霧の旗(昭和40年)

倍賞千恵子主演によるクライムサスペンスかつピカレスクロマンの傑作です

《大船シネマおススメ映画 おススメ度★》

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、山田洋次監督の『霧の旗』です。山田洋次といえば「男はつらいよ」シリーズとイコールになるわけですが、シリーズ開始前は松竹でハナ肇を主役にした喜劇を専門にしていました。ところがどっこい、倍賞千恵子を主演にして松本清張作品の中でも異色ともいえるピカレスクロマンを映像化していたんですね。他の清張作品と比べても、登場人物の描き方や映像表現が抜きん出ていて、クライムサスペンスとしても一級の作品に仕上がっています。ぜひご覧になっていただきたい傑作です。

【ご覧になる前に】松本清張・橋本忍・山田洋次の三人にとって重要な作品

熊本から夜行列車を乗り継いで東京に出てきた桐子は、その足で高名な弁護士である大塚欽三の事務所を訪ねます。実は桐子の兄は熊本で起きた高利貸老婆殺人事件の犯人だと疑われ、その弁護を大塚弁護士に依頼しに来たのでした。突然訪問してきた桐子を、大塚は弁護料や多忙を理由にすげなく追い返して、愛人が待つゴルフ場へ出かけていきます。再度面会を頼む桐子はやむなく帰路についたのでしたが、その一年後…。

松本清張の「霧の旗」が中央公論社から出版されたのは昭和36年のことで、それから間もない頃に松本清張は推理小説のトリック分類表というのを発表しています。「1)一人二役などの人物設定上のトリック、2)密室などの状況設定上のトリック、3)乗り物や時計などを利用した時間上のトリック、4)凶器に関するトリック、5)死体や凶器の隠匿のトリック、6)歌詞の通りに殺人が起きるなどのその他のトリック」という六分類らしいのですが、「霧の旗」はこの中のどこにも当てはまらない展開を見せています。劇中で殺人事件が二度起きるのですが、その二つの事件の犯人を追及するわけではありませんし、刑事も登場しません。追われるのが犯人ではなく、追うのも刑事ではないというところが、本作がトリックの常識を超えた作品であることを証明しているのではないでしょうか。

松本清張は推理小説にとどまらず、時代小説、歴史小説や近現代史のルポルタージュなど幅広い執筆活動を行っていました。本作は中央公論社が出していた「婦人公論」の連載小説で、同じ時期に光文社の「女性自身」に連載したのが「波の塔」です。「波の塔」は清張には珍しい恋愛小説でしたが、「霧の旗」は女性を主人公にした復讐譚とでも呼ぶべきピカレスクロマンになっているのが、他の清張作品と大きく違っているところです。

脚本を書いた橋本忍は、黒澤映画があまりにも有名なので黒澤組の脚本家というイメージが定着していますが、実際には『羅生門』の第一稿を書いて黒澤明に見い出された後に『生きる』『七人の侍』を共同で書いたのが黒澤組としての仕事のピークでした。その後『生きものの記録』『蜘蛛巣城』『隠し砦の三悪人』『悪い奴ほどよく眠る』で共同脚本の作業に参加はしているものの、橋本忍本人はあまり乗り気ではなく、また納得した仕事とはいえなかったようです。かたや昭和33年の『張込み』ではじめて松本清張作品を脚色した以降は、次々に清張作品に取り組んでいて、『黒い画集』『ゼロの焦点』についで本作の脚本を書きあげました。ですので本作は、橋本忍の仕事上の絶頂期にあたる昭和30年代後半あたりに書かれた松本清張・橋本忍コンビの集大成的なシナリオだったといえるでしょう。

監督の山田洋次は昭和36年に『二階の他人』で松竹の監督に昇格。第二作の『下町の太陽』で倍賞千恵子を主演に起用して、流れ星が落ちていくのを表現した、あの有名な「ルルルー」というセリフを言わせています。その後はクレージーキャッツのリーダーであったハナ肇の主演による喜劇を撮り続けて、昭和44年に『男はつらいよ』を世に送り出すのですが、このハナ肇や坂本九、なべおさみなどの喜劇群の中にポツンと一作だけはさまっているのが『霧の旗』なんですね。「男はつらいよ」シリーズが始まった後には、山田洋次は『家族』や『故郷』などのようなウェットなヒューマンドラマを撮ることはあっても、サスペンスものは一本を作っていませんから、本作は山田洋次のキャリアの中で唯一といって間違いないクライムサスペンスです。あの「男はつらいよ」の山田洋次によるただ一本の犯罪映画として見るのも一興かもしれません。

【ご覧になった後で】演出と音楽と演技が映像の三重奏を奏でるようでした

いかがでしたか?開巻したらすぐに映像に巻き込まれてしまうくらい、演出と音楽と出演俳優たちの演技が実に見事な作品で、それを三位一体でまとめあげた山田洋次の手腕が光る傑作でした。山田洋次については、才能あるキャストやスタッフを集めるだけのプロデューサーセンス寄りの監督だと評価していたのですが、本作を見てそれは誤りだったと深く反省させられました。本作は映像作品として一級品ですし、松本清張原作の映画化作品の中でも傑出した一本ではないでしょうか。

まず第一に橋本忍の脚本が素晴らしい出来栄えでした。『張込み』なんかでは突然刑事の独白が入ったりして映画の視点を崩したりする欠点が見られたのですが、本作は本当に一点の曇りもなく完璧な脚本で、しかも映像による演出を前提に書かれていました。例えば倍賞千恵子は弁護士事務所に入るまでにひと言もセリフは言いませんし、ナレーションも入りませんが、彼女が九州からわざわざ上京し、しかも急行列車にも乗れない経済状況だということを映像だけで観客に伝える書き方をしています。また倍賞千恵子の桐子が本心を言っているのか罠にはめようとしているのかをあえて曖昧に書いて、観客を映画の中にグイっと引きこんで離さないような謎めいた主人公を造形することに成功しています。その緊張感はエンドタイトルが出る最後まで続いていて、このような犯罪映画なのにまだまだ桐子のことを見ていたいと思わせるほど観客を魅了するようでありました。

そのうえで山田洋次の演出は登場人物たちを客観視するような距離を撮りながら、特に音を強調することで人物の内面に迫るような表現をしていました。特に印象的ですばらしいのは、大塚弁護士の事務所を門前払いされて皇居脇の通りを倍賞千恵子が歩くロングショット。右から左へと流れる車の列に対して倍賞千恵子が下を向きながらその車の流れに抗うようにして歩いていく、その効果音は自身の靴の音だけ、というあのショットです。これはキャメラマンの高羽哲夫の望遠レンズの使い方も巧いのですが、あえて都会の喧騒を一切無視しながら倍賞千恵子のハイヒールの音だけを強調して、都会から突き放された桐子の心情をワンショットの中に封じ込めたような見事な演出でした。全編を通して、モノクロのシネスコ画面は実に構図がほどよく締まっていて、密度の濃いショットが無駄なく配置されていたのも、本作を緩みのないタイトな作品にしていましたね。

加えて音楽。林光によるメインモチーフがさまざまなバリエーションで繰り返されるので、映画を見ながそのメロディーが耳に残って離れなくなります。この哀愁を帯びた切ないワルツが木管や弦楽でリピートされるうちに、観客はロンドの波の中に浸るようにして映画の世界に没頭させられます。新藤兼人の『裸の島』もそうでしたが、林光は実に才能豊かなメロディーメイカーですね。映画の範囲でしか知らないので、今度林光が本業として作曲した交響曲などを聴いてみたいと思います。

そして俳優たちの演技はもうどれもこれも最高でしたね。倍賞千恵子はバー勤めの職業上の笑いのほかはすべて無表情を徹底していて、純真でありながら兄を思うあまり復讐に向わざるを得ない桐子という女性像を映像的に表現していました。青白く燃える炎のような抑制した怒りの演技は、倍賞千恵子の出演作の中でも珍しく、さくらファンにも必見の作品でしょう。大塚弁護士をやる滝沢修は、もちろん劇団民藝の代表ですから演技力という言葉さえ恥ずかしくなるほど演技は巧いのですが、ディテールで表現する映画的演技の極め方は鬼気迫るほどです。桐子の部屋で酒を飲まされて誘惑される場面なんかを見ていると、視線の使い方や指の動かし方やグラスの飲み方、飲むときの顔の筋肉の使い方など、なぜここまですべてを自在にコントロールできるのか不思議なくらいに大塚弁護士という一個人になり切っていました。いやー、本当に凄い俳優です。とにかく劇団民藝の財政を支えるためにたくさんの映画に出演していますが、その中でも本作の演技は白眉ではないでしょうか。

脇役もめちゃくちゃたくさん出ているのでもう細かく触れるわけにもいかないのですが、新聞記者役の近藤洋介って人は本作ではいい味を出してますね。あまり知らなかったので調べてみたら、TVドラマで活躍した俳優さんのようで、また声優としてウィリアム・ホールデンを専門にアテていたということのようです。それなら声だけはかなり昔から知っていたことになるのですが、実際の顔ははじめて認識しました。ちょっと寺山修司に似ている感じがしますけどね。

いやいや、山田洋次という人を見くびっていて申し訳なかったというほかないくらいに見事な映画で、しかも本作は昭和40年のキネマ旬報ベストテンにも入っていませんし、興行成績的にも大コケしたそうですから、松本清張作品として以外はあまり注目されない位置づけなのが不思議に感じてしまいます。こんな傑作が埋もれたままなんて、本当に日本映画って奥深いですよね。(A021922)

コメント

スポンサーリンク
タイトルとURLをコピーしました