八月十五日の動乱(昭和37年)

軍部が起こした終戦時の宮城事件を題材にしたのは東宝より東映が先でした

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、小林恒夫監督の『八月十五日の動乱』です。太平洋戦争は日本がポツダム宣言を受諾することで終結に向かいますが、終戦を日本全国に知らしめたのは天皇陛下による玉音放送でした。本作は玉音盤を巡って軍部が叛乱を企てた宮城事件を描いていて、東宝でも同じ題材を扱った『日本のいちばん長い日』がありますが、本作はそれよりも三年早く製作された東映作品。昭和37年8月の終戦記念日の翌週に片岡千恵蔵主演の『勢揃い関八州』と二本立てで公開されたという記録が残っています。

【ご覧になる前に】東宝から東映に移籍した総理大臣秘書官を演じています

昭和20年に米軍による空襲が激しさを増してくる中で首相秘書官をつとめる中島の自宅を軍服姿の義弟一郎が訪ねたとき、演劇に没頭している弟の二郎は広島へ慰安公演に出かけていきました。中島の妻で姉の敏子が不安を抱いた通り、数日後に中島が官邸に登庁すると広島が一発の爆弾によって壊滅させられたという知らせが入ります。官邸ではポツダム宣言を受諾するかどうかの閣議が開かれますが、陸軍大臣をはじめとして受諾拒否・徹底抗戦の意見が噴出して結論が出ません。陸軍大尉である一郎に敏子は早まったことをしないでほしいと懇願するのでしたが…。

ポツダム宣言とはアメリカ・イギリス・中華民国の三ヶ国連名で昭和20年7月26日に日本に対して発出されたもので、日本政府は全日本軍隊の無条件降伏を迫られることになりました。当初は黙殺を決め込んだ政府も広島と長崎に原子爆弾が投下され、ソ連が日ソ不可侵条約を破って北海道に侵攻を開始すると戦争終結へと傾いていきます。しかし軍部は徹底抗戦を主張し、特に日本陸軍は国体護持のためにも本土決戦で敵にダメージを与えるべきだと閣議で阿南陸相が持論を繰り返すばかりでした。

8月10日にポツダム宣言受諾が連合軍に伝えられたものの軍部が納得しないのを見た鈴木貫太郎首相は最終的には天皇陛下の聖断を仰ぐしかないと急遽御前会議を開催し、天皇陛下自らが閣僚に対して和平の決意を示し、国民に対しては天皇陛下による玉音放送で終戦を知らせることになりました。8月14日深夜に天皇の声が録音されたのですが、その放送を阻止しようと決起した陸軍の士官による叛乱が宮城事件でした。

宮城事件を描いた作品で最も有名なのは東宝創立35周年記念として製作された『日本のいちばん長い日』で、三船敏郎や笠智衆などのオールスターキャストによる2時間半を超す大作がよく知られているところです。しかし岡本喜八監督版が公開される以前にも宮城事件を扱った作品は存在していまして、昭和29年に阿部豊監督が新東宝で作った『日本敗れず』が初めての映画化でした。早川雪舟が陸軍大臣を演じた新東宝版が出てから8年後に作られたのがこの『八月十五日の動乱』で、東宝で黒澤明のチーフ助監督についた経験をもつ小林恒夫が監督しています。

小林恒夫は東映東京撮影所所でサスペンスものなどを作った人で、代表作には昭和33年の『点と線』があり、『点と線』でキャメラを回した藤井静が本作でも撮影を担当しています。また脚本は高岩肇のオリジナルで、東映東京でギャングものなどを多く執筆したのちに『眼の壁』『赤い手裏剣』『待ち伏せ』などのシナリオを残しています。そして音楽はおなじみの木下忠司。松竹の木下恵介の実弟である木下忠司も『点と線』の音楽を担当していて、その頃から松竹専属ではなくフリーで各社の仕事を請け負っていたようです。

主人公の首相秘書官中島を演じたのは鶴田浩二。松竹で映画して人気俳優トップの座を獲得した鶴田浩二は昭和27年に俳優としては戦後初めて独立プロを興しますが、襲撃事件や経理の不正などに遭った後に東宝と専属契約を結ぶことに。しかし東宝での主演作はなかなかヒットせず、東映から東京撮影所の主役として招かれると五社協定があったにも関わらず東宝の藤本真澄は東映への移籍を簡単にゴーサインを出します。鶴田浩二が東映で大ヒットを飛ばすのは昭和38年の『人生劇場 飛車角』以降で、ヤクザ映画に活路を見出す前の低迷期にあった鶴田浩二の主演作のひとつが本作なのでした。

【ご覧になった後で】主人公が英雄的過ぎるもののそれなりの緊迫感でした

いかがでしたか?実はYouTubeのおススメに出てくるまでこの映画のことを全く知らずにいまして、岡本喜八版の『日本のいちばん長い日』が宮城事件を描いた初めての映画だと思い込んでいました。それ以前に二作品で取り上げられていたのは驚きでしたし、本作では玉音盤の録音から強奪阻止までの流れが丁寧に描きこまれていてなかなかの緊迫感がありましたし、それなりの見ごたえがありました。小林恒夫の映像演出もわざとらしさがなく、ショット構成の無駄のなさが観客をストーリー展開に集中させる効果があったと思います。

もちろん玉音盤争奪戦だけではなく、陸軍士官たちが近衛師団長を銃殺して叛乱が始まるところから東部軍司令官が陣頭を指揮を執って動乱を鎮圧させた流れがわかりやすく描かれていました。たぶん岡本喜八版よりも登場人物を絞り込んでいることが奏功したんでしょうし、閣僚や軍上層部を個人名ではなく全員役職名のみにしたことで理解しやすくなったのだと思われます。鈴木貫太郎や阿南惟幾ではなく「総理大臣」「陸軍大臣」だけなのは日本の近代史を振り返る映画としてはちょっと寂しい感じもしますが、御前会議後の有名な「暇乞い」の場面では個人の名前が出てこなくても、両人が日本の将来を真剣に考える同志だという感じが伝わってきました。

ちなみに総理大臣を演じた宇佐美淳也は、宇佐美淳の名前で小津安二郎の『晩春』に出ていて笠智衆が原節子の結婚相手にと考える助手役をやっていた人。また陸軍大臣の山形勲は劇団出身で、『地獄門』での京マチ子の夫役で注目され成瀬巳喜男の『浮雲』などにも出演しましたが、どちらかと言えば悪役としての活躍が目立った男優でした。海軍大臣をやった神田隆や重臣役の江川宇礼雄はのちにTVの「ウルトラシリーズ」で活躍することになるベテランが脇を固めていたのも頼もしかったです。

そして玉音盤を放送局に届けるために八面六臂の活躍をするのが首相秘書官役の鶴田浩二。録音が完了するまでは普通の秘書官なのですが、軟禁された部屋から義弟に呼び出されたあたりからはスーパーヒーロー的な活躍をし始めて、まずは銃を持った兵士を肘撃ちひとつで失神させると、大勢の兵隊に見つかることなく偶然にも侍従長のいる女官部屋に入り込み、急患を装って担架にのって宮内庁病院に移動すると、裏口から玉音盤を袋に入れるでもなく桐箱のまま抱えて脱出します。小林恒夫の演出がテンポよく進むのであまり疑問を感じさせないで済んでいるのですが、さすがに厩に追い詰められたところで上へ下へと追手から逃れるあたりになるとなんとも噓っぽくなり、そこで東部軍司令官がジャストタイミングで乗り込んでくる段になるとご都合主義が隠し切れなくなってしまいました。

それでも決起した青年将校たちが檄文を読ませろと放送局員に迫る場面とカットバックしたりするので、それなりのサスペンス演出が施されているので観客は緊迫感を保ったまま映画を見続けることになります。英雄的過ぎる鶴田浩二の大活躍をシラケることなく見られるのは小林恒夫のシュアな演出と木下忠司の音楽による盛り上げがあるからこそだったでしょう。そんなわけでそこそこの引き込み力を保ったまま玉音放送のクライマックスを迎えることができたのでした。

当時の俳優さんたちがたくさん出てるのも見どころで、青年将校役の江原真二郎、侍従長を演じたウルトラ警備隊隊長こと中山昭二、だるそうに医師をやっていた千葉真一、ピストル自殺する山本麟一、序盤にしか出ないはかなげな岩崎加根子、情報大臣役の加藤嘉、外務大臣をやる北竜二などの顔ぶれが見られるのは、いかにも東映オールスターキャスト勢揃いといった雰囲気でした。女官部屋で殺されてしまう三原役の今井健二は本作以降はヤクザ映画やTVドラマで活躍したそうですがあまり顔なじみがない一方で、東部軍司令官で出てきたのは黒澤映画や『銀嶺の果て』で活躍した河野秋武で、その髭面は実際の司令官田中静壱大将にそっくりなのが笑えました。

その反対に昭和天皇の姿が一切出てこずにキャメラが天皇陛下の目線になるところが興味深かったです。岡本喜八版でも松本幸四郎が演じたものの正面から顔を映すことはしていませんでしたので、昭和30年代にはまだ今上天皇を映画に出すのは映画界の禁忌だったんですね。

というわけでそれなりに見どころのある作品ではあったのですが、タイトルバックに特撮映画のストック映像を安易に使うのはやめてほしかったですね。たぶん東映に招かれた特撮技師の矢島信男が他の作品のために作った建物が破壊されるショットを並べているんだと思いますが、大戦中のビルにはとても見えないですし宮城事件を描く映画のタイトルバックにわざわざ使う映像ではないはずです。昭和30年代後半以降、メジャー映画会社の作品が低迷していった要因のひとつにはこんなような安易な絵作りにもあったのではないでしょうか。(Y091226)

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