野球狂の詩(昭和52年)

水島新司の原作マンガを映画化、主人公水原勇気はプロ野球初の女性投手

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、加藤彰監督の『野球狂の詩』です。原作は野球漫画を描き続けた水島新司のマンガで、昭和47年に週刊少年マガジンで連載が開始されました。当初は不定期掲載の読み切り形式で、プロ野球の世界を舞台にしながらスポットを浴びないマイナーな選手や審判など野球運営サイドの人々を取り上げていて、ヒーローが活躍する野球漫画が普通だった当時においては画期的な内容でした。けれども途中から女子投手がプロ野球でデビューするというテーマに変化し、その主人公が水原勇気だったわけです。不振を極めていた日活がヒットしそうな素材ならなんでも手を出すという路線で製作した中の一本として、大船シネマで取り上げる1977年(昭和52年)までという製作年度にギリギリ滑り込みで入る作品です。

【ご覧になる前に】主演の木之内みどりは当時のトップアイドルでした

プロ野球のシーズン終了間際の試合で、国分寺球場をフランチャイズとする東京メッツは、五十歳を過ぎたエースピッチャー岩田鉄五郎が最後の登板を迎えていました。監督の五利はこの試合で鉄五郎を勇退させるつもりでしたが、試合後のセレモニーで鉄五郎は「このチームに左腕投手はワシひとりじゃ」と勝手に来期も現役を続行すると宣言してしまいます。そんなときメッツのスカウト尻間はどこへ行っても見つからなかった好投手を女子高校生チームの中に発見します。彼女の名前は水原勇気。尻間は水原のピッチングを見せようと鉄五郎を連れ出したのですが…。

主人公の水原勇気を演ずるのは木之内みどり。木之内みどりは昭和49年に十六歳で歌手としてデビューしました。ところが歌はあまりヒットせず、松本隆作詞・財津和夫作曲の「グッド・フィーリング」がやや注目された程度。その一方で、美少女なのにやや陰りのある大人びた表情とスラリとした長身といったルックスが話題となり、当時の男性向け週刊誌「週刊プレイボーイ」や「GORO」に頻繁にグラビアが掲載されて、グラビアアイドルとして超絶的な人気を誇るようになりました。女優としては昭和51年に倉本聰脚本・萩原健一主演の「前略おふくろ様2」に出演したあと、本作で映画デビュー。活躍が期待されたのですが、突然ミュージシャンとの交際が発覚してそのまま芸能界から引退してしまいました。

原作マンガの案内役ともいえる岩田鉄五郎を演じるのは小池朝雄。「刑事コロンボ」で吹き替えを担当して「いやね、うちのカミさんが…」という人気のフレーズで誰もがその声は聞き覚えがある人です。元は文学座に所属していた舞台俳優でしたが、例によって映画出演で糊口をしのぐという路線だったのでしょうか、大量の映画で脇役をつとめていますね。五利監督をやる桑山正一もやはり劇団系のバイプレイヤー。あとはクレージーキャッツの谷啓と犬塚弘、「あしたのジョー」の丹下段平の声をアテた藤岡重慶など、ふーんあの人ねと思うような俳優がたくさん出演しております。

監督の加藤彰という人は日活に入社して中平康に師事したらしいですが、監督になったときは日活がロマンポルノ路線に舵を切り始めたときでした。よって作品の大半が女の裸が出れば低予算で好きに撮っていいというものばかりで、特記するような監督作は見当たりません。その後はTVドラマで演出をやっていたそうですが、たぶんこの『野球狂の詩』がいちばんメジャーな作品なのかもしれません。

その日活は、昭和40年代後半から進めてきたロマンポルノ路線も観客に飽きられて、日活のワンマン社長堀久作が逝去してその息子も経営から退陣した頃。ターゲットを小学校の校内上映に絞った児童映画を製作したり、江の島水族館などのレジャー事業の切り離しを行ったりと、いろいろな改革を進める中で出てきたのが人気マンガの映画化でした。漫画少年アクションの連載された「嗚呼!!花の応援団」の映画化は興行収入年間ベストテンに入るほどのヒットとなり、日活としては原作をマンガに求めるという新しい映画化のメソッドを発見した思いだったのかもしれません。その延長線で目をつけたのが週刊少年マガジンの「野球狂の詩」だったのでした。

【ご覧になった後で】日本映画の底辺を象徴するようなクソ映画でしたね

いやいや、これはひどい映画でしたね。昭和40年代後半から昭和50年代は日本映画が最底辺に低迷していた時代だとはいえ、その底辺を象徴するようなあってもなくてどうでもいいような映画、というか存在しなほうがよかった映画でした。水島新司のマンガは原作として取り上げたわけなので、マンガそのものを再現する必要なんてないのですが、本作はマンガをマンガの通りに撮ろうとしていて、それが最大の欠点になってしまっています。映画がマンガを真似する必要はないのに、マンガの岩田鉄五郎をそのままマンガっぽく撮っているので、もう見苦しいというか見ていられないくらいひどい出来栄えです。小池朝雄がいくら舞台出身の役者だといっても、マンガ以上の岩田鉄五郎になれるわけがないですよね。だから映画として岩田鉄五郎を再構築すればよかったんですよ。こんなこと、観客に言われる前に本業の人たちが気づくべきことですけど。なので登場するキャラクターがすべてマンガの猿真似なので、とても見ていられません。本当に日本映画の一本であることが恥ずかしくなるくらいのダメ作品ですね。

加えてセンスのなさは底辺どころか底なしです。合宿所の風呂場でたまたま水原勇気の着替えを見てしまったエース投手(酔っ払いの日の本盛だと思いますが)が「オンナのハダカー!」と言ってでんぐり返るショットなんかは、これで誰かが笑うと本気で思っていたんでしょうか。ギャグにもコントにもなっていません。さらに気持ち悪いのは、木之内みどりのことを男優たちがやたらに触ること。肩に触れたり腰に触ったり頭を撫でたり。もうセクハラどころではないくらい、薄汚い恰好をした野球選手たちが水原勇気を蹂躙していく感じがしてしまいます。しかも入浴シーンを出したり、女性ひとりの浴場に先輩選手が堂々と入っていったり、いきなり引退する選手の三助をさせたり。なんなんスかね、このセンスのなさは。昭和の時代だからという言い訳はまったく通用しませんし、見ていて不快にしか感じられません。

さらには野球の描き方の稚拙さ。せっかく野球を題材にするならもっと投球や打撃のテクニックやプロフェッショナルであることのディテールを描いて欲しかったですね。ドリームボールもセリフ上のことだけで、なにがどうなると夢のような投球になるのかのファクトが一切説明されません。ボールがなぜ変化するのかとか、縫い目に指をかけることの効果とか、腕の振り方によって球筋が違うとか、野球の面白さや奥深さが全然表現されていません。水原勇気との出会いの場面も、彼女がいかに優れたピッチャーであるかの映像がないため、なんでこの子がプロになるの?と観客も疑問に思うだけです。彼女の投手としての凄さは最後の最後までどこにも表現されていませんでした。たぶん日活のスタッフは野球のことを深く勉強したり研究したりする人がひとりもいなかったんでしょうね。砂をかきあげてスライディングするみたいなクソみたいなプレーを映画にしてそれで良しと考えていたなら、やっぱり平成に入ってすぐに日活が倒産するのも当たり前だったんだなと思わされてしまいます。

そんなクズ映画ですが、なんと木之内みどりだけはいいんですよね。女優としてではなく、その存在感が突き抜けています。アイドルにしては陰影のある表情ですし、声が落ち着きのある沈んだトーンなのでなんだかニュアンスがあるんですよね。木之内みどりは身長が163cmあったそうで、男優たちに交じっても立ち姿がスッキリしていて目立つんです。もうどうしようもない映画なので、本作を見るならばひたすら木之内みどりだけを追うように見ることをおススメいたします。(A033022)

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