白夫人の妖恋(昭和31年)

東宝が香港のショウ・ブラザーズと合作した映画は宋代を舞台にした史劇です

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、豊田四郎監督の『白夫人の妖恋』です。ショウ・ブラザーズ社は香港の映画会社で、1960年代には東洋のハリウッドと称されるほど隆盛を誇ることになりますが、創設まもない時期に東宝と組んで日本・香港合作で作ったのが本作です。原作は林房雄が昭和23年に発表した小説で、宋代を舞台にした伝奇もの。中国のコスチュームプレイであれば香港でもヒットが見込めるだろうという意図があったのかもしれません。この映画がヒットしたために、後になって香港から東映に要請があり、それが東映動画の長編アニメ第一作『白蛇伝』の製作につながったんだそうです。

【ご覧になる前に】製作田中友幸・特技監督円谷英二による特撮もののひとつ

宋代の西湖を船で渡っているのは姉夫婦の家に居候をしている許仙。すると突然大雨が降ってきて、雨宿りをしていた若い女性二人が相乗りすることになりました。金持ちの家柄らしい白娘とその侍女小青は傘を貸してくれた許仙にあす屋敷に傘を取りに来るようにと言って去っていきます。翌日許仙が指定された屋敷に行くと、白娘は許仙のことを忘れられなくなったと告白し、用意してあった銀貨を差し出してこれで婚礼をあげてほしいと頼みます。許仙がその銀貨を姉夫婦のところに持って帰ると、義兄からそれは盗品だと非難され、許仙は役人たちに連行されてしまうのでした…。

原作を書いた林房雄は、戦前には共産党員から転向し文筆面で戦争に協力したということから、終戦後には公職追放になった人物。昭和30年代後半には「大東亜戦争肯定論」を発表し、それをきっかけに三島由紀夫とも親交を結ぶことになりました。結果的に二人は決別したのですが、三島の死後には命日に関係者が集う「憂国忌」を立ち上げる道筋を作ったのだそうです。

その原作を脚本にしたのは八住利雄で、日本の脚本界の最古参のひとり。監督の豊田四郎と多くの文芸映画でコンビを組んでいて、『夫婦善哉』『雪国』『暗夜行路』などはすべて監督豊田四郎・脚本八住利雄の作品です。本作は文芸映画というよりは、史劇であり伝奇ものであり特撮映画でもあります。なにしろプロデューサーが田中友幸で、昭和29年の『ゴジラ』以降、東宝の怪獣映画・特撮映画はほとんどすべて田中友幸の製作によるものでした。それだから本作は特技監督の円谷英二を迎えていて、中国劇であるのにふんだんに特撮場面が出てきます。

主演は山口淑子。戦前は満州で李香蘭の名前で活躍した歴史に名を残す女優です。奉天で生まれ中国語も堪能だったので父親の友人から義理娘として「李香蘭」の名前を与えられたのだとか。日中戦争下の満州では国策映画会社満映に所属する映画女優となり「李香蘭」は日本と中国を娯楽面で結びつける役割を果たしていきます。戦争が終結して命からがら中国から日本に帰国すると山口淑子の名前で日本映画に出演しますが、イギリス領に戻った香港からのオファーを受けて、再び李香蘭の名前を使って香港映画にも出ていた時期があります。本作はちょうど山口淑子が香港で李香蘭に戻っていた時期の製作ですので、ショウ・ブラザーズとしては李香蘭主演なら香港でも興行的に間違いないだろうという読みがあったのかもしれません。

【ご覧になった後で】ストーリーは今イチですがカラーの特撮が見ものでした

いかがでしたか?もとの原作は全く知りませんが、たった一度船で同乗したからといってあそこまで一心に人を愛せるものなんですかね。山口淑子演じる白娘の実態が蛇なので、恰好の獲物を見つけたというようにしか見えません。そして許仙をやる池部良も途中で蛇の化け物だと気づきながらも、見た目が超美人になるとついついクラっとしてしまうのでしょうか。白い蛇の姿を見ただけで、もう蛇嫌いとしては近づきたくなくなるので、許仙の気持ちは全く理解できず、本作の基本的なストーリーには入り込めませんでした。

でも映像的には開巻すぐに出てくる西湖の風景に目を奪われます。これは実写のように見えて実写ではない、とすぐにわかるのですが、ミニチュアにしては精巧であまりによく作られているなと思わず凝視してしまいます。加えて見事なのが色彩設計。中国が舞台ということで、黄色や赤の原色を使っているもののそれが派手にもギトギトにも見えず、深みがあって豊かな色使いに見えるのです。これは特技撮影の技術力とカラーの発色の両方に因るところが大きいのではないでしょうか。本作は東宝のカラー作品の中でかなり初期の頃に作られて、イーストマンカラーが使われています。イーストマンカラーは暖色に強みがあるので、宋代の史劇にふさわしい色味になっていました。

特撮は円谷英二が指揮をしていますので、すべての特撮場面は申し分ない出来栄えです。東野英治郎演じる道人が白娘の行方を阻もうとして炎の壁をつくるなどの光学合成は、現在の視点で見るとあまりにミエミエでリアルさがないように見えるかもしれませんが、そのアナログな効果が逆にドラマチックというか劇的効果をあげていたと思います。またクライマックスの金山寺の大洪水の場面は、本作の三年後に同じく田中友幸が製作した『日本誕生』の地割れの場面にも相通ずるようなショット構成が素晴らしかったですね。災害の全体と建物が破壊される部分を交互にカットバックさせながらそこに人物が逃げ惑う実写を挟んで、特撮シーンだけでも十分に本作を見た甲斐があったと思えるような盛り上げ方でした。ちなみにクレジットで「特技」の一番最初に出てくる渡辺明は、のちに日活で『大巨獣ガッパ』の特撮監督をやった人です。

そしてラストに池部良と山口淑子が二人して空に舞い上がっていく特撮ショット。非常に長い時間のロングによる長回しショットなんですが、なんでもこのワンカットだけで撮影が12時間以上かかったとかいう話です。確かにそれくらいの手間はかかるだろうなという感じの完璧なショットで、まさに幽玄というか浮遊感満載というか、無重力感を出しつつ二人が昇天していく様子が映像化されていました。なんだか夢を見ているような感じがして、子どもの頃に見た忘れられない悪夢に「空いっぱいに羽衣を着た天女がゆらゆらと舞っている夢」というのがあるのですが、今でもはっきり思い出せるその夢の中の光景を再現されたような思いがしました。

特撮も美術も良いうえに團伊玖磨の音楽も幻想的な感じをうまく表現していましたし、その夢のような感覚とは真逆の上田吉二郎の怪演ぶりも浮いているようでギリギリ浮いていないところも絶妙な匙加減でした。また、白娘の屋敷を再訪するとそこは廃墟だったというのがなんだか溝口健二の『雨月物語』のようでしたし、このように書くとすごい面白い映画のように受け止められるかもしれませんが、実際はかなりタルい作品でしたね。山口淑子は李香蘭時代の絶世の美女感はなく、どちらかといえば八千草薫の可憐さと最後のそっけなさが印象に残るかと思います。(A040922)

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