牧紀子と倍賞千恵子が姉妹が結婚について悩む松竹製作の青春恋愛映画です
こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、篠田正浩監督の『私たちの結婚』です。松山善三と共同で書いた脚本を篠田正浩が監督した本作は、岩下志麻と津川雅彦が主演した『この日美わし』と一緒に公開されてた松竹の二本立て併映用作品で、上映時間67分の中編となっています。とは言っても牧紀子と倍賞千恵子という当時売り出し中の若手女優を二枚看板にしていますので、松竹としてはそれなりに力を入れて作った作品ではないかと思われます。
【ご覧になる前に】父母が営む海苔養殖と姉妹が勤める工場が対比されます
煙突から煙が立ち上る工場の経理課に駆け込んできたひとりの工員が「10円違っているから確認しろ」と給与袋を差し出します。給与係の圭子は同僚と首をすくめますが、退勤する際に妹の冴子から駒倉という工員だと聞かされ、休みの日に一緒に釣りに行こうと誘われます。姉妹の実家は川崎で海苔養殖業を営んでいて、そこにかつて闇屋をやっていた松本が訪ねてきます。日本橋の生地商社に勤めている松本に父親は食事をしていくよう勧めるのですが、母親は圭子に酒代を借りるのでした…。
映画会社別配給収入ランキングの統計が始まった昭和25年当初は、メジャーの中では松竹がトップの位置にありました。東宝は争議の余波から立ち直っておらず、統合されたばかりの東映も時代劇路線に入る前でしたので、『君の名は』に代表されるヒット作を世に送り出していた松竹が昭和30年まで首位を快走していました。当時の興行ルートにおいては直営映画館で公開された以降、二番館では二社の作品を抱き合わせにした二本立上映が流行していました。資金が潤沢にあった松竹は二番館でも松竹の作品だけで二本立ての興行が打てるように中編のシスターピクチャーを製作する方針を決定。シスターピクチャーすなわちSPは、新人監督と新人俳優を試験的に起用する人材養成方針とも合致して、昭和27年からさかんに作られるようになりました。
東映が時代劇でヒットを飛ばし、日活が無国籍アクション映画で復活した昭和30年代になると、松竹は興行的にメジャー各社の中で下位に低迷していきますので、いつのまにかSPも製作されなくなっていきます。しかしながら新人監督や新人俳優のための中編製作という路線は生き続け、松竹ヌーヴェル・ヴァーグといわれる大島渚の『愛と希望の街』は62分、篠田正浩の『恋の片道切符』は82分、吉田喜重の『ろくでなし』は88分と監督デビュー作はいずれも90分未満の尺で作られています。
篠田正浩は昭和35年に2本、昭和36年に3本の作品を監督していて、本作は監督昇格6本目にあたります。篠田本人によるオリジナル脚本の『恋の片道切符』と寺山修司との共同脚本だった『わが恋の旅路』に続いて篠田正浩が脚本に参画した3本目の作品で、今回は松山善三とコンビを組んでいます。キャメラマンの小杉正雄は篠田正浩のデビュー以来一貫して篠田作品のキャメラを回した人で、二人のコンビは『異聞猿飛佐助』を撮って篠田正浩が松竹を退社するまで続きました。
本作の舞台となっている川崎の沖合いは明治時代から海苔の養殖が盛んになって高品質の「大師のり」の生産地として栄えました。隣接する大森から羽田にかけては遠浅の海を生かして江戸時代から海苔の養殖が行われていたそうで、多摩川の淡水と東京湾の海水が混じり合う環境が海苔の生育に適していたようです。ところが戦後になると工業化とともに水質が悪化し埋め立てが進んだことから、本作が製作された昭和30年代後半に養殖業者の廃業が相次ぎ、漁業権も放棄されてしまいました。
【ご覧になった後で】恋愛と豊かさの間で揺れる結婚観が当時を偲ばせます
いかがでしたか?家の父母は海苔の養殖に励み、娘二人は工場の事務勤務。結婚適齢期の姉に、安い給料で工場勤務を続ける駒倉と元闇屋から真っ当な商売についた松本と漁業組合の組合長の息子という三人の男性から求婚されて、さてどれを選びますかという将来の選択肢ストーリーになっていました。本作の面白いところはここに妹がズケズケと顔出しするところでして、ひっそりと姉の決断を見守るといういじらしいキャラとは正反対に姉の結婚話に対してまるで当事者のように踏み込んできて自説を主張しまくり姉の決断にすら異を唱えるという激烈キャラになっていました。姉が駒倉と二人で話しているのを見て自分のことのようにウキウキしたり、松本の職場に乗り込んで「結婚しないでください」と一方的に拒絶したり、両親が姉に見合い話をもちかけると姉よりも先に「絶対反対」と猛抗議したりで、まるで制御の利かない暴走娘が平凡な物語に波風を立て続けるので、見ていて飽きないのは妹冴子の存在のおかげではないかと思います。
普通なら鬱陶しいキャラだなと煙たく感じるところですが、冴子を演じるのが倍賞千恵子とくればそのポジショニングは全く変わってきます。本作出演当時まだ二十歳ですから「男はつらいよシリーズ」でさくらを演じる二年前。実は本作以前には『下町の太陽』や『霧の旗』で堂々と主人公をやっていますので、本作の妹役は倍賞千恵子には軽すぎる配役だったかもしれません。けれども姉よりもはっきりと自己主張しまくる妹が可愛らしく見えてしまうのは、倍賞千恵子がやっているからに他ならないわけで、倍賞千恵子以外だったら冴子というキャラは観客の反感を買うだけになってしまったでしょう。
というのも冴子はひたすら駒倉推しのスタンスを変えず姉と駒倉の関係を純粋な恋愛として美化しまくり、松本や組合長の息子との結婚話を「金目当て」として卑下するばかりです。そもそも妹の立場でなぜ姉の相手が駒倉でなければならないのかが理解不能ですし、一度釣りに出掛けた程度の姉と駒倉がそこまで真剣な恋愛関係にあるとは描かれていません。「恋愛>お金」という価値観もわからなくはないのですが、二人の恋愛は成立しきっていないですし「お金=悪」の偏見に凝り固まった姿は意地悪な言い方をすると貧乏人の僻みにしか見えませんでした。
しかしながら昭和37年当時を振り返ると、というか想像してみると少なくとも人々の暮らしは現在ほど豊かではなかったと思われますし、実際に海苔養殖は本作公開年前後にその歴史を終えることになりますので、本作のセリフに繰り返し出てくる「貧乏」は切実な問題だったのかもしれません。三上真一郎が1万7千円ぽっちの給料と言うと倍賞千恵子が1万円ももらっていないと返し、木村功演じる松本の月給は3万円と示されます。昭和37年当時の大卒初任給は1万6-8千円程度、公務員や一般の会社員が2万-3万円程度、管理職だと4万円以上という統計数値が残っていますので、映画の設定は当時の賃金格差をそのまま表しているようです。とは言いつつも何をもってして「貧乏」なのか「金目当て」なのかは個人の感覚によっても大きく違っていたでしょうから、倍賞千恵子演じる冴子の説はかなりの偏りがあったと言えるのではないでしょうか。
そんな冴子が救われるのが清川虹子の「あんたが駒倉さんを好きなのよ」というひと言。まあ要するにモテる姉に対する妹の嫉妬だったのね的なまとめ方が非常に微笑ましく、この場面だけは清川虹子のおおらかな包容力を感じさせて名場面になっていました。一方で冴子が偏りキャラだと感じさせるのは、姉を演じる牧紀子の思いつめたような表情にも原因があって、常に陰気さを漂わせていて好きとか嫌いとかの感情が表現しきれていないせいでもあるんですよね。もう少し駒倉といるときに恋の歓びのような雰囲気が出ていれば冴子説にも納得感があったんでしょうけど、牧紀子が誰といても楽しくなさそうなので、なんだか厭世観だけの女性に見えて仕方ありませんでした。
併映用の中編ながら俳優陣の充実ぶりは本当に見事で、父母を演じる東野英治郎と沢村貞子の芸達者ぶりには他の出演者と段違い過ぎて頭が下がりますし、廃業して海苔簾を火にくべる浜村純なんかもいかにもくたびれた様子が見事でした。毛皮を着て女を売る春川ますみは当時二十六歳なので牧紀子の同級生にしてはやや年増っぽかったですけど、本作の二年後に今村昌平の『赤い殺意』でブレークする雰囲気が感じられました。
そんなわけで脚本のまずさを俳優がカバーしている面が目立った作品でしたけど、篠田正浩の映像演出は一定のスタイルが感じられてシネスコサイズの画面の使い方も合わせてクールな印象でまとめられていたと思います。倍賞千恵子が姉と駒倉の逢瀬を発見する場面で円を描くようにキャメラが移動するのは妹の歓喜を表現していましたし、バーで木村功が闇屋をやめてまともになった過去を語る場面は長回しのワンカットが木村功と牧紀子の背後をゆるゆると半円を描くように移動するように撮られていて、同じ移動の使い方でもこんなにも映像表現が変わってくるんだという印象を持ちました。工場勤務の群衆を望遠レンズで圧縮して撮ったショットや駒倉や若い工員たちが歩くのを横から捉えた躍動感あふれる移動ショットなどは物語の古さとは反対に現在でも通用するヴィヴィッドなセンスに溢れていると思います。シナリオは古びますけど映像は鮮度を失わないんですね。(Y072926)

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