兄いもうと(昭和11年)

室生犀星の短編小説を最初に映画化したのは東宝の前身PCL映画製作所でした

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、木村荘十二監督の『兄いもうと』です。原作の「あにいもうと」は室生犀星が文藝春秋に昭和9年に発表した「神々のへど」の中の一篇で、翌年には第一回文芸懇話会賞を獲得した短編小説でした。日本映画史においては昭和28年に成瀬巳喜男監督が京マチ子主演で撮った大映版の『あにいもうと』が有名ですが、実は最初に映画化したのは東宝になる前のPCL映画製作所においてで、監督はPCLの主力だった木村荘十二がつとめました。キネマ旬報ベストテンで第7位にランクされたことからも高い評価を得た作品だということがわかります。

【ご覧になる前に】PCLには木村荘十二のような左翼系映画人が集まりました

真夏の日中、石運搬船持ちの人夫たちが川の洪水を防ぐために竹編みの蛇籠に石をつめて土手に積み上げています。川師の赤座が人夫たちに罵詈雑言の限りを尽くしているところへ赤座夫人がふかし芋を差し入れに来ました。それを土手の上から眺めていた次女さんが家に戻ると畳の上では姉もんがうたた寝をしていて、兄の伊之が男に妊娠させられたうえに棄てられたもんのことを罵り始めます。家に置いておけないと伊之に言われたもんは家を出ていきますが、季節が巡りまた春になった頃に赤座の家を訪ねてきたのはもんを棄てた小畑という男でした…。

兄と妹の複雑な愛憎関係を描いた室生犀星の小説は三度も映画化されていまして、本作がその一番最初の映画化でした。昭和28年に大映で映画化されたあとの昭和51年には今井正監督の東宝版も作られました。本作では兄を丸山定夫、妹を竹久千恵子が演じていますが、大映版では森雅之と京マチ子、東宝版では草刈正雄と秋吉久美子がキャスティングされています。ちなみに父親役は小杉義男・山本礼三郎・大滝秀治の順で、母親役は英百合子・浦辺粂子・賀原夏子、次女役は堀越節子・香川京子・池上季実子、小畑役は大川平八郎・船越英二・下條アトムとなっています。

赤座を演じる小杉義男はまだ駆け出しの頃の出演ですが、PCLから東宝になると数多くの名作で脇役として活躍します。『七人の侍』での村はずれに住む茂助、『キングコング対ゴジラ』の南洋の島の酋長など東宝ファンにとっては小杉義男は外すことができない名脇役でして、その映画デビュー間もない時期の出演作が見られるのは嬉しいことですね。

木村荘十二はサイレント期から監督をつとめていた人で、鈴木重吉監督の『何が彼女をさうさせたか』の左翼的内容に貢献したいわゆる傾向映画出身監督でした。自分自身の独立プロがPCLと提携して作品を作ったことをきっかけにPCLに入ることになったのですが、PCLは契約制とプロデューサー制をとっていた点で因習的徒弟制度主体の松竹や日活と大きく違っていました。スタッフを公募制で募集していたことで木村荘十二のような左翼的傾向をもった映画人も入社することができたようで、プロレタリア美術連盟で画家をやっていた黒澤明もPCL経由で東宝の監督になっています。

アメリカナイズされた軽薄な作品群が「ポーク・カツレツ・ラード揚げ」と揶揄されたPCLにおいて、木村荘十二は『音楽喜劇ほろよひ人生』や『彦六大いに笑ふ』などでPCLを代表する監督と目されるようになります。そのまま東宝に所属していましたが、建国された満州に渡って満州映画協会に入ったのが昭和16年のことでした。しかし満映が製作した作品リストを見てもほとんど木村荘十二の名前はなく、やっと敗戦直前の昭和20年になって『蘇少妹』という映画を一本監督したという記録が見られる程度です。昭和28年に帰国したそうですが、戦後には数本の文化映画を撮ったくらいしか活動しなかった模様です。

主演の竹久千恵子はエノケン一座のレビューに出てから映画界に入りPCLと東宝で50本くらいの映画に出ていますが、日系アメリカ人と結婚してハワイに移住したので映画には出なくなったそうです。丸山定夫は成瀬巳喜男の『妻よ薔薇のやうに』でダメ父を演じたのが強烈に印象に残っていまして、あの役のイメージとは全く違ったキャラクターを本作では演じていますので別人かと思うほどです。戦時中に移動演劇桜隊を組んで全国各地を巡業したらしいのですが、たまたま広島にいたときに原爆が落ちて被爆し、玉音放送が流れた翌日に亡くなりました。

木村荘十二 Public Domain Item

【ご覧になった後で】あなどるなかれ、映画演出の基本を学べる傑作でした

いかがでしたか?昭和11年といえば国内では二二六事件が勃発した年ですし、海外ではベルリンオリンピックが開催されてナチスがその威勢を世界中に宣伝した年です。現在的にみればもう遠い昔の歴史に組み込まれた年のようにも感じられるそんな時期に、この『兄いもうと』のような映画演出の基本中の基本みたいな傑作が公開されていたことは驚愕するしかありません。日本に映画が紹介されたのはフランスでリュミエール兄弟が投影式の映画を公開したわずか二年後のことでして、映画の世界史的にみても戦前の日本映画には最も洗練された映像術をあったのだとあらためて感心させられました。

何が基本中の基本かといえば、映像の組み立て方やショットの選択がストーリー展開や登場人物の心情表現に直結していることなんですよね。例えば、映画の冒頭に出てくる川師の父親を仰角のアングルで撮った構図。父親は大勢の職人たちを仕切る権限をもっているわけで、小杉義男を下から見上げるように撮ることで人物的な優位性というか威圧感を強調しているのです。そして長女を妊娠させた男が訪ねてきたと聞いで父親が家に向かうときの移動ショットの使い方。それまではほとんどキャメラはフィックスの構図で派手な動きは見せませんでしたが、小畑という男の登場はストーリーが急転するきっかけになるところです。なので小杉義男が怒ったような顔をして家に向かう姿を窮屈めのバストサイズくらいにとらえながら猛然と横移動するキャメラがストーリーの急展開を告げることになります。ストーリーだけではなく、小畑を殴り倒しかねない父親の感情が爆発しそうなエモーションが伝わるショットでもありました。

結果的には父親は極めて冷静に小畑と対面して終わるのですが、次に待っているのが丸山定夫の兄で、ここでは縦方向に後退移動するトラックバックショットが有効に使われていました。追いかけてくる兄におびえる小畑という二人の関係が、観客にとっても前が見えない状況で画面が移動するので非常に不安な感覚になってきます。そしてついに兄は小畑の肩に顔をのぞかせるくらいに近づき、兄による暴力シーンへと展開していきます。木村荘十二のこれらの移動ショットの使い方は本当に映画の教科書に出てきてもおかしくないくらいに劇的で効果的でした。

さらにはクローズアップショットの挿入の仕方も的確で、里帰りしたおもんが小畑を半殺しにしたという兄と口論をはじめて、主要登場人物の二人が言葉と身体でぶつかりあうクライマックスにおいておもんが手ぬぐいを握った手を瞬間大写しにするのです。このショットが我慢して我慢してしかし破裂しないわけにいかないおもんの心情をセリフなしで表現するんですよね。他にもいくつかクローズアップはうまい使われ方がしてあったのですが、興奮して忘れてしまいました。

家の縁側から土手の上を見上げる景色が、緑から枯れ葉に変わりやがて雪景色になるというディゾルヴの使い方ももはや古典的ではあるものの、映像ならではの時間表現でしたし、おもんがバスに乗ってやってくると歩いている妹と出くわすという場面ではのんびりとした田舎の雰囲気が感じられて、映画全体の中の緩急のつけ方が本当にメリハリがあって見ていて全く飽きることがありませんでしたね。

こうして見ると本作は1時間ほどの中編なのですが、成瀬巳喜男の大映版よりも映画としての完成度は上のようにも思えてきて、映画評論家の佐藤忠男も「労働者の生活感情をリアルにナマナマしく描いている点においてこの最初の映画化がもっともすぐれている」と感想を述べています。とは言っても映画を映画史的価値で見る人ばかりではないので、本作をおススメとするにはやっぱり映像や音が古過ぎるのは否めないところでして、特に音楽はおなじみのクラシック音楽の旋律を管弦楽団が弾きっぱなしというくらいに過剰に使っていて、やや食傷気味になってしまいました。

蛇足ですが大川平八郎の演技は大映版での船越英二のそれにそっくりで、すなわち船越英二が大映版でリメイクするときに本作の大川平八郎の演技を参考にしたということなんだろうと思います。兄にコテンパンにやられながらも、どこか悠長な感じで応対する小畑に育ちの良さや優柔不断さが垣間見えるわけですが、そんな小畑のキャラクターづくりも本作が原典だったのかなと思わされました。(Y041523)

コメント

スポンサーリンク
タイトルとURLをコピーしました