1940年代

ブロードウェイのバークレー夫妻(1949年)

フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースとしては1939年の『カッスル夫妻』以来10年ぶりの共演作で、RKOではなくMGMで製作されました。RKO時代はすべて白黒でしたので、二人が共演した映画としては初めてのカラー作品となり、これ以降共演はしていませんの結果的に唯一のカラー作品となったのでした。
日本映画

高度7000米 恐怖の四時間(昭和34年)

出演当時二十八歳の高倉健がパイロットを演じていて、場面が空港から機内へ移り、空と地上がカットバックされる展開はまさにパニック映画の王道で、東映東京撮影所で現代劇を中心に撮っていた小林恒夫監督の手堅い演出が光る一作です。
日本映画

女中ッ子(昭和30年)

主人公は秋田から女中をしに上京してきた織本初。奉公先の次男坊がはじめは「はつ」と呼び捨てにするのに、徐々に「はっちゃん」と慕うようになる過程がとても丁寧に描かれていて、女中が主人公のホームドラマになっています。
外国映画

8 1/2(1963年)

次作の映画作りに悩んでいたフェデリコ・フェリーニはプロデューサーのアンジェロ・リッツォーリに製作中止を申し出ようとしたときに、自分自身を反映した映画監督を主人公にすることを思いついたといいます。映画監督グイドの内面に迫るこの『8 1/2』はフェリーニの最高傑作となったのでした。
日本映画

秋津温泉(昭和37年)

岡田茉莉子が自身の映画出演が100本に到達するというので、当時のベストセラー作家だった藤原審爾の出世作「秋津温泉」を映画化することを自ら提案した作品で、昭和37年度のキネマ旬報ベストテンで第10位に選ばれるなど高評価を得ました。
日本映画

花くらべ狸道中(昭和36年)

大映では昭和34年の年末に市川雷蔵と勝新太郎の共演で『初春狸御殿』が作られていて、そこそこ評判が良かったのでしょうか、翌年も正月映画として「狸御殿」ものを公開することになり、田中徳三監督の本作が完成したのでした。
外国映画

博士の異常な愛情(1964年)

『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』は核戦争が現実になるという状況を深刻なタッチではなく風刺喜劇的に描いていて、スタンリー・キューブリックの最後の白黒作品であると同時に、最高傑作のひとつにあげる人も少なくない作品です。
日本映画

女は二度生まれる(昭和36年)

松竹出身の川島雄三は日活へ移り、さらに東宝系製作会社の東京映画に移籍しました。その東京映画在籍中に大映に出向いて若尾文子主演の映画を三本撮っているのですが、この『女は二度生まれる』はそのうちのひとつです。
外国映画

あの胸にもういちど(1968年)

主人公を演じたのはイギリスのポピュラーミュージックのアイドルだったマリアンヌ・フェイスフルで、黒のレザースーツに身を包んでフランスからドイツの郊外を駆け抜ける「オートバイに乗った女の子」を実に魅力的に演じています。
昭和二十年以前

還って来た男(昭和19年)

本当にこれが昭和19年の作品かと疑ってしまうくらい、戦時色や国策映画っぽさがないラブコメ喜劇になっています。川島雄三と織田作之助は仲が良かったらしいので、シナリオと演出はほぼ同時並行的に作られたのではないかと思います。
1950年代

真昼の決闘(1952年)

結婚式の場面から始まり、正午過ぎに行われるガンファイトまで、ほとんどリアルタイムで進んでいきます。その中で協力をもとめる保安官が町民から見放されて孤立無援のまま4対1の対決にのぞまなければならなくなる物語が1時間半で語られる構成になっています。
昭和二十年以前

男の意気(昭和17年)

映画法によって脚本の検閲やフィルムの制限などさまざまな制約が映画会社に課されることになりました。本作も主人公の健一が回漕業者の統合に反対する父親を説き伏せて、大同団結を推進する立場として活躍する姿が描かれています。
日本映画

笛吹川(昭和35年)

この『笛吹川』も『楢山節考』と同じく深沢七郎の小説を映画化したもので、戦国時代の甲州の貧農たちを年代記風に描いた叙事詩的な作品に仕上がっています。白黒の画面に青や赤などの原色を着色するパートカラーになっているところも見どころです。
外国映画

甘い生活(1960年)

ロベルト・ロッセリーニの作品に共同脚本で参加したフェリーニはネオリアリスモ路線を継承して『道』でアカデミー賞外国語映画賞を受賞するまでになりますが、現代社会を痛烈に風刺したこの『甘い生活』がフェリーニにとっての転機になったといわれています。
日本映画

炎上(昭和33年)

日本映画には「文芸もの」ともいえるジャンルが確実に存在していて、近代文学から現代文学まで小説を映画化した作品は山ほどあるのですが、その中でも『炎上』はトップクラスにランクされる金字塔的作品なのではないでしょうか。
昭和二十年以前

隣の八重ちゃん(昭和9年)

監督は蒲田調を支えていた島津保次郎で、城戸四郎が最も信頼を置く監督だったといわれています。現在では「ホームドラマの元祖」とも呼ばれているこの『隣の八重ちゃん』は、トーキー初期に島津保次郎が放った傑作で、昭和9年度のキネマ旬報ベストテンで第二位に選ばれました。
外国映画

夜霧の恋人たち(1968年)

ロマンチックな邦題がついていますが、トリュフォーが自分自身を投影したといわれるキャラクター、アントワーヌ・ドワネルが登場する三作目の作品で、コメディタッチの恋愛劇になっています。本作に続いて『家庭』『逃げ去る恋』が製作されて「アントワーヌ・ドワネルの冒険」シリーズと呼ばれることになります。
外国映画

ロンゲスト・ヤード(1974年)

原作のアル・ラディも監督のロバート・アルドリッチもたぶんこのゲームそのものを映画にしたかったんではないかと思うほど、ゲームに至るまでの鈍な展開をひっくり返すようなゲーム後のエキサイティングの展開と演出が冴えわたっていました。
日本映画

みれん(昭和38年)

出家して寂聴を名乗る前の瀬戸内晴美が書いた『夏の終わり』という小説で、瀬戸内晴美はこの作品で昭和38年度女流文学賞を受賞しています。映画化にあたっては、瀬戸内晴美本人がモデルとなっている主人公を池内淳子が演じています。
外国映画

ひまわり(1970年)

第二次大戦中に結婚した二人ですが、夫がイタリア軍のロシア戦線に派遣されたまま戦争終結後も帰還せず、妻が単身ソ連へ夫を探しに行くという物語で、戦争によって普通の夫婦が引き裂かれる悲劇を描いています。
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