横浜を舞台に宝石を巡って複数の犯罪グループが対立する無国籍アクション
こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、江崎実生監督の『マカオの竜』です。日活のマークが出ると同時に汽笛が鳴り響き、港町横浜を舞台にした作品だということがわかる仕掛けで、「ヒマラヤの星」と呼ばれる幻の宝石を巡って、小林旭と宍戸錠と佐野浅夫が入り乱れながら対立するアクション映画になっています。香港のギャングがからんだり松原智恵子が中国娘を演じたりする無国籍風仕立てで、モノクロながら日活プログラムピクチャーの一篇です。
【ご覧になる前に】小林旭が演じる「マカオの竜」は何者なのかというお話
横浜の港で密輸団から海賊グループが手に入れた宝石の中に一際強い光を放つヒマラヤの星と呼ばれる幻の宝石が紛れていたことがわかります。密輸を取り仕切る塚田の手にヒマラヤの宝石があることを知り、「マカオの竜」と呼ばれる男が香港から横浜に乗り出してきました。マカオの竜が持参した10万ドルを狙う塚田は、海賊グループからヒマラヤの星を取り戻すと同時に、マカオの竜をだまして10万ドルを奪おうと画策します。ところがマカオの竜に奈美という女性が接近を始め、彼女は以前塚田に父親を殺され、その仇をとることを条件に海賊グループに協力していたのでした…。
石原裕次郎とともに日活アクション映画の黄金期を支えてきたマイトガイ小林旭も、本作製作時には二十八歳になっていて、「渡り鳥」シリーズで見せた精悍で逞しい若々しさから、経験豊富で落ち着き払った大人という感じの役柄に移行する時期にさしかかっていました。アゴの線がシャープだった小林旭も本作ではやや顔の輪郭が丸く変化しつつあり、ちょっと太目な印象が出てきた頃です。よって小林旭単独ではなかなか作品全体を引っ張る力がなくなってきていたのでしょう。「渡り鳥」のときからライバル同士の関係で共演してきた宍戸錠が、相手役として小林旭をがっちりと受け止めるように配され、作品のバランスを両肺飛行で支える役割を果たしています。
監督の江崎実生は本作製作の前年に日活で監督に昇進した人。しかし本作の6年後には日活も経営不振によってロマンポルノ路線に舵を切るようになりました。江崎実生はポルノ映画には行かず、TVドラマの製作に軸足を移していったようです。共同で脚本を書いた山崎巌という人もTVの脚本家に転身していったそうなので、映画産業が斜陽になるとともに人材が次第にTVドラマやTV放映用のフィルム作品に流れていく直前くらいの時期だったかもしれません。
女優陣では松原智恵子が出演しているのは日活なので当然なのですが、十朱幸代がヒロインを演じているのが注目ポイントです。十朱幸代はいろんな映画で脇役として活躍した十朱久雄の娘で、まずはNHKでドラマデビューをして、昭和50年代にはTVドラマの主演女優といえば十朱幸代は絶対に外せないというくらいに存在感のある女優でした。でも映画にもたくさん出演していて、昭和40年前後には東映や日活、松竹と映画会社の枠に縛られずに多くの作品で主役を演じていました。本作もそのうちのひとつですが、どうも小林旭の相手役は浅丘ルリ子のイメージが強烈に残っているので、十朱幸代だと恋人同士というよりは友達の知り合い程度の仲にしか見えない感じがしてしまいますね。
【ご覧になった後で】ジャズが効果的なのと小林旭の歌は良いのですが…
まあ日活が得意とした無国籍アクション映画もネタがつきてどんどんとマンネリ化していた頃の作品ですので、全体的にはストーリーも面白みがなく、アクション面でもこれという見せ場がない映画でした。ただジャズを基本とした音楽の使い方だけは冴えていて、フルートを利かせたボサノバテイストのモダンジャスは、作品に一種の軽妙さというか軽快さを加える効果をもっていました。音楽を担当したのは伊部晴美という人で、名前だけ見ると女性かと勘違いしてしまいそうですが、舛田利雄監督作品を中心に楽曲を提供したギタリストの方だそうです。
主題歌の「赤い流れ星」という曲も伊部晴美が作曲したようですが、これを聴くと小林旭は歌手としても一流だったんだなとあらためて感心させられます。なんでも日活に入ってすぐに出演した『孤獨の人』という作品で歌が歌えるやつはいないかと声掛けしたところ、小林旭がその場で見事な美声を聴かせ撮影所にいた大勢の人たちが呆気にとられてしまったというのが、レコードデビューのきっかけだったそうです。高音域の声の伸びが素晴らしく、思わず聴き惚れてしまうくらいの独特な声質と歌唱法なんですよね。日活の俳優たちはだいたい映画に出るとレコードも録音させられていましたが、石原裕次郎や渡哲也などの渋め系の歌唱とは全然タイプが違うハイトーンシンガーであったのが小林旭でした。のちに日本映画が没落していった昭和50年代に、「昔の名前で出ています」という演歌を歌って有線放送を中心にヒットを飛ばし、その年の紅白歌合戦に初出場することになりました。さらには小林旭の大ファンだったという大瀧詠一から楽曲を提供された「熱き心に」は大瀧詠一が作ったということで若い人たちからもかなり注目されましたよね。
本作の話がおろそかになってしまいました。この映画、セリフだけで状況説明しようとするから、人物の関係や話の展開がセリフをよくよく聞かないとわからないんですよね。そこがまずダメなところで、宍戸錠と佐野浅夫の関係もよくわかりませんし、小林旭のマカオの竜がどんなに凄い人なのかも今ひとつ伝わってきません。また、人物の動かし方が下手なので、アクションシーンがコントのように見えてしまいます。地下室で小林旭と宍戸錠と佐野浅夫が三つ巴になってにらみ合う場面なんか、たったひとつの短銃だけでそこにいる十数名の暴れ者たちが凍ったように動かなくなるのですが、そんなの誰かが何かすれば状況を打開できるだろうにな、なんて思ってしまいます。小林旭がとらえられたボートに十朱幸代が乗ったボートが突っ込んでくる場面では、ひとりの男がよろめいてそれにつられて三人くらい一斉に海にドボーンと落ちていき、本当にギャグにしか見えません。まあ、クライマックスのボード製作工場内部でのクレーンリフト車を使った攻防は、ショットのつなぎ方などに工夫の跡が見られた、とだけ補足しておきましょう。脚本のダメさ加減にコントのような演出では、とてもクールなアクション映画にはなりえません。小林旭もやや太めで動きに鈍さが目立ってきているので、本作を見て日活のアクション映画って大したことないんだなと思い込んでしまう観客が出てきてしまうかもしれません。日活映画を振り返るには、あまりふさわしくない映画だといえるでしょう。(A030222)
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