東京湾炎上(昭和50年)

1970年代に大流行したパニック映画の一作で東宝の特撮技術が見どころです

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、石田勝心監督の『東京湾炎上』です。1972年の『ポセイドン・アドベンチャー』以降、パニック映画と呼ばれるジャンルが確立して、自然災害や事故、テロによって人々が混乱に陥るシチュエーションを描いた映画が乱立しました。日本映画では昭和48年の『日本沈没』が大ヒットを記録し、『ノストラダムスの大予言』や『新幹線大爆破』などが続いて公開された時期です。本作もその流れの中で製作された東宝の作品で、東宝伝統の特殊技術撮影を駆使して大災害場面が描かれています。

【ご覧になる前に】タンカーを占拠したテロ組織が日本政府を脅迫するお話

原油を積載して間もなく日本に帰還する20万トン級タンカー「アラビアンライト」号は、浦賀沖を通過する際に救命ボートに乗った黒人船員たちを発見・救助します。ところが彼らは突然マシンガンによってタンカーをシージャックして、原油注入口に爆雷をしかけたうえで、アラビアンライト号の乗組員たちを監禁してしまいます。POFFDORと名乗るテロ組織のリーダーは、日本政府に連絡を取り、石油資源などの恩恵を先進国が寡占する状況を打破するためにこのタンカーを東京湾の真ん中で爆破させると宣言するのでしたが…。

田中光二の「爆発の臨界」という小説が原作になっていまして、田中光二は超多作の冒険小説家というかSF作家というか、いろいろな娯楽小説をたくさん書いている人です。その原作を脚色したのが大野靖子と舛田利雄の二人。大野靖子はどちらかといえばTVドラマで活躍したシナリオライターさんでNHK大河ドラマを「国盗り物語」と「花神」の二本書いておられます。現在的には超売れっ子脚本家だったといえるでしょう。かたや舛田利雄は日活で監督していたときから半分くらいの自作品で脚本を書いていて、ホンも書ける監督だった人。黒澤明が降板した『トラ・トラ・トラ!』の日本側シーンを深作欣二とともに共同監督したことでも有名です。

監督は石田勝心という人で、「かつむね」と読むんだそうです。これまで名前を見たことも聞いたこともない人ですが、『父ちゃんのポーが聞こえる』という映画だけは、確かにそんなのがあったなーと思い起こされる程度です。パニック映画が流行した時代というのは、日本映画が産業として衰退して垂直統合経営から撤退していった時期とイコールでした。角川映画なんかが出てきて、東宝や松竹などのメジャー映画会社は自ら製作リスクは負わず、配給だけを行うようになっていきましたから、その時代に監督に昇進した人にとっては不遇の時代だったといってよいでしょう。石田勝心もそんな不運な映画監督だったのかもしれませんし、もともと映画監督として大成する才能がない人だったのかもしれません。

主演の藤岡弘は『日本沈没』の演技が非常にリアリティがあって、単なるアクション俳優ではない実力をスクリーンに刻み込んでいました。もともとは松竹出身でしたが、「仮面ライダー」で爆発的な人気俳優になって以降、東宝では『エスパイ』や本作に出演していますし、NHKの大河ドラマも何本も出演していて、その最初は本作の前年に放映された「勝海舟」での坂本龍馬役。主人公勝海舟役を渡哲也がかなり早い段階で病気降板して、松方弘樹に代わった珍しい大河ドラマとして記憶されておりまして、でも藤岡弘の坂本龍馬はナイスキャスティングだったように思います。

【ご覧になった後で】ちょっと間違えば面白くなったのにという駄作でした

いやいや、喜山CTS爆破を特撮フィルムとの合成でニセ中継するという着想には驚きました。それってピーター・ハイアムズ監督の『カプリコン1』の先取りではないスか!宇宙船による火星着陸を映像で偽装する『カプリコン1』が1977年製作ですから、本作公開の二年後のこと。なのでこの『東京湾炎上』は日本映画によくある外国映画のパクリではなく、ハリウッド映画のネタモトになるくらいのトリックを先行して映画にした事例なのでした。ちなみに本作の中でもテロ組織のリーダーが「喜山CTSをハカイせよ」とか言ってますが、CTSとは「Central Terminal System」の略で「原油中継輸送方式」のことを指すのだそうです。専門用語を使うのがプロっぽいと思ったのか知りませんが「喜山コンビナート基地」とかわかりやすく言ってほしかったですね。

で、たぶんそのような素晴らしい着想は田中光二の原作にある基本プロットをそのまま持ってきているでしょうから、その点については小説を賞賛すべきところで、映画はとなるとせっかくのアイディアを十分に生かし切れておりませんで、しかもシージャックされたタンカー船の監禁状態の描写が手ぬるいのでサスペンスが全く感じられないまま事態が進行していきます。ここは脚本よりも演出の問題だと思いますが、テログループは水谷豊演じる日本人を含む6人で、その6人が30人近い乗組員を監禁できるような感じが全く伝わらないんですよね。実際に食堂では半分の3人がいったんは乗組員に捕縛されてしまうのですから、日本政府を巻き込んで、の前にタンカーの中でなんとかできるんじゃないの?と思ってしまいます。丹波哲郎演じる船長も自室から照明弾を持ち出すくらいのことしかやらずに、威勢はいいのだけどなんだか無能感漂うキャプテンになっちゃってました。

もっともまず最初に救命ボートに乗ったどこの誰ともわからない数人をタンカーに乗船させてしまったことが一番の根本原因ではないかと思いますが、これは原作の弱点かもしれません。海で遭難中の難民を救助する機会が多い国では「難民を乗船させる場合」を想定して「室内をロックし危険区域を封鎖する」とか「人数、性別、国籍を特定する」とか「難民の持ち込み品を管理し、身体検査・金属スキャンし、ナイフ等を没収する」などが定められています。本作では、いきなり梯子をおろして乗船させてしまいますが、本来なら上記のような乗船前チェックをすべきですし、現在では感染症の恐れもあるわけなので、いきなり梯子はあまりに無防備過ぎます。その点で丹波哲郎船長はリスクマネジメント力ゼロと言っていいでしょう。

唯一本作の中で見どころがあるとすると、監禁された食堂でテロ組織のメンバーが仲間割れを起こす場面で、カウンターの背後に隠れた宍戸錠が水中銃を藤岡弘に手渡して、そのモリで水谷豊が壁に打ち付けられるショットでしょうか。それ以外は日本政府の対応もどうにも緊張感がなく、鈴木瑞穂は政治家とは思えない白い上着を着て場違いですし、非常時なのに机の上には弁当を食べた跡もあるし、ニセ映像を見せる場面は結構緊迫するものの雨が降るのなら、現場の中継映像を雨が降る前のビデオ映像に差し替えれば済むことなので、なんだかすべてにおいて詰めが甘いなと感じさせる映画でした。

蛇足ですが、藤岡弘の恋人役で出てくる金沢碧という女優は、本作が映画初出演だったようですが無駄にヌードシーンがあったりしてなんだか扱いが可哀想でしたね。頭を持ち上げて長い髪の毛を振り上げるイメージを何回も重ねる映像が出てくるのは、あれはなんなんスかね。恋人を思い返すときにああいうイメージしか出てこないっていうのも、本当に映像的センスが貧弱というか皆無というか、やっぱり石田勝心という監督に作品数が少ないのは単に実力不足が原因だったのかもしれません。(A042322)

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