご覧になった後で】溌溂とした俳優陣の中で特に目立ったのは高橋英樹

いかがでしたか?戦後すぐならともかくとして、翌年に東京オリンピック開催を控えている当時の日本でこんなウブな若者たちを描いていて、恥ずかしくなかったんでしょうか。もしかしたら公開当時は高度経済成長期でもあったので、敗戦したばかりの頃の日本に対する郷愁みたいなものがあり、そんなノスタルジックな思いを呼び起こすことを狙ったのかもしれません。どっちにしても「変しい変しい」はあまりに幼稚ですし、女子生徒が転校生をいじめる理由に母校愛をもってくるのも当時の学生たちの現実からはめちゃくちゃ乖離していたとしか思えません。そんな時代のズレ感を今更ながらに心配しても仕方ないのでしょうけど、もともと石坂洋次郎の小説自体が文学というよりは軽めの少女漫画風のもので、煮ても焼いてもこんな感じになってしまうのでしょうか。

とは言えこの日活版は出演俳優がみんな溌溂としていて、見ていて清々しい気持ちになってきます。吉永小百合はまだ高校生の頃なので頬っぺたもパンパンに張っていて若さ以前の幼さしか感じられませんが、芦川いづみの凛とした佇まいは女優として成長した姿を見せてくれているようで、なかなか魅力的です。校医役の二谷英明も、原節子版のときのもっさりしたあの俳優よりもはるかに役に合っていますし、落ち着いていないやんちゃなところが出ていて芦川いづみの相手役として申し分ありませんでした。そして誰よりも目立っていて、本作の見どころを独り占めにした感があるのは高橋英樹。原節子版では池部良がやった六ちゃんが印象的でしたが、本作では高橋英樹のガンちゃんが群を抜いていて、父兄会で突然哲学者の名言を述べるくだりや最後の「好きだ」のオチなどを快調にこなしていました。本作出演時にまだ十九歳だった高橋英樹は、本作のあとに日活版『伊豆の踊子』で吉永小百合とともに主役を演ずることになります。日活の幹部も本作で将来の大物現ると色めき立ったのかもしれないですね。

そしてやっぱり彦根の町は美しいですね。彦根城が出てくるので冒頭を時代劇風の始まりにしたのはあまり効果なしでしたが、お堀端を歩いている場面や背景の遠いところに彦根城の櫓が映っているショットなどに彦根らしさが表現されていました。ラストも一見海に見えますけど、実は湖なんですよね。まあ、湖にしても「好きだあ」と叫ばれても答えようがないわけではありますが。(A020922)

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