恋人(昭和26年)

市川崑が監督した新東宝作品で宝塚出身の久慈あさみが池部良と共演します

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、市川崑監督の『恋人』です。超シンプルでどこにでもありそうな直球のタイトルですが、本作は新東宝の作品で梅田晴夫という劇作家が書いた当時のラジオドラマが原作になっています。主演の久慈あさみは宝塚歌劇団で男役として活躍していましたが、淡島千景が宝塚を退団して松竹から映画デビューしたのに刺激を受けて新東宝に入り、本作はデビュー三作目にあたります。結婚直前にお互いの恋心を確認しあう男女のちょっとせつない物語で、共演は池部良です。

【ご覧になる前に】両親役を俳優座の千田是也と村瀬幸子が演じています

一週間前に結婚式を挙げた京子の家に遊びに来たのは新聞社の写真部に勤めている誠一で、京子の母親は魚屋やクリーニング屋の相手をしながら誠一にお茶を出し、京子の父親は庭の花壇づくりを誠一に手伝わせます。そんな誠一はいきなり京子の結婚祝いを述べ、結婚前夜に京子と会っていて帰りが遅くなったことを詫びます。誠一は京子の部屋でその日のことを思い返すのでしたが、誠一に電話をかけ映画を見に行こうと誘い出したのは、結婚の身支度をすべて整えてしまった京子のほうだったのです…。

久慈あさみは本作出演時は二十八歳で、前年に新東宝から映画デビューしたばかりでした。宝塚歌劇団に在籍していた頃には男役として活躍していて、相手役だった淡島千景が昭和25年に宝塚を退団して松竹から映画デビューした後を追うようにして映画界に入りました。映画のテーマ曲がヒットしてNHKの紅白歌合戦に出演したり、山口淑子の引退記念作品『東京の休日』でプロモーター役をつとめたりしましたが、一番印象的なのは東宝の「社長シリーズ」における社長夫人役でしょうか。社長役の森繁久彌が本作でダンスホールの司会として特別出演的に出てくるのは何かの縁だったのかもしれません。

梅田晴夫の「結婚前夜」というラジオドラマを脚色したのは和田夏十と市川崑。和田夏十は市川崑は妻・由美子と二人でシナリオを書くときの共同名義ペンネームとして新東宝で二作品にクレジットされていましたが、市川崑が脚本の才については妻の方がはるかに上であることを認めて、本作以降は和田夏十の名前を妻単独で使用するようになったんだそうです。そんな仕事上でリスペクトし合う夫婦であったのにも関わらず、市川崑は女優と不倫関係に陥ることになるので、芸術家の人生はいろいろあるものなんですね。

久慈あさみの両親役で出てくる千田是也と村瀬幸子はともに舞台の人で、戦時中に俳優座を立ち上げた仲間。東野英治郎や小沢栄太郎、東山千栄子らも俳優座に所属する演劇人で、すべて戦後の日本映画ではおなじみの俳優さんですが、当時はとても舞台だけでは食べていくことも劇団を継続することもできませんでしたから、映画の出演料がいちばん効率的な儲け口になっていたのでした。千田是也なんかはドイツで演劇を学んだ左翼演劇のリーダー的存在でしたが、東宝では怪獣映画の博士役を得意としていましたし、村瀬幸子は本作の二年前に木下恵介の『破れ太鼓』で同じような母親役を好演しています。村瀬幸子は黒澤明の遺作『八月の狂詩曲』で主役のお婆さん役を八十六歳で演じていて、そんなベテラン女優に黒澤明が例のごとく怒鳴りまくっている記録映像があってちょっと驚いてしまいました。余計な話ですけど。

本作のプロデューサー青柳信雄は基本的に映画監督としても活躍した人で、「サザエさんシリーズ」などたくさんの作品を残しています。本作では製作を担当していて、製作資金の乏しい新東宝でしたのでわずか10日間でロケーション撮影できるような段取りにしたそうです。この青柳信雄は家族もそれなりに有名人で、実弟は養子に出された八代目坂東三津五郎、息子は『トラ・トラ・トラ!』で黒澤明の途中降板を招いたプロデューサーの青柳哲郎です。

【ご覧になった後で】何かが起きそうで起きないラブロマンスの小品でした

いかがでしたか?「誠ちゃん・京ちゃん」と呼び合う仲の良い二人が互いに互いのことを好きなのに好きだと言えずに京子の結婚前夜を半日過ごすというだけのお話なのですが、その純粋無垢な恋情が久慈あさみと池部良の清々しい演技によって瑞々しく感じられたラブロマンスの小品ともいえる映画でしたね。うまいなーと思うのは和田夏十の脚本構成で、誠一が京子の両親を訪問するところからストーリーを始めるところ。ここで誠一がいきなりお祝いとお詫びを述べるので、観客はこの結末を見知ったうえで京子の結婚前夜を振り返ることになるのです。二人の間には何も起きないことがわかっているのに、観客は何かが起こってほしいような気分になるんですよね。こういう脚本センスがあるから市川崑は和田夏十の名前を妻に差し出したのではないでしょうか。

池部良の「とんでもハップンだな」というセリフが出てきまして、このフレーズは昭和25年前後に流行った流行語と言われています。「とんでもない」と相手の言葉を否定する際に使われたようで、確かにこの当時の他の映画でも出てきたような気がします。こういう流行語をサラリと取り入れるのも和田夏十の柔軟さだったのでしょう。

それに比べると市川崑の演出は後年の才気走った映像センスを予感させるようなスタイリッシュなところが垣間見えました。基本的には縦と横の構図を組み合わせて、あまり斜めのアングルは使わないですし、その中で強調したいショットはドリーを使ってトラックアップとトラックダウンを混ぜ合わせていきます。本作は誠一と京子のデートシークエンスに入るとほとんどロケーション撮影になるので撮影上の制約は多かったでしょうけど、序盤の京子の家でのシーンはスタジオセットでの撮影でしたので、この縦・横・ドリーの組み合わせが存分に活用されていました。

ロケーション撮影では新宿の小田急線の最終に乗り遅れるところが貴重な映像アーカイブになっていました。小田急と京王の案内が英語で表示されていてまだ占領中だいうことがわかりますし、小田急新宿駅に鶴巻温泉の宣伝看板が大きく出ていて、要するに当時は保養に行くような路線だったんだなという発見がありました。

それにしても二人が見る映画でロバート・テイラーとヴィヴィアン・リーの『哀愁』はかなり長く映し出されていましたね。あの「蛍の光」の演奏に合わせて蝋燭が消され二人がキスを交わす名場面がそのまま流されて、当時の著作権はどうなっていたんでしょうか。セリフであえて「MGM」と言わせているので、もしかしたらMGM日本支社が宣伝として使用を許可したというレベルかもしてません。現在では絶対に考えられないくらい長い尺の引用でした。

ちなみに新東宝は昭和23年に設立されて、東宝争議によって映画製作が中断した東宝に代わって新東宝が作品を製作し、配給のみ東宝が行うという体制のもとスタートを切りました。しかし新東宝は独自の配給網をしいて東宝と別路線の映画会社として独立していき、東宝は昭和25年に争議が終結してから徐々に以前のような製作・配給体制を復活させていきます。本作は昭和26年の作品ですから、まさにそのゴタゴタの最中に新東宝で作られていて、市川崑も主演の池部良も元は東宝にいましたが、本作製作時には新東宝に身を寄せていた時期。二人とも東宝に戻るものの市川崑は日活に移籍しさらには大映に移りますし、池部良も基本的に東宝にいながら松竹や大映の作品にも出演するようになります。(Y010523)

コメント

スポンサーリンク
タイトルとURLをコピーしました