アルプスの若大将(昭和41年)

若大将シリーズ第7作はヨーロッパロケを敢行して大ヒットを飛ばしました

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、古沢憲吾監督の『アルプスの若大将』です。加山雄三が主演した「若大将」シリーズは昭和36年の『大学の若大将』からスタートして本作が第7作にあたります。パン・アメリカン航空とタイアップしてヨーロッパロケを敢行していまして、アルプスのマッターホルンから始まってツェルマット、ローマの風景がとらえられ、昭和39年に自由化された海外旅行に観客の目を向けるためのヨーロッパ観光が映画の上で楽しめる仕掛けになっています。エンドタイトルのあとには次回作『レッツゴー!若大将』の予告が入りますが、本作と次作はシリーズの中で最高の興行収入を記録して大ヒット作となったのでした。

【ご覧になる前に】澄子さんは本作では航空会社のグランドスタッフです

若大将こと京南大学スキー部キャプテン田沼雄一は学会に出席する教授に同伴してヨーロッパに来ています。マッターホルンを眺めながらスキーを楽しんだあと、乗り合わせた馬車で知り合った航空会社のグランドスタッフ澄子に雄一はローマの街を案内してもらいます。青大将こと石山はパリで知り合ったリシェンヌという娘に日本に来るように声をかけていて、学会を終えて日本に帰国した石山のもとに、リシェンヌが本当に訪ねてきてしまいました。困った石山は雄一にリシェンヌを雄一の実家の田能久で預かってくれないかと頼み込むのですが…。

東宝のプロデューサー藤本真澄が「加山雄三で若旦那ものをやろう」という号令をかけ、東宝文芸部の笠原良三と田波靖男が共同で脚本を書いた「若大将」シリーズは、加山雄三の人気とともに大ヒットして、東宝の新しい看板シリーズになりました。当初は第3作の『日本一の若大将』で完結するはずでしたが、それで終われるはずもなく、第4作『ハワイの若大将』で初の海外ロケを敢行。第7作となる本作はハワイに続いてパン・アメリカン航空とタイアップして二度目の海外ロケをヨーロッパで行うことになりました。

戦後の日本では海外旅行は政府やGHQによって強く規制されていて、職業上の理由や留学、会社の出張など一部の海外渡航しか認められませんでした。一般市民が観光を目的にして自由に海外旅行に出かけられるようになったのは昭和39年4月以降で、日本航空による「JALパック」が発売されたのもこの頃のこと。昭和41年には「一人年1回」という回数制限も撤廃されて、いよいよ日本でも海外旅行が普及していくことになります。この日本市場に目をつけたのがパン・アメリカン航空で、映画でのタイアップやTVのクイズ番組への賞品に旅行をプレゼントするなど、日本で海外旅行といえばパン・アメリカン航空というイメージを作り出していきました。本作でもパンナムの飛行機やオフィス、機内サービスの様子などを劇中で紹介する代わりに、スタッフやキャスト、機材運搬の航空券はすべてパン・アメリカン航空が東宝に提供しています。

「若大将」シリーズの特徴のひとつは、加山雄三演じる雄一のスポーツと星由里子演じる澄子さんの職業の組み合わせで、本作においては雄一はスキー部のキャプテン、澄子さんの職業はパン・アメリカン航空のグランドスタッフです。澄子さんが学生ではなく働いているという設定が実に絶妙だったわけで、大学生と社会人という関係なので雄一に主導権があるのでもなく、澄子さんも年上のようなそうでもないような微妙な関係ができあがったのでした。こうした基本設計は加山雄三本人にインタビューしたうえで藤本真澄が基本線を提案したそうです。「母親がいなくてお祖母ちゃんっ子にしよう。飯田蝶子でどうだ」とか「父親に有島一郎で妹には中真千子、友人には江原達怡で恋人役は星由里子」とかすべて藤本真澄が決めいったのだとか。さらに若大将のライバルに青大将という名をつけて田中邦衛を指名すると、あとは笠原良三と田波靖男がストーリーを膨らませて脚本にするだけでした。プロデューサーというのは製作管理をしているだけではなく、優秀なプランナーでもあったんですね。

監督の古沢憲吾は市川崑や渡辺邦男の助監督をつとめた後に昭和34年に『頑張れゴキゲン娘』で監督に昇進した人。植木等主演のクレージーキャッツもので多くの作品を監督していますし、「若大将」シリーズは本作のほかに『海の若大将』『南太平洋の若大将』と三本でメガホンをとっています。いつも白ずくめのいでたちで、大声で怒鳴りながら演出していたという逸話が残っていて、東宝の中ではかなりの変人だったようです。ちなみにクレジットタイトルの文字が奥からググーンとせり出してくるのも、古沢憲吾の指定なんだそうですよ。

【ご覧になった後で】いつもと同じストーリーでもゴージャス感が違います

いかがでしたか?本作はヨーロッパロケを行っていることに加えて、国内でも苗場スキー場で撮影したり、スキー競技もヘリコプターによる空撮を行ったりして、非常にゴージャスな感じが加わっています。たぶん製作費もそれまでのシリーズ作より多く投下されたんだと思いますし、パン・アメリカン航空の制服を着た澄子さんが芝の東京プリンスホテルに入っていく絵なんかは当時としては最もクラス感が伝わってくる演出だったのではないでしょうか。

ロケしているとはいっても雄一と澄子さんがローマ見物のあとで入るレストランの場面はスタジオセットですし、もちろんパンナムの機内のシーンもセットです。なんですけど、テーブルや機内の客席にいるエキストラはきちんと全員外国人を揃えています。昭和41年に国内の映画撮影であれだけの外国人というか白人を集めるのはかなりの苦労が必要だったのではないでしょうか。もしかしたらパン・アメリカン航空が日本に駐在しているアメリカ企業の関係者に声をかけたのかもしれませんけど、それにしてもそうした外人を揃えたのもゴージャス感につながっていました。

そして古沢憲吾の演出もショットのつなぎ方とかキャメラの構図やアングルなんかはほとんど気にすることなく、ひたすら短めのショットをバンバンつないでマシンガン的なリズムを刻むことを重視していました。特にスキー場でのパーティシーンでマネージャーの江口が踊るのをカットバックで見せるあたりに、やり過ぎに見えるくらいのドライヴ感が出ていました。またクライマックスの大学選手権の中でも滑降競技をコースまるごと空撮で追っていくワンショットが見ごたえがあり、長回しのワンショットでひとつの競技の魅力をまるごと表現してしまうようでした。そうした古沢演出を補完していたのが広瀬健次郎の音楽で、単純なモチーフをひたすら繰り返すだけの音楽なのにいつのまにか観客の耳になじんでしまって、ワクワクするような躍動感を映像に付加する効果がありました。

加山雄三がいつも通りの若大将ぶりで、おおらかな演技は天性のものなんでしょうけど、本作では歌を唄う場面への転換がスムーズでほとんど無理矢理感がなかったのも特徴的でした。特に苗場のパーティでブルージーンズをバックにして歌う「蒼い星くず」のグルーヴ感は見事でしたね。キャメラがググーっと引きながら、加山とブルージーンズのメンバーが揃って小刻みなステップを踏むのをとらえて、そこに加山雄三独特の歌声がかぶさります。まるでミュージカルのワンシーンのように統一された演出でした。

星由里子はグランドスタッフの制服姿が麗しいのですが、髪型のせいなのかメイクアップの仕方が悪いのかわかりませんけど本作ではやや老けた感じがしてしまい、いつもの溌溂さが欠けていたのは残念でしたね。星由里子自身が老けたというわけでなく、大学生編の最終作になる『リオの若大将』なんかではこれ以上ないくらいの美しい女優さんとしての姿を見せてくれていますので、たまたまフィルム映りが悪かっただけかもしれません。

それにしても本作の澄子さんも、上野駅に若大将を見送りに行くのに青大将に車を出させて、しかも遅刻しそうだと車線を無視するように仕向け、バイクの警官に追われると止まらせるのではなく「早く早く」とさらに違反を重ねさせるというムチャクチャぶりを発揮しています。上野駅に着いたらサッサと先に降りてしまうし、帰ってくるまで待っていた青大将に遅刻したからこれ以上つきあわないと言い残して帰ってしまいます。なんてヒドい女性でしょうか。なんて思うものの、そんなことには目をつぶっていいように思えてしまうのが、澄子さんの魅力なんでしょう。でも現在的にみれば、澄子さんって性格のキツい悪女だったのかもしれませんね。

教授役の北竜二は小津作品なんかと違って、実にお気楽にやっている感じがしますね。ほとんど地のままなんじゃないでしょうか。そして有島一郎も飯田蝶子も相変わらずの名脇役ぶりでした。イーデス・ハンソンも加わっての田能久での8ミリフィルム試写会の場面で、有島一郎と田中邦衛がまさぐり合った手と手をつないで、コロンと転がってしまうショットは何度見ても笑ってしまいますし、あそこでいきなりキャメラが俯瞰になるのも、もう身体が覚えてしまっているような気がするのでした。(V071622)

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