逃亡列車(昭和41年)

石原裕次郎が珍しく終戦時の満州戦線での陸軍少尉を演じた戦争活劇です

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、江崎実生監督の『逃亡列車』です。石原裕次郎にしては珍しく陸軍少尉を演じていて、終戦時の満州戦線でソ連軍が攻めてくるという状況から汽車で脱出を図る戦争活劇になっています。映画の冒頭、日活のロゴマークが出る前に「この映画の製作に当たっては日本国有鉄道の協力を得ました」というテロップが無音で映し出される通り、中国の旧満州が舞台なのですがロケーション撮影は国内で行われ、映画に登場する汽車も国鉄が保有していた蒸気機関車が使われています。

【ご覧になる前に】脚本の池上金男は後の小説家池上彰一郎と同一人物です

満州国境の図佳線の駅舎の中で兵隊たちが花札賭博をやっていると突然銃声が鳴り響き、中国軍ゲリラが日本軍の銃器を奪いに襲撃を始めました。そのドサクサに紛れて岡二等兵は隊を離れて逃げていきます。翌朝敵襲にも関わらず博打に熱中していたことを咎められた工藤軍曹率いる7人の分隊は岡二等兵の捕縛を命じられ、北支戦線から帰還したばかりの有坂少尉がその指揮を執ることになりました。一行は三道溝駅に進み近くにあるゲリラの集落に岡二等兵がいることを突きとめますが、そのときに本隊から終戦の知らせが入り、日本への帰還船は三日後に出航すると告げられたのでした…。

石原裕次郎は昭和38年に石原プロモーションを設立して、市川崑監督の『太平洋ひとりぼっち』を皮切りに自らが主演する大作を製作する体制を確立します。しかしいきなり日活を離れたわけではなく、日活製作の映画にはそれまでと同じように二ヶ月に一本のペースで出演を続けました。本作は昭和41年の作品でこの年に裕次郎は7本の日活映画に出ていますので、石原プロで自分の企画を実現するためには日活の出演料が必要だったのだと思われます。そんな裕次郎にしては本作は珍しい戦争映画で、本作の他には『人間魚雷出撃す』と『零戦黒雲一家』くらいしかありません。

原作は渡辺明となっていますが、これは小説などがあったわけではなく映画用の設定を渡辺明という人が考えただけのようで、渡辺明の他の原作は『大巨獣ガッパ』だけです。なので実質的に創作したのは脚本の池上金男だと思われるわけで、池上金男は東映で『十三人の刺客』などの集団時代劇のオリジナル脚本を書いた人。この池上金男が六十九歳のときに池宮彰一郎のペンネームで小説を発表しまして、赤穂浪士による討入りをリアルなドキュメンタリータッチで再構築した「四十七人の刺客」は新田次郎文学賞を受賞して話題となりました。この小説は東宝で映画化されていて、市川崑監督で大石内蔵助を高倉健が演じています。でも小説家としてはその後は盗作騒動などがあり、結果的には「四十七人の刺客」くらいしか残せなかったようです。

冒頭のテロップの通り、当時の国鉄が全面的に協力していて、C56蒸気機関車が活躍しますし、満州という設定で出てくるのは長野県の小海線中込駅のようです。草原に建つゲリラの集落はいかにも大陸的な雰囲気で出てきますが、長野県の野原に組み上げられたオープンセットでした。蒸気機関車が境川橋梁を超す場面など迫力満点の映像が撮影できたのは、国鉄の協力があったからこそのようです。

【ご覧になった後で】面白そうな素材なのですが演出のキレ味は今ひとつです

いかがでしたか?満州戦線からいかに脱出するかという設定は日本映画にはなかなか珍しく、冒険アクション映画になり得るような魅力的な素材ではないでしょうか。日本の戦争映画は敗戦国なのでどうしてもジメジメした内容になりやすいですし、冒険映画も日本のカルチャー的にはそんなに作られていなくて推理ものや犯罪ものに偏っています。その点で本作が描こうとしたのは中国軍ゲリラと戦う戦争アクションであり前線から小隊と民間人を汽車で移動させようという冒険アクションでもあります。日活なのにこんな映画が作られていたのは驚きだったのですが、しかしいかんせん演出のキレ味がなく、結果的に良い素材を活かしきれずに普通の凡作になってしまっています。企画はいいのに演出がダメというなんとも残念な作品でした。

監督の江崎実生は日活に入社して市川崑の助監督をつとめた後に昭和39年の『花嫁は十五才』で監督デビューしました。この作品は評論家筋から高評価されたそうですが、その後は日活アクション映画をコンスタントに作っていて小林旭の『マカオの竜』や本作のすぐ後には裕次郎主演で『夜霧よ今夜も有難う』を監督しています。なので手堅い演出家なのかとも思うものの、本作ではどうにもこうにもアクションが盛り上がらないままになんとなく蒸気機関車が満州脱出に成功してしまいます。

盛り上がらない要因はせっかくの集団劇が生かされていないことで、本当なら裕次郎と伊藤雄之助と7人の小隊の全メンバーがもっと個性的に描かれるべきなのに同じような軍服の兵隊姿なので誰が誰だかまったく印象に残りません。声が独特な小松方正だけは判別できますが、他の兵隊はエピソードのくっつけ方を含めてキャラクター造形が浅いために個人にスポットが当たらないんですよね。後で出演者を確認してみて潮万太郎や中尾彬が演じていたということがやっとわかったくらいで、俳優の顔も伝わらないような描き方でした。あとこれは録音の問題かもしれませんが、全体的にセリフが聞き取りにくかったのも敗因のひとつになっていました。

なので裕次郎の少尉が次第に小隊の真のリーダーとして尊敬を集めていくプロセスや十朱幸代と心を通わせる過程が盛り上がらず、なんとも紋切り型で物語が進んでしまいます。キャメラも安易にズームを使って安っぽいですし、アクションのつけ方も中国人ゲリラはいつでも万歳をするように両手をあげて倒れるワンパターンが繰り返されて、蒸気機関車の出発までにゲリラの攻勢をおさえることができるかみたいなサスペンスがほとんど盛り上がりません。武器を分解して蒸気機関車を修理するのは良いにしても、わりと簡単に動き出してしまうあたりがご都合主義に見えますし、兵隊たちがみんな馬鹿な死に方で脱落していくのは裕次郎の指揮官としての低能さを示すだけになっていました。

十朱幸代は名脇役十朱久雄の長女で、中学生のときからモデルをしていてNHKにスカウトされたそうです。十朱久雄はどんな役でもこなす文句なしの名脇役でしたけど、十朱幸代は正直言って美人でもないですし映画女優としてどこに魅力があったのかよくわかりません。一方で最後にあっけなく背後から撃たれて死んでしまう役を演じた伊藤るり子は昭和40年に日活からデビューして青春映画でヒロインを演じた人。明らかに芦川いづみ路線の継承者として選ばれたんだろうなという容姿の女優さんですけど、十朱幸代を越えるような存在感はありませんでした。

黄金期を過ぎた日本映画では企画がダメで、そのダメな企画を脚本家と監督が必死に良いものにしようと苦労するパターンが多いような気がするのですが、本作は企画が良くて脚本もまあまあだけど監督が全部をダメにしたという珍しい映画になっているのではないでしょうか。せっかく国鉄の協力を得られたのに惜しいことをしたもんです。でもまあSLや当時の駅舎などが映像に残されていることから一部の鉄道ファンには大変に人気のある映画なんだそうで、それはそれで価値があったのかもしれません。(A120122)

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