陸軍中野学校 雲一号指令(昭和41年)

市川雷蔵主演の陸軍中野学校シリーズ第二作、主人公は引き続き椎名次郎です

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、森一生監督の『陸軍中野学校 雲一号指令』です。大映の屋台骨を支えた歌舞伎出身の大スター市川雷蔵が、それまで一般的にはあまり知られていなかった旧日本陸軍のスパイに扮したのが前作の『陸軍中野学校』でしたが、その物珍しさとリアルさが好評だったため、わずか三ヶ月後にこの第二作が公開されることになりました。第一作が増村保造監督によって大映東京撮影所で作られたのに対して、本作は森一生が大映京都撮影所で作ったもの。市川雷蔵は前作に引き続き、三好次郎の名を捨ててスパイになった椎名次郎として活躍します。

【ご覧になる前に】戦時下でも外国人が多い神戸での日中諜報戦を描きます

神戸港から出発した日本陸軍の輸送船が何者かによって爆破され、大破・沈没しました。積み荷が陸軍が秘密に開発していた新型爆弾だったため、神戸憲兵隊は輸送船に関わる誰かが敵国と通じているのではないかと睨みます。そこへ参謀本部から派遣されてきたのが陸軍中野学校出身の椎名次郎。椎名が神戸駐在の杉本と組んで爆薬倉庫の夜警に狙いを定めて監視を始めると、その夜警のコンタクト相手として売れっ子の芸者梅香が浮かび上がってきました。椎名は武器製造会社の重役を装って梅香に近づきますが、出港計画自体が秘匿されていた第二の輸送船が再度爆破されてしまうのでした…。

市川雷蔵は勝新太郎とともに「カツライス」として大映の二枚看板を担っていました。歌舞伎役者だった雷蔵の立ち居振る舞いはまさに時代劇で輝きを放ち、特に昭和38年にスタートした「眠狂四郎シリーズ」は雷蔵の影の部分を引き出して大成功をおさめていました。そんな雷蔵を現代劇のヒーローに仕立てたのがこの「陸軍中野学校シリーズ」。陸軍中野学校とは、日本陸軍が諜報謀略の重要性から昭和13年に創設され、九段から中野に場所を移して特殊勤務要員19名を一期生として教育したのが始まり。昭和19年には浜松市に二俣分校が設置され、中野・二俣あわせて約2500名がスパイ・特務機関要員・遊撃戦要員として戦地に送られたそうです。市川雷蔵は前作の『陸軍中野学校』で士官学校を卒業して少尉として陸軍に入隊した三好次郎として登場し、すぐに中野学校で全く別の人間になり切ることを要求された椎名次郎を演じました。時代劇ではなく戦時もの、しかも兵士ではなくスパイを演じたのは雷蔵としては異例でしたが、これが見事にハマって雷蔵の新しい魅力が引き出されたのでした。第一作は東京が舞台でしたが、本作は六甲山に向う山側に外人居留地が点在する異国情緒溢れる神戸が舞台。神戸でのロケーション撮影が多かったせいか、本作は基本的に時代劇の製作拠点だった大映京都撮影所で撮られています。

監督の森一生は戦前には新興キネマで助監督をしていた人。ちょうど黒澤明と同じ時期に映画界に入ったということで黒澤と親交があったらしく、戦後の昭和27年には黒澤明が脚本を書いた『荒木又右エ門 決闘鍵屋の辻』を森一生が東宝で監督したりしています。その後は主に大映で時代劇を中心に大量のプログラムピクチャーを作っていて、市川雷蔵・勝新太郎作品を数多く監督しています。脚本は第一作では星川清司という人だったのですが、第二作では長谷川公之が代わって書いています。この人は東宝・新東宝から東映、大映から日活と、松竹以外の映画会社で幅広く脚本を書いていて、中でも東映の「警視庁物語シリーズ」を多く手がけています。「陸軍中野学校シリーズ」も続く第三作『竜三号指令』を書いているので、なんでも器用にこなすタイプのシナリオライターだったようですね。

雷蔵と共演する女優は村松英子。お兄さんが村松剛という文芸評論家で三島由紀夫と知り合いだったことから三島の戯曲に出るようになり、三島由紀夫のお気に入りの舞台女優だった人です。映画は小林正樹の『怪談』などで脇で出ている程度のようですので、ほぼ主演級の作品は本作だけかもしれません。身長が162cmということで当時としてはスレンダーな長身で、顔も小さいのでなかなか見栄えのする存在感のある女優さんです。三島由紀夫の葬儀の際には弔辞を読むのに涙を抑えきれなかったとか。それだけ三島に寵愛されていたんですね。

【ご覧になった後で】雷蔵の活躍がわざとらしく、ややリアリティに欠けます

シリーズものの宿命でしょうか、やっぱり第一作に比べると本作の出来は劣りますね。第一作は脚本がしっかりしていたのに加えて、増村保造の映像センスが画面に凝縮されていて非常にステディな佳作だったのですが、本作はまず脚本がいけません。雷蔵をクローズアップしなければならないのはわかりますが、活躍ぶりがわざとらし過ぎるんですよね。例えばクライマックスの造船所で爆破物を見つけるところ。あんな広い工場内でなんかのセンサーだけで爆破物を発見できるわけないじゃないですかね。陸軍中野学校卒業生であれば「犯人ならどこに爆破物を仕込むだろうか」と仮説を立てて、一番効率的に造船所を機能停止させる箇所に目星をつけるとか、素人でも考えつくようなアプローチが全く描けていません。

また佐藤慶と村松英子と雷蔵の三人が相まみえる場面では、雷蔵の椎名が「血液型が違っていた」というだけで村松英子の梅香がスパイであることを白状してしまうのですが、「あれ?私自分の血液型をO型だと信じていたけどAだったんですね」とシラを切ればいいだけのこと。その場でピストルで射殺されるような決定的証拠とはとても言えません。まあ梅香になり変わるという設定も、何も本人そっくりである必要はなく(神戸で梅香のことを知る人は誰もいないのですから)、写真が全く別人だったというほうがまだビジュアル的にも説得力があったと思います。

雷蔵をヒーローにしたいがために、逆に憲兵隊を阿呆のように描き過ぎていて、それが余計にリアルさを失くしてしまっていました。輸送船が爆破されて憲兵隊は荷役夫たちだけを連行して倉庫関係者は野放しにしますが、そんな片手落ちはやらないでしょう。また佐藤慶は椎名の大学の同窓生の取り調べを窓を開けっぱなしのままで行い、見ていても「窓を閉めたほうがいいよな」と思ってしまうほどで、そこから飛び降り自殺させるなんて観客の想像力以下の展開です。その同窓生にしても、下宿生に化けて機密の設計図が保管されている事務所に出入り出来てしまうのはどうなんでしょう。諜報とか謀略以前に普通の情報管理ができていない穴ぼこだらけじゃないスかね。戸浦六宏と佐藤慶の二人は大島組からの客演ですが、内心アホなシナリオだなと思いながら出演していたんではないかと思ってしまいます。

森一生の演出も、やっぱり増村保造のシュアな映像には敵いませんね。冒頭の輸送船爆破のタイトルクレジットはすべてがフィックスショットでつながれていて、これはいけるかもと思わされたものの、その後は無駄なズームやパンが多く、画面に緊張感が出てきません。前作はシネマスコープの横長画面をいっぱいに使った構図が見事だったのですが、そのような構図美もなく、登場人物をただ追うだけのショットばかり。そのうえ尾行シーンなどは中野学校出身とは思えないほど尾行相手に近づき過ぎで、あれでは振り返られたらすぐにバレてしまうじゃありませんか。こんなところにもリアリティが欠けていました。

椎名次郎少尉は映画の最後には加東大介から事前告知されて中尉に昇進しますが、陸軍中野学校出身の少尉といえばルバング島から帰還した小野田寛郎少尉のことが思い起こされます。小野田少尉は陸軍中野学校の二俣分校の出身で、遊撃戦の教育を受けフィリッピンに派遣されました。「絶対に生き残って後方攪乱戦を継続しろ」という命令を守り、戦争が終わっても二十九年間にわたってルバング島の森に潜み、島民を三十人以上殺傷し続けました。日本からやってきた鈴木紀夫という青年とジャングルで出会い、結果的に鈴木青年が元上官を連れてきて小野田少尉に直接口頭でその命令を解除するまで、その戦いをやめることができなかったといいます。本作でも最後に椎名次郎が「三好次郎という人間であったことを忘れろと言ったのは中佐殿ではありませんか」というような場面があります。陸軍中野学校では上官の命令は絶対で、一度下された指令はその解除がない限り永遠に続くというのが現実にあったことを思うと、本当に教育っておそろしいものだなと感じてしまいますね。(Y033122)

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