ハナ子さん(昭和18年)

太平洋戦争の真っ最中に作られた銃後の暮らしを教宣するミュージカルです

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、マキノ正博監督の『ハナ子さん』です。本作が公開された昭和18年2月といえば、ガダルカナル島から日本軍が撤退(当時は転進と表現していましたが)を余儀なくされ、電力・電灯の使用規制が始まり、敵性語追放によって野球のストライクが「よし」ボールが「ダメ」と言い換えられた時期です。太平洋戦争の敗戦を予測する軍人も一部に現れた頃でしたが、そんな時期に映画法の検閲の元で国威発揚映画としてミュージカル映画が作られていたのでした。監督は名前の表記をコロコロ変えるマキノ正博で、「雅弘」ではなく「正博」だったときの作品です。

【ご覧になる前に】「主婦之友」に連載された杉浦幸雄のマンガが原作です

輪になって踊るダンサーたちを率いてハナ子さんが家族を紹介していきます。ハゲ頭のお父さん、しっかり者のお母さん、お兄さんは出征中で不在ですが、お兄さんのお嫁さんは優しく、甥っ子は部隊長というあだ名で呼ばれています。ハナ子さんは馬術が得意なサラリーマンの五郎さんと婚約しているのにお父さんは結婚は年が明けてからでいいとのんびりしています。ハナ子さんはお母さんと義姉さんに援軍を頼んでお父さんを説得することに成功し、めでたく五郎さんと結婚、新居での新婚生活を始めました。五郎さんは賞与でみんなにご馳走しようと勢い込みますが、会社から支給されたのは現金ではなく国債の証券でした…。

原作となったマンガは昭和13年から雑誌「主婦之友」に連載された「銃後のハナ子さん」で、大人気となったこのマンガによって「主婦之友」は発行部数が160万部に伸びたんだそうです。作者の杉浦幸雄はチャップリンの映画や外国雑誌のマンガに影響を受けながら、美人を上手に描くことができたので女性を題材にしたマンガを自分の得意領域として活躍するようになりました。杉浦に近しい他の漫画家たちが似顔絵を用いた政治マンガを描いていたのとは対照的に杉浦の描く家庭マンガは女性読者から人気を集め、それが「銃後のハナ子さん」という作品で花開くことになったのでした。

杉浦幸雄が「ハナ子さん」のモデルにしたのが轟夕起子で、確かに現在でも見ることができるマンガのハナ子さんは轟夕起子そっくりの顔立ちをしています。映画化にあたっては当然のごとく轟夕起子がハナ子さん役に指名されました。夫の五郎役を演じた灰田勝彦は立教大学でハワイアンバンドでヴォーカルを担当していたことから卒業後に日本ビクターからレコードデビューをした歌手でした。中国戦線に応召された後は映画俳優としても活躍の幅を広げて、高峰秀子と共演した『秀子の応援団長』で人気歌手としての地位を不動のものにしたといわれています。その高峰秀子も妹役で出演していますし、黒澤明監督作品で活躍する山本礼三郎がハナ子さんのお父さんを演じています。

戦時下においてはすべての映画が内務省によって検閲されていて、戦局が激しくなっていたこの頃の映画の巻頭には「撃ちてし止まむ」の標語が使用されるようになりました。「敵を撃つまでは戦いを止めない」という「古事記」に書かれた一説が戦意高揚プロパガンダに使われ始めたのは昭和17年以降のようで、街頭ポスターや雑誌の表紙、地域の横断幕など至る所で総力戦のキャッチフレーズが掲げられました。本作も東宝のクレジットの前に「撃ちてし止まむ」がデカデカと出てきてちょっと驚きますが、当時の観客からすると見慣れた文字のひとつでしかなかったのかもしれません。

Public Domain Item

【ご覧になった後で】ミュージカルを衣にして厭戦感を覆い隠していました

いかがでしたか?こんなミュージカル映画が昭和18年に作られていたことには本当に驚いてしまいますよね。「撃ちてし止まむ」のあとにいきなり画面いっぱいに出てくるのがスタジオの天井から俯瞰で撮られた群舞で、これはまさにバスビー・バークレーの万華鏡のようなダンスそのものではありませんか。戦意高揚スローガンに続けて1930年代のハリウッドミュージカル風の幾何模様ダンスを見せられると、本作が映画法のもと内務省の検閲を受けたうえで精一杯の映像表現を通して普通の映画作りを志向していることが伝わってきます。

おそらく当時の内務省の役人はバスビー・バークレーのことをよく知らなかったのでしょうし、銃後の暮らしぶりがよく描けているといってご満悦だったのではないでしょうか。ところがどっこい、この映画はハナ子さんの日常生活をミュージカル仕立てで描きながら、最終的にはその日常こそが尊いものであるということを伝える実に厭戦的な作品だったのだと思います。

確かに全編にわたって歌われる挿入歌には銃後を守る国民の義務を歌詞に取り入れて、表面上は国家に奉仕する理想的な帝国臣民であるふうに装っています。隣組や防災訓練などの地域住民の協力体制や産めよ増やせよの家庭計画の推奨、はては傷痍軍人の嫁になることへの賞賛など、一見するとどれもが国家に奉仕する姿のように描かれています。けれどもそのような場面がどちらかといえば皮肉な喜劇調に描かれていることに観客は気づきますし、終幕近くでおかめのお面をかぶってひょうきんに踊るハナ子さんの姿が実は夫を戦地に送らなければならない哀しみと辛さをこらえきれずにいるのだということをちゃんと理解しているのです。普通の感覚で見れば、セリフや歌詞はともかくとしても、この『ハナ子さん』を戦意発揚の国策映画だと見る人のほうが少なかったのではないでしょうか。

そしてススキの草原に倒れこんだハナ子さんが夫との別れを惜しんで泣いたのであろう場面は、唐突にカットされていることがはっきりとわかるくらい、改変されたのが明らかです。ここでハナ子さんが泣かなければハナ子さんの感情が収まりませんし観客だって消化不良になってしまいます。それをあえて内務省の検閲官がカットしたのでしょう。そうすることで余計に「普通の人が普通に抱く感情さえもが許されない時代になってしまった」ことを当時の観客たちは嘆いたのではないでしょうか。もちろん五郎の出征が決まる前までの、のんびりとした人々の暮らしぶりは軍国主義に傾倒する人たちから見たら戦時下なのにけしからん映画だと一刀両断にされていたに違いありません。現在的に見ても昭和18年でこんな映画が作れてしまえるんだという驚きのほうが先に立つくらいですから、東南アジア各地の悲惨な戦場の実態とは大きく違っていて、内地の日常は空襲がない限りにおいては案外と平穏な毎日だったのかもしれません。

音楽を担当したのは鈴木静一で、作曲家でありマンドリン奏者だった人だそうです。黒澤明の『姿三四郎』や山本嘉次郎の『ハワイ・マレー沖海戦』などに楽曲を提供して映画音楽方面に進み、後にはマンドリンオーケストラ曲をたくさん残すことになるのですが、本作における軽快な音楽のさばき方はなかなかのセンスが感じられます。「トントントンカラリと隣組~」など当時作られた流行歌を取り入れながらも、それをミュージカル風にアレンジしてしまうところが、現在的に見ると戦意高揚歌を笑い飛ばしているようにも見えてきます。

主演の轟夕起子は目鼻立ちのはっきりした美人さんですし、五郎さんへの直接的な愛情表現も非常に可愛らしく、戦後におけるマダム風というか熟女的なポジショニングとは違った若い魅力的な姿が映像に残されていました。一方で高峰秀子はやっぱり日本映画界のアイドルだったんだなあと思えるほどのオーラというか存在感が際立っていて、中盤で犬を連れて登場してからは轟夕起子がかすんでしまうほど注目を集めてしまう女優さんなのでした。そして一番驚いてしまうのが山本礼三郎。『酔いどれ天使』のやくざの親分と本作のハゲ頭のお父さんではどうしても同じ俳優だとは思えないくらいの変貌ぶりです。いつもニコニコしながら決して家長的権威を振り回さない父親を演じていて、なんだかこのお父さんだけ見ていると戦後すぐの民主主義浸透を目的としたアイデアピクチャーのように見えてきてしまいます。山本礼三郎恐るべしですね。(T110122)

コメント

スポンサーリンク
タイトルとURLをコピーしました