二人の息子(昭和36年)

宝田明と加山雄三が兄弟役で共演した東宝には珍しい深刻な家族劇です

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、千葉泰樹監督の『二人の息子』です。東宝といえば明朗で快活なサラリーマン喜劇がすぐに思い浮かびますので、本作も団地の階段から颯爽と降り立ってベランダから手を振る妻と娘に見送られる宝田明の登場シーンだけを見ると、そんなお気楽路線の映画なのかなと勘違いしてしまいます。しかし話が進むうちに家族それぞれが悩みを深めていき、どんどんと深刻な状況に陥っていきます。高度成長期における当時の日本の庶民たちが、みんながみんなイケイケどんどんではなかったことが丁寧に描かれていく質素で実直な作品といえるでしょう。

【ご覧になる前に】脚本は松竹出身の松山善三によるオリジナルシナリオです

妻と娘に見送られて団地から出勤する健介は一流企業で営業の仕事をしています。接待戦術で難しい取引先を口説き落としたことを課長からも褒められますが、仕事帰りに同僚たちと吞みながら互いに家族を養うのに精一杯の安月給を嘆いています。そんなときに健介の父親が突然会社に現れ、嘱託で勤めていた裁判所を急に辞めたことを告げられます。両親と同居している弟の正二に事情を聞くと、検察官と意見が合わず持論を曲げなかったことが原因だったようでした。父親の収入がなくなったことで、正二はタクシー会社をやめて白タクで家計を支えようと貯金をはたいて中古自動車を購入するのでしたが…。

宝田明は東宝の第6期ニューフェイスとして昭和28年に映画界に入り、翌年あの『ゴジラ』に主演して一躍スターへの道を歩んでいきます。同期には藤木悠がいて、本作でも会社の同僚役で共演していますし、二人ともに怪獣映画では多くの作品に出演することになりました。宝田明は183cmの長身を生かして香港との合作映画でも活躍し、中国語も堪能なことから香港や台湾でも人気俳優としてその名を轟かせました。小津安二郎が唯一東宝で製作した『小早川家の秋』で札幌に赴任する司葉子の恋人役を演じましたが、宝田明にとってはその作品に続いての出演作です。

かたや加山雄三は前年に『男対男』でデビューしたばかりの新人。戦前の大スター上原謙の息子ということで注目されていましたが、本人は俳優業で稼いだお金で船を設計して造船できればそれでよしくらいの軽い気持ちで東宝に入った頃でした。同じ昭和36年に『大学の若大将』に主演し、東宝のドル箱となる「若大将シリーズ」がスタート。さらには黒澤明からも声がかかって『椿三十郎』の若侍役で黒澤時代劇に出演するチャンスも掴みます。本作への出演はちょうどその狭間のとき。若大将からも井坂伊織からも想像もできない地味な弟役ですが、宝田明との共演によってこれまでとこれからの二大スターの顔合わせとなったのでした。

脚本を書いたのは松山善三。医者になるつもりで入った専門学校を途中で退学し、松竹の助監督試験に合格して映画界入りした松山善三は、木下恵介に師事していわゆる「木下学校」で映画の基礎を学びます。なかなか端正なルックスだったのと仕事ぶりが誠実だったことが認められ、超人気女優ながら結婚適齢期を過ぎつつあった高峰秀子の結婚相手にいいんではないかと目をつけられ、木下恵介と川口松太郎夫妻の三人が媒酌人となって松山善三と高峰秀子の結婚が成立したのは映画ファンなら知らない人はいない有名なお話です。結婚した頃から松竹だけでなく東宝の作品でも脚本を書いていますから、フリーで活動していた高峰秀子に合わせて松山善三もどこかの時点で松竹を辞めてフリーになっていたのかもしれません。監督デビュー作となった自身のオリジナル脚本による『名もなく貧しく美しく』は、東京映画製作・東宝配給で藤本真澄がプロデューサーをつとめています。藤本真澄は東宝を代表する名プロデューサーのひとりで、加山雄三の若大将シリーズの生みの親でもありました。藤本真澄はエロ系を極端に嫌うプロデューサーでしたので、スポットライトを浴びることのない社会の裏側を描く松山善三の脚本は藤本真澄の方針に合っていたのではないでしょうか。

【ご覧になった後で】親子間や世代間の断絶は今も昔も変わらないんですね

いかがでしたか?いかにも松山善三らしい超真面目な脚本でした。そして真面目で愚直で悲観的なので、だいたい展開が読めてしまうというのが本作の長所でもあり短所だったかもしれません。加山雄三が父親の藤原釜足の退職金と自分の貯金を合わせて自動車を購入する段階で、「あー、この車で事故っちゃうんだろうな」と観客は察知してしまいますし、藤山陽子が秘書課に異動になるなら小泉博に見初められるんだろうなとわかってしまいます。浜美枝が加山雄三のことを待ちきれずに嫁入りしてしまうのも美術の大家になっている志村喬が藤原釜足の二度目の訪問をお金で追い払うのも、全部そうなるだろうなと予測ができてしまうシナリオなので、あまりにも真面目過ぎてわかりきったストーリー展開が少しまどろっこしい感じがしてしまいました。

しかしながらさすがに藤山陽子演ずる紀子が電車にはねられて轢死してしまったり、宝田明の健介に借金を断られて藤原釜足が電車に飛び込もうとしたりするのは、まあやり過ぎというかドラマっぽくなり過ぎて興覚めしてしまう展開でした。また宝田明の妻役の白川由美が義理の両親に冷たくあたりながら最後には彼らを救うんだろうなと予測して見ていたら、それは間違いで宝田明が長男の面目を保って有り金をはたくという落ち着き方になっており、それじゃあ白川由美が悪妻のままになってしまうじゃないかと思いつつ、でもラストには娘と朗らかにベランダで手を振ったりして、最後に白川由美のキャラクターに一貫性がなくなっていたのは惜しいところです。また加山雄三は父親のことを嫌いながらも両親のために自己を犠牲にする次男をセンシティブに演じて好演ではありますが、これまたラストで宝田明と和解してしまうのも、結局金さえあればなんだっていいんだなーと思わせてしまう描き方なので、本作は「世の中すべて金次第」と言いたかったのだろうかと邪推してしまうのでした。

一見社会の矛盾を厳しく糾弾するようで、でもそのようなシチュエーションを描くことに終始して登場人物のエモーションに迫ることができなかった脚本なのですが、それを補うようにして千葉泰樹監督の演出はまったく破綻がなく手堅い映像表現を徹底して貫いていました。また伊福部昭の音楽も重いながらも荘厳で、映画の雰囲気を底支えするようでした。フィックスショットを基本にして移動ショットを適度に織り交ぜるキャメラワークも本作に安定感を与えていて、東宝のスタッフが松山善三の脚本の綻びをうまい具合に見せないようにしていて、それなりの小品というイメージを作れたというのが、本作の本質なのかもしれません。

宝田明と加山雄三の共演を支える脇役ひとり残らずがしっかりしているのは言を俟たないところですが、中でも母親役の望月優子はやっぱり巧いですねえ。木下恵介の『日本の悲劇』の一見だらしのない母親役も見事でしたが、本作での良妻かどうかは知りませんが賢母としての望月優子は、戦後期の日本の母親像を体現しているようで、夫と息子に挟まれながら溢れるような優しさを表現していて、プロの演技者だなと感じさせてくれます。ちなみに本作の題名である『二人の息子』は超凡庸なタイトルで何ひとつキャッチーなところがないなと思う一方で、兄と弟の「two sons」という意味と、夫と妻の二人にとっての「son of two persons」という意味の両方にとれるようになっているのが興味深いところではありました。

蛇足ですが宝田明の映画全盛期を知らない世代にとっては、TVドラマでやっていた「平四郎危機一発」が非常に印象深かったですね。ビジネスマンの九条平四郎が様々な事件に首を突っ込んで解決するというアクションドラマで、主人公の平四郎を演じた俳優が三人もいたという珍しい作品でした。初代が石坂浩二で、その記憶はかなり曖昧なのですが、それが宝田明に代わって人気ドラマになりました。シーズン2が始まって宝田明のままで継続したのですが、その途中でいつのまにか浜畑賢吉にキャスト変更され、子どもながらに宝田明のほうがカッコよかったのになと思って見ていた記憶があります。このTVドラマも実は東宝の製作で、この後番組がTVドラマ史上でも有名な「キイハンター」なんですね。そう考えるとやっぱり宝田明はいかにも東宝の都会的センスを体現していたハンサム男優の代名詞であったと思います。(Y032122)

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