ミラノの奇蹟(1951年)

復興したイタリアで貧民キャンプで暮らす人々を描いたファンタジー作品です

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、ヴィットリオ・デ・シーカ監督の『ミラノの奇蹟』です。ヨーロッパ大戦で廃墟と化したイタリアでは、終戦直後には社会問題を現実的に扱ったネオレアリズモと呼ばれる映画群が世界的に注目を浴びました。しかしアメリカの支援などで復興が本格化すると富裕層が現れるとともに貧富の格差が顕在化してきます。本作は分断化されたイタリア社会をミラノ郊外の貧民窟を舞台にしてファンタジックに描いていて、1951年の第4回カンヌ国際映画祭ではパルムドールを獲得しています。ちなみにキネマ旬報ベストテンの1952年度外国映画ランキングでは第5位でした。

【ご覧になる前に】貧民窟の住民にはアル中患者などの素人が起用されました

小川のほとりに住むお婆さんがキャベツ畑の中で見つけたのは捨て子の赤ちゃん。男の子はトトと名付けられ、ミルクの吹きこぼれを川に見立てておもちゃの町を作って遊ぶお婆さんに大切に育てられました。しかしそのお婆さんが亡くなり、馬車に乗せた棺をひとり見送ったトトは孤児院に預けられることに。そして成人して孤児院を退所したトトは、行き交う人々に「おはよう」と声をかけてミラノの街に繰り出していきます。着飾った富裕層の男女が高級車に乗る光景を眺めていると、トトは自分の鞄がないことに気づきます。鞄を持ち去った男を捕まえることなく、トトは後をついていくのでしたが…。

第二次世界大戦では、シチリア島に上陸した連合軍によりムッソリーニは逮捕・幽閉されますが、連合軍との休戦を表明したイタリアは、1943年には結果的にナチスドイツに占領されてしまいます。1944年から連合軍はアンツィオ上陸作戦を仕掛けますが、ノルマンディー上陸作戦が開始されたことで戦力を投下しきれず、イタリアでの戦いはナチスドイツが降伏する1945年5月まで続くことになりました。

イタリア半島全土が戦火にまみれたことで、終戦直後のイタリア国民の多くは貧困にあえぐことになりました。イタリア映画では、そのような社会問題を現実的に描いたネオレアリズモの潮流が盛んとなり、ヴィットリオ・デ・シーカは、脚本家のチェーザレ・ザヴァッティーニと組んで『靴みがき』や『自転車泥棒』といった作品を世に出し、世界的な注目を集めます。実はデ・シーカは監督だけでなく製作も担当していて、『自転車泥棒』は「プロダクショニ・デ・シーカ」によって製作されています。

この『ミラノの奇蹟』も同じくヴィットリオ・デ・シーカは製作・監督を兼任していますが、『自転車泥棒』とは違ってデ・シーカは人生の前向きな側面をより強調した作品を作りたいと考え、本作では人生の現実に直面したときに「普通の人」がどのように生きられるかをテーマにしたんだそうです。そこでデ・シーカは、経済的に復興が進むミラノを舞台にして、富裕層と貧困層の貧富の差を貧しい人々の視点から描いた脚本をチェーザレ・ザヴァッティーニらと完成させたのでした。

戦後経済的にも困窮していたイタリアですが、地政学的には西欧と東欧の中間に位置していて自由主義陣営にとっては重要な防共ラインであると考えられていました。アメリカは被災したヨーロッパ諸国を経済的に援助するマーシャル・プランを進めており、1948年からの5年間で15億ドルがイタリアの復興支援に投下されます。1950年には朝鮮戦争が勃発して金属・機械工業製品の需要が高まり、ミラノでは戦争成金のような富裕層も現れ始めた時期。本作に登場する土地の所有者たちは、その当時の資本家の姿を模したものかもしれません。

【ご覧になった後で】ラストはスピルバーグの『E.T.』の元ネタになりました

いかがでしたか?ラストでミラノ大聖堂前の広場で箒を奪って空高く飛び去って行く貧民窟の住民たちの姿は、どこかで見た映像そのものでしたね。スティーヴン・スピルバーグの『E.T.』で自転車に乗って月明りを飛んでいくエリオット少年の映像の元ネタが『ミラノの奇蹟』だったとは驚きでした。『E.T.』のトリビアを調べてみても特に『ミラノの奇蹟』からの影響については書かれていないようですけど、もう本作を見ればスピルバーグが意識したにせよしないにせよ、似たようなイメージであることは確かでした。よく音楽の世界でも盗作騒ぎが起きますが、空に飛ぶ箒はスピルバーグの脳裏のどこかに染みついていて、それを『E.T.』で自分なりに表現したという流れなのかもしれません。あくまで想像ですけど。

箒で空を飛ぶシーン以外にも本作には多くの合成技術が使われていました。貧民窟を覆った煙を消していく超ロングショットでは、白く描かれた煙のアニメーションが実写に上手に合成されていて、まるで『十戒』でモーゼが海を割るシーンのように感じられました。また白い鳩をトトに持ってきてくれるお婆さんやそれを追う天使のような二人の若者も古くから使われた二重撮影トリックではあるものの、本作をファンタジックなテーストにする効果が十分にあったと思います。

これらの特殊技術はハリウッドから招聘されたネッド・マンが担当しました。ネッド・マンは1933年の『世界大洪水』での特殊効果など早くからハリウッドで活躍していて、製作会社のリパブリック・ピクチャーズはこの映画の特撮部分だけを再利用した作品を作ったりしています。『ミラノの奇蹟』ではスクリーンプロセスを効果的に使っていて、ロングコートの男が列車に轢かれそうになるのをトトが救うショットではスクリーンプロセスの映像自体を急激な横パンにすることで、線路からギリギリ逃れたという効果を出していました。また冒頭でトト少年が鍵穴から病床のお婆さんを覗き込むショットは、キャメラが鍵穴に近づきそのまま鍵穴を通って寝室の中を映すというカットつなぎのないワンショットになっています。どうやって撮ったのかちょっとわからないのですけど、たぶんキャメラと同じくらいのビッグサイズの鍵穴を作って、その穴にレンズが入った途端にその鍵穴セットが外せるような仕組みにしたように思います。

このようになんてことはない普通のシーンに特殊技術が使われているのが本作の特徴で、例えばボロ小屋が立ち並ぶ貧民窟の一か所だけに陽射しが差し込むのもひと目で特殊効果だとわかります。ちなみに双葉十三郎先生は本作を☆☆☆☆で高評価していて、この陽が差している場所にみんなが集まって寒さに足踏みしながら暖をとるというシーンを「悲惨の中に明るいおかしみがある」と評して何十回でも脱帽したいと絶賛しています。

そんなわけで1951年の映画にしてはかなり凝った作りになっているところが見どころの作品でした。かたや物語のほうは主人公の善人トトがなぜあそこまで善人でいられるかがやや超人的というか聖人的過ぎた感じがありますし、願いが叶う白い鳩を手に入れたトトが欲にかられた貧民窟の住民たちの欲望をそのまま何の疑問もなく叶えてしまうところはちょっとがっかりしてしまう展開でしたよね。

黒人の男と白人の女がそれぞれ肌の色を変えてしまうのも人種差別へのアイロニーではあるんでしょうけど、個人の尊厳への冒涜のように思えてしまいますし、毛皮やタンスやシャンデリアなど結局貧しい人々もトトに要求するだけの物欲の塊であるならば、資本家に油田が出たことを密告した山高帽の男を追い出す資格はないように見えます。「願い事が叶う」という寓話を「欲しい物が手に入る」という資本主義社会にひっかけて皮肉っているといえないこともないでしょうが、だとすると箒で空に消えていったトトや住民たちは新しく辿り着く世界で、同じような物欲社会を目指すことになりませんかね。ここらへんがなかなか印象的な映画ではあるものの傑作とまではいかない感じにつながっているのかもしれません。(A040324)

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