大脱獄(昭和50年)

高倉健と菅原文太の共演による北海道を舞台とした脱走死刑囚の復讐物語

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、石井輝男監督の『大脱獄』です。高倉健と北海道といえばもちろん「網走番外地」シリーズになるわけでして、本作も網走刑務所で死刑を待つ死刑囚が脱獄に成功し、自分を冤罪に陥れた連中に復讐するというのが基本プロットになっています。意外なのは菅原文太が脇役で出ていることで、高倉健と菅原文太の二人が共演した映画は、所属していた東映での十二本だけ。本作はその貴重な共演作のうちの一本になります。

【ご覧になる前に】高倉健と菅原文太のネームバリュー頼みの企画でしたが…

網走刑務所に拘留されている死刑囚が集団脱獄して野に放たれました。七人の死刑囚はいがみ合い殺し合いをするうちに、強盗殺人を犯した梢と尊属殺人の国岩が生き延びますが、梢は自分にすべての罪を被せて裁判で偽証をした共犯者の剛田に復讐するため、国岩を置いて単独で鉄道の駅に向かいます。ところがその町で偶然病に倒れたダンサーを看病することになり、あきというその女性は次第に梢に惹かれていくのでした…。

昭和50年といえば、さくらと一郎が唄った「昭和枯れすゝき」や布施明の「シクラメンのかほり」など短調の歌謡曲が流行り、少年誌では山上たつひこの「がきデカ」が「死刑!」というギャグをヒットさせ、広島カープがセ・リーグを制覇して「赤ヘル旋風」を巻き起こした年でした。映画界は相変わらず低調で、安定した興行収入をあげていたのは松竹の「男はつらいよ」シリーズのみ。東映は「仁義なき戦い」で実録ヤクザ路線に光明を見い出す一方で、東映京都撮影所の一角を「太秦映画村」としてオープンさせ多角化事業に乗り出していく時期でした。

そんな日本映画低迷期においては観客動員できるスター俳優のネームバリューに頼るしか手がなく、本作も当初は高倉健・菅原文太・渡哲也の三大スター共演作として企画がスタートしたらしいです。しかし渡哲也はNHKの大河ドラマ「勝海舟」に主演しながら体調不良で途中降板したのが前年のことで、まだ健康状態に不安があり出演を辞退。代わりに歌手の五木ひろしに白羽の矢が立ったそうですが、大々的に映画デビューを飾りたい五木ひろしに対して、東映としては高倉健と菅原文太に次ぐ三番手の位置にせざるを得ず、この案もお流れ。結果的には高倉健と菅原文太の共演のみを売りとすることになり、もちろんそれだけで観客の食指が動くわけでもないですから、興行的には惨敗に終わったそうです。

配役はともかくとして、そもそも石井輝男監督が自ら脚本を書いた作品で、その脚本が三大スターの効果を発揮できるようなストーリーになかなかならずに、仮に渡哲也や五木ひろしの出演が実現していたとしてもロクな役をつけられない脚本になってしまっていたのだとか。石井輝男はもとは東宝で撮影助手をしていた人で、新東宝に移籍後は成瀬巳喜男や清水宏の助監督をつとめていました。監督になって東映に移籍した後は「ギャング」シリーズや「網走番外地」シリーズでヒットを飛ばします。成瀬巳喜男に師事していた割にはその作風は成瀬的な端正さとは真逆のアナーキーなものでした。本作もその石井輝男らしさが存分に感じられる作品になっています。

【ご覧になった後で】ハチャメチャだけど野卑なパワフルさが迫力十分でした

映画を見始めると、あまりにズームレンズを多用して画面が寄ったり引いたりしますし、パンやティルトもいい加減な動きだし、音楽も大仰過ぎるし、しかも登場人物を紹介するテロップの文字がマンガのようなレタリングで笑ってしまうし、言わずもがなのことをわざわざ字幕で説明するし、これはもうハチャメチャな映画だなーと思っていました。ところがどっこい、そのハチャメチャさが全く途切れることなく継続して、いつのまにかそのハチャメチャ自体がすごいパワーを持ち始めて映画自体が疾走していくんですよね。それはお世辞にも品があるとはいえず、野卑というか下賤というか、木の実ナナ演ずるダンサーが病気になって医者が「大便と小便をとって持ってきて」と告げ、本人が採った便と尿が画面に映されるに及んでは「それって本当に必要なの?」と思ってしまうほど悪趣味な描写なのです。しかし本作は上品ぶって見る類の作品ではなく、このハチャメチャパワーに身をゆだねて、細かいところを気にせずに主人公の復讐ストーリーを追いかけるように見るべき映画。そうしているうちに、石井輝男のペースに絡めとられてしまい、1時間半の上映時間がダーッと走りながら過ぎ去っていくように感じられるのです。

その中心にいるのは高倉健ですが、いつもの健さんなら無駄な暴力は働かないキャラなのに、本作ではあまりに簡単に人をバッタバッタと殺していくので、なんか突き抜け感があるというか、いつもの悶々とした苦悩する健さんではない、別の俳優を見ているような気分になります。脱走した死刑囚だと知って雇っている除雪現場の胴元(名脇役の山本麟一!)を殴り殺して金を奪うなんて朝飯前で、そういう健さんだからクライマックスの汽車の車内でも躊躇なく田中邦衛や須賀不二夫を射殺しまくるんですね。一方の菅原文太。死刑囚の仲間で出てくるときは「あれ?これが菅原文太?」というくらいに存在感もなく文太兄さん風には全く見えないのですが、毛皮のコートを着て再登場するあたりから助演男優賞もののキャラの立たせ方をしてきて、さすがだなと思わせます。これは石井輝男の演出の勝利でもあるのですが、高倉健と菅原文太の二人が函館の倉庫街の道で殴り合いをするところを超ロングショットで撮ったショットは実にカッコイイ出来栄えでした。この絵だけキチンとフィックスで撮っていますしね。

さらに大笑いしてしまうのは汽車の銃撃戦での血ドボドボの過激なスプラッターアクション。ひょっとして石井輝男は「石井版ワイルドバンチ」をやりたかったのかなと一瞬思ったのですが、年代が5年くらいズレているのでこれは間違いでしょう。それにしても田中邦衛の頭が吹っ飛び、須賀不二夫のメガネが血しぶきに濡れ、最後の雪原では相手の口にライフルの銃口を入れて銃弾をぶっ放すという連続技は凄まじい迫力があります。真っ白な雪に鮮血が円状に広がるショットなんかはわざわざ光学合成を使ってグロテスクな絵づくりをしているんですから、石井輝男の執拗さがちょっと怖くなるような終盤でした。

そんなわけで高倉健と菅原文太の共演が見られるし、脇役も上述の他に加藤嘉や小池朝雄や仲谷昇や杉山とく子なんかが出てきて充実しているし、北海道の雪の風景だけでなく札幌と小樽と函館の観光もできるしで、意外にもなかなかの御馳走作品なので驚いてしまいました。もちろん繰り返し見たくなる映画では決してありませんので、一度だけチラ見すればそれで十分なのですけどね。(V031722)

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