幸福の限界(昭和23年)

女性の幸福とは何かをテーマにした石川達三の原作を原節子主演で映画化

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、木村恵吾監督の『幸福の限界』です。石川達三の原作は昭和22年に中京新聞などの地方紙に連載された長編小説。戦後間もない時期、戦争で夫を亡くした女性が多くいた一方で、戦前の価値観が崩壊して旧弊な権威主義を見下す若者たちが台頭し、戦前世代に反旗を翻し始めました。原作は戦前の忍耐型人生を生きた母親と戦後の解放された理想を夢見る娘を主人公としていますが、映画では原節子が演じる次女が主役となっています。

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高松家はお手伝いを雇うほどに余裕のある暮らしをしていますが、そこへ長女が嫁入り先から帰ってきます。夫の戦死が知らされ、子どもも女の子なので母子で夫の実家から追い出されたのでした。そんな長女を父親は温かく迎える一方で、母親はその不幸を嘆きます。劇団で演劇を学ぶ次女は、劇団を主宰する青年に好意を抱いていて、出戻りした長女の生き方を批判するのですが…。

石川達三といえばかつては本屋の文庫本コーナーでは必ず棚の一角を占めるくらいに有名な作家でした。昭和10年に始まった芥川賞の第一回受賞作家ですので、かなり古くから文壇で活躍していましたが、昭和後期においても「僕たちの失敗」や「青春の蹉跌」「金環蝕」などは映画化されたりTVドラマになったりしていました。今ではたぶん石川達三の文庫を置いている本屋はほとんどありませんので、なかなか伝わりにくいと思いますが、日本ペンクラブの会長をつとめるなど文壇の重鎮として存在感を発揮した大作家のひとりでした。

『幸福の限界』は、女性を主人公に女性の幸福や結婚の在り方を問う作品ですが、戦後は女性の社会的立場が大きく変化した時期でした。GHQの指導により昭和21年の衆議院議員総選挙で初めて女性の参政権が行使され、三十九名の女性国会議員が誕生。昭和22年5月には日本国憲法が施行され、第14条では「性別による差別の禁止」が、第24条では「男女平等」が明記され、女性の人権が法としても定められたのでした。こうした社会的な動きを反映して、かつての価値観に縛られる母親と長女に対して、次女は新しい時代の女性の人権を声高に訴え、新旧世代が対照的に描かれています。

監督の木村恵吾は昭和初期に新興キネマで監督に昇進した後、大映に移ってオペレッタ映画『歌ふ狸御殿』を作った人。その延長線上で昭和34年には市川雷蔵・勝新太郎の共演で『初春狸御殿』を監督していますので、基本的には娯楽路線を得意とした人です。原節子は、日活から東宝へ移籍しましたが、戦後の東宝争議の際に独立してフリーの立場で映画出演するようになっていました。フリー第一作は昭和22年の『安城家の舞踏會』でしたから、本作はフリーになってすぐの時期の出演作のひとつです。また父親役の小杉勇は、日活で内田吐夢監督の『土』で情けない父親を演じていましたし、母親役の田村秋子は文学座創設時のひとりでもあり、この両親役の二人の演技も見どころのひとつになっています。

【ご覧になった後で】エキセントリックな原節子をどう見るかが問題です

うーん、この映画の原節子には困りましたね。確かに戦後すぐの女性の権利向上は大変に良いことで、やっと日本でも旧弊な男尊女卑の社会構造に変革がもたらされたわけですが、原節子演ずる由岐子のあの態度や言動はどんなもんでしょう。特に家族の幸せのために尽くしてきた母親や夫を亡くしたばかりの姉に向って「お嫁に行くのは性行為を伴う女中奉公よ」と決めつけるところは、あまりにエキセントリックでちょっと辟易してしまいますね。そのうえ原節子がそのキンキンと角を立てまくる由岐子になぜかぴったりのハマリ役になっていて、小津作品に出てくる清楚でしとやかなお嬢さんとは正反対に、鋭い目つきとひん曲がった口元で自分の意見を曲げない跳ね返り娘を憎々しいほどに表現しています。本作だけ見たら、原節子のファンになる人は何十分の一かに減っていたことでしょうね。

しかもこの由岐子に感化されて母親までが家を飛び出してしまうのが、意外な展開でした。原作がそうなんでしょうけど、娘が居候している友人のアパートに転がり込むなんて、非常識にも程があります。加えて、結局のところ女性は我慢してその中で幸福を見つけるべきだ的な結論になっていて、男性側には何の変革も求めていません。今の目から見ると、全く納得のいかない結末でした。脚色はここでも出たかの新藤兼人。本当に戦後すぐの時期、脚本家が不足していたのかしらんと思うくらいに映画会社の枠を超えて新藤兼人が脚本を書きまくっていて、本作はかなり片手間仕事だったのではないかと疑ってしまうほどです。

そんな女たちを𠮟りつけながらも、最後は許して受け止める父親が本作の中で一番の儲け役といえるでしょう。しかも小杉勇が大変に上手で、アンビバレンツな感情を両面とも表現する雰囲気をもっているんですね。この小杉勇のキャラクターがなかったらとても見ていられない作品でしたので、その意味でも小杉勇にとっては役得でした。あと男優では藤田進が、あのごつい顔と身体で演劇青年だというのはちょっと無理があるように感じますし、セリフの言い方になにひとつ恋愛を感じさせるものがないので、かなりのミスキャストだったと思います。藤田進では伊豆の夜に原節子と何かあったとは想像もできませんので。

それにしてもその藤田進演じる「先生」の後ろ姿を見ているだけで、跳ね返りの原節子が急にしおらしくゴミを片づけたり火鉢に炭をくべたりして、しなしなと「結婚したいの」なんて急変するのは、本当にいかにも変でした。あまりにエキセントリックなキャラなので、あの急変ぶりもどこか信じがたいところがあり、おまけに自分たちの結婚式を途中で抜け出していきなりハイキングに出かけるなんて、まさにエキセントリック=普通にはあり得ない風変わりで奇矯な行動でした。まあ、この映画の原節子が身近に存在していたらば、絶対に関わりを持ちたくないのが偽らざる本音です。(T120321)

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