キートンのセブン・チャンス(1925年)

笑わないバスター・キートンが無数の花嫁たちに追いかけられる傑作喜劇

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、バスター・キートン監督の『キートンのセブン・チャンス』です。日本初公開時には「キートンの栃麺棒」という題名だったそうで、「栃麺棒」とは「あわてふためくこと」の意味なんだとか。現在ではほぼ死語ですが、機会があったら使ってみたい言葉ですね。それはさておき、本作は「The Great Stone Face」と言われた笑わない喜劇役者バスター・キートンの代表作のひとつ。チャップリンのペーソス喜劇とは正反対にキートンはシチュエーションとアクションを主体としたスラップスティックコメディを得意としていました。キートン自らが走りまくり、動きまくり、滑りまくる本作は、バスター・キートンの魅力がギュッと詰まった作品として大いに笑える喜劇となっています。

【ご覧になる前に】乗り気でなかったキートンを乗せた岩のゴロゴロシーン

ジミー・シャノンは近所に住むメアリーに愛の告白をしたいと願っていますが、内気なジミーは季節が過ぎてもなかなかその告白を切り出せません。一方でジミーが友人のビリーと共同経営している会社は経営危機に瀕していて、見知らぬ弁護士が来訪したのを管財人からの出頭勧告だと思い、カントリークラブに逃げるのでしたが、実は弁護士はジミーに巨額の遺産が贈与されることを告げにきたのでした…。

バスター・キートンは1895年生まれで、チャップリンより六歳年下。両親がヴォードヴィリアンで、四歳のときから舞台に立って仕事をしていました。舞台で梯子段から落ちても無表情でスタスタ歩き出したことから、「Buster(丈夫な子ども)」のあだ名がついて、それがそのまま彼の芸名になったのだとか。その後、ニューヨークに出て喜劇役者ロスコー・アーバックルに誘われて映画の世界に入ることになりました。キートンのいちばんの特長は、無表情のまま危険なシーンでもスタントを使わずに自ら身体をはってアクションすること。1920年代のサイレント喜劇において、チャップリン、ハロルド・ロイドと並んで三大喜劇王として大活躍したのでした。

本作の元は舞台劇で、プロデューサーのジョセフ・シェンクはその舞台の映画化権を獲得してバスター・キートンに作らせることにしました。この劇を「茶番だ」といって嫌っていたキートンでしたが、シェンクに借金がありその返済のためしぶしぶ映画製作に着手したという経緯のようです。映画のハイライトは急な坂を下る追跡シーンで、この場面はたまたまキートンの周りに転がすだけのつもりだった張りボテの岩が、仕掛けが外れて偶然にもキートンを追いかけるようにして転がってしまい、そこからキートンが岩をスクランブルでよけながら逃げることになってしまったのです。プレビュー上映でこの岩ゴロゴロシーンが大受けしたのを見て、キートンはさらに派手な岩の追跡を加えて再撮影し本作が完成されたのでした。

キートンが映画界に入るきっかけを作ったロスコー・アーバックルは、「デブくん」の愛称で知られたサイレント映画初期の大人気俳優。しかしパラマウントへ移籍した1921年に新人女優を強姦殺人した疑いで起訴され、証拠不十分で無罪となったものの映画俳優としての信用は失墜してしまいました。そんなロスコーを再び監督に起用したのがキートンでした。キートンはロスコーを支援するために、本作でもロスコーの婚約者をチョイ役(7人の花嫁候補のひとり)として出演させています。ロスコーの強姦殺人事件は、無罪判決も裏金を使ったからだと噂されましたが、現在では新人女優の死は持病が原因だったことが解明され、ロスコーの無罪は真実であったことが証明されています。キートンはロスコーの無実を当時から信じて疑わず、ひたすら映画界に誘ってくれたことの恩義に報いようとしていたんですね。

【ご覧になった後で】派手な追跡だけでなく細かいところも笑わせてくれます

いかがでしたか?教会に続々と花嫁が集まってくる場面の花嫁の人数の多さには驚きますよね。その花嫁たちのほとんどが太り気味だったり年増だったりして、たぶんその当時のハリウッド映画には脇役でも出られない女優たちをかき集めたのではないかと想像されます。また、花嫁を探す場面ではバックシャン(これも死語?)の女性を追いかけて前に回ると黒人女性だったとか、新聞を読んでいる女性のその新聞が英語でなかった(どうやらヘブライ語らしく、だとするとユダヤ人ということですが)とか、1925年当時は映画における女性の扱いはまだ偏見に満ちたものであったことが伺えます。それでもキートンと花嫁の追っかけシーンはキートン喜劇の神髄ともいえる傑作もので、キートンの躍動感あふれる走りっぷりは見事。特にビリーと並走するところは移動撮影もスピード感溢れていてすばらしかったです。また崖を跳び越えるところも実際はかなりの距離があるのを平気でジャンプしていきますし、川に入って服のまま泳ぐのには相当な体力が必要ですがそれも軽々と泳ぎ切ってしまいます。こうしたキートンのスタント不要の演技は、子どもの頃からの舞台経験で養われたものだったのでしょうか。これなら確かに「Buster」と呼ばれても不思議はないですね。

こうした派手なアクションの一方で、細かいところでもクスっと笑わせてくれるんですよね。例えば花嫁候補を探す場面でのクローク嬢とのやりとり。キートンが帽子を預けるのか預けないのかというところで、キートンが渡した硬貨をクローク嬢がしっかり指で押さえて離さないあたりのディテールがサイレント喜劇的に面白いわけです。また懐中時計を側溝に落としてしまい、何時だかわからなくなるシーン。通行人に訪ねたり時計屋に入ったりしてもわからないときに、いきなりアパートの一室に転換してその住人が目覚まし時計を嫌って投げ捨てると、それがキートンにあたって時間がわかるというあそこは、これだけで寸劇となるように作ってあります。花嫁追跡シーンだけでない、笑いのディテールの積み重ねがあるので、全く飽きることなく一気見できてしまう作品になっているんですね。

それにしても岩ゴロゴロシーンはキートンの巧みに岩をよけながら走るテクニックも見事ですが、そのアクションを最大もらさず画面におさめるキャメラマンの技術にも注目したいところです。キートンと転がる岩をとらえるためには俯瞰で撮影する必要があり、しかも移動を伴うショットが多くはさまれます。急な坂を高い場所から見下ろすようにして移動しながら撮影するテクニックが本作製作の当時にあったわけですから、キートン映画のスタッフはキートンのアクションを映像化するためにさまざまな技術を開発したはず。優れた役者のもとで優れたスタッフが育つ、というような現場だったのではないでしょうか。(A121221)

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