外国映画

1940年代

アメリカ交響楽(1945年)

ポピュラー音楽からクラシック音楽まで20世紀のアメリカを代表する作曲家ジョージ・ガーシュウィンの伝記映画となっていて、ガーシュインが作曲した数々のスタンダードナンバーとコンサート用のクラシック音楽が次々に紹介される音楽映画でもあります。
外国映画

アラビアのロレンス(1962年)

トーマス・エドワード・ロレンスは実在したイギリス陸軍の軍人で、ロレンス自身が私家版として出版した「知恵の七柱」を原作として厳しい砂漠の自然を背景に壮大なスケールでアラビア半島史を描いた映画は世界中で大ヒットを記録しました。
1940年代

アンナ・カレニナ(1948年)

原作はトルストイが1877年に発表した「アンナ・カレーニナ」で、本作は主人公のアンナをヴィヴィアン・リーが演じた三度目の映画化作品です。本作はロンドン・フィルムが製作していますので、デュヴィヴィエが一時的にイギリスに招かれて監督した作品のようです。
外国映画

トラフィック(1971年)

『ぼくの伯父さんの休暇』『ぼくの伯父さん』『プレイタイム』に続くユロ氏シリーズの第四作にあたる作品で、オランダのアムステルダムで開催される自動車見本市にキャンピングカーをパリの本社から運搬する道中のあれこれを描くロードムービー仕立てになっています。
外国映画

大脱走(1963年)

オーストラリア空軍パイロットのポール・ブリックヒルが戦後に捕虜収容所の経験をノンフィクションとして発表。ジョン・スタージェスはすぐにその映画化権を入手しましたが、製作費の工面がなかなか進まず、10年以上経ってからやっと製作に着手することができました。
外国映画

黄金の腕(1955年)

戦後スランプに陥っていたフランク・シナトラは1953年の『地上より永遠に』で見事カムバックを果たし、本作でも「黄金の腕」と呼ばれる腕利きのカードディーラーが麻薬中毒から抜け出せない苦悩を演じて、アカデミー賞主演男優賞にノミネートされました。
1940年代

オール・ザ・キングスメン(1949年)

ハリウッドにしては珍しく政治の裏側に潜む腐敗を暴き立てたような作品になっていまして、1949年度アカデミー賞作品賞を受賞したにもかかわらず、GHQ占領下にあった日本では公開されず、日本での初上映は1976年のロッキード事件の最中になったのでした。
1940年代

死刑執行人もまた死す(1943年)

第二次大戦当時チェコスロバキアはナチスドイツ占領下にあり、首都プラハではナチス高官が暗殺される事件が起きていました。本作はその事件を題材にしていて、脚本には演劇家として有名なブレヒトが参加しています。
外国映画

ロシュフォールの恋人たち(1967年)

『シェルブールの雨傘』に続き四年ぶりにジャック・ドゥミ監督が音楽家ミシェル・ルグランとコンビを組んで作ったフレンチミュージカルで、港町ロシュフォールを舞台にエスプリの利いたさまざまな恋愛ストーリーが軽快に語られていきます。
外国映画

何かいいことないか子猫チャン(1965年)

ピーター・オトゥール演じるファッション雑誌の編集長が婚約者がいながら近づいてくる女性たちと浮気を繰り返すという恋愛喜劇で、キャプシーヌやウルスラ・アンドレスらの美人女優たちが次々に登場します。
1950年代

渚にて(1959年)

イギリスの小説家ネヴィル・シュートが1957年に発表した小説「On the Beach」をもとにして、プロデューサー出身のスタンリー・クレイマーが自ら製作・監督をつとめて、オーストラリアのメルボルンでロケーション撮影をして映画化しました。
1950年代

シェーン(1953年)

ジャック・シェーファーの原作の評判を大学生の息子から聞いていたジョージ・スティーヴンスは、自ら製作・監督を担当してワイオミングの美しい山々を背景にした抒情的西部劇に仕立て上げ、西部劇としては古典中の古典ともいえる名作となりました。
外国映画

007ダイヤモンドは永遠に(1971年)

『女王陛下の007』でボンド役を演じたジョージ・レーゼンビーは次作には出演しないと明言していたため、ハリー・サルツマンとアルバート・R・ブロッコリの製作コンビは125万ドルという破格のギャラを支払ってショーン・コネリーを復帰させることになりました。
1950年代

エデンの東(1955年)

ジェームズ・ディーンは『エデンの東』『理由なき反抗』『ジャイアンツ』の三本の作品で主演をつとめましたが、1954年に撮影された本作が初主演作品でした。孤独で傷つきやすい青年像をヴィヴィッドに表現した演技はハリウッドにセンセーションを巻き起こすほどでした。
1950年代

捜索者(1956年)

主演のジョン・ウェインがヒーロー然としておらずジョン・フォードの西部劇としては異色の作りになっていて、後年になってジャン・リュック・ゴダールをはじめとした映画監督たちに再評価されて「最も偉大な西部劇映画」と言われるほどになった作品です。
1950年代

ショウ・ボート(1951年)

ミュージカルを得意とするMGMが1951年にリメイクした作品で、ターザン映画で使用されていたMGMスタジオ内の巨大な池をミシシッピ川に見立て、旅公演を行うコットンブロッサム号が鮮やかなテクニカラーで描かれています。
1940年以前

ランジュ氏の犯罪(1936年)

ジャン・ルノワールは1936年に抒情的な傑作短編『ピクニック』を撮っていますが、本作はその直前に作られた犯罪映画で、ルノワール自身が『ゲームの規則』などと並ぶ傑作だと自負する作品だったようです。
外国映画

死霊の盆踊り(1965年)

深夜の墓場というホラー映画の設定ながら実際には踊りがメインになっていて、その点ではヘンテコな邦題であるものの作品のポジショニングを適切に言い当てた名タイトルといえるかもしれません。
外国映画

明日に向って撃て!(1969年)

主人公のブッチ・キャシディとサンダンス・キッドの二人は実在した銀行強盗で、ウィリアム・ゴールドマンが書いた脚本をポール・ニューマンが買い取って映画化しました。当時はそれほどビッグネームではなかったロバート・レッドフォードがキッドを演じています。
外国映画

寒い国から帰ったスパイ(1965年)

原作はイギリス秘密情報部にいた経験もあるジョン・ル・カレの代表作で、1963年に出版された小説は二年後に映画化されることになりました。東西冷戦真っ只中の時代において諜報部同士が裏の裏をかきあうスパイの実態を描き出していて、本作はそれをほぼ忠実に映画化しています。
タイトルとURLをコピーしました