日本映画

鯨神(昭和37年)

昭和36年下半期に芥川賞を受賞した小説「鯨神」。大映はその映画化権を100万円で獲得したといわれていまして、翌年に大規模なロケーション撮影とスタジオでの特撮を駆使してモノクロながらシネマスコープの大画面で映画化されました。
1950年代

黄金の腕(1955年)

戦後スランプに陥っていたフランク・シナトラは1953年の『地上より永遠に』で見事カムバックを果たし、本作でも「黄金の腕」と呼ばれる腕利きのカードディーラーが麻薬中毒から抜け出せない苦悩を演じて、アカデミー賞主演男優賞にノミネートされました。
日本映画

斬る(昭和37年)

原作は「眠狂四郎シリーズ」で有名な柴田錬三郎の「梅一枝」という小説で、主人公の江戸時代末期の剣客・高倉新吾を市川雷蔵が演じていまして、大映京都撮影所の屋台骨を支えていた三隈研次が監督をつとめました。
1940年代

オール・ザ・キングスメン(1949年)

ハリウッドにしては珍しく政治の裏側に潜む腐敗を暴き立てたような作品になっていまして、1949年度アカデミー賞作品賞を受賞したにもかかわらず、GHQ占領下にあった日本では公開されず、日本での初上映は1976年のロッキード事件の最中になったのでした。
日本映画

修羅雪姫(昭和48年)

もとになったのは小池一夫作・上村一夫画のマンガで、東宝系の映画製作会社である東京映画によって製作されました。監督の藤田敏八は日活出身、主演の梶芽衣子は日活から東映に活躍の場所を移していて、各界寄せ集め作品になっています。
1940年代

死刑執行人もまた死す(1943年)

第二次大戦当時チェコスロバキアはナチスドイツ占領下にあり、首都プラハではナチス高官が暗殺される事件が起きていました。本作はその事件を題材にしていて、脚本には演劇家として有名なブレヒトが参加しています。
昭和二十年以前

泣蟲小僧(昭和13年)

原作は林芙美子の短編小説で、脚本八田尚之・監督豊田四郎のコンビで映画化されました。この二人は前年の昭和12年に石坂洋次郎原作の『若い人』を初めて映画化していて、それぞれ文芸路線で活躍することになります。
外国映画

ロシュフォールの恋人たち(1967年)

『シェルブールの雨傘』に続き四年ぶりにジャック・ドゥミ監督が音楽家ミシェル・ルグランとコンビを組んで作ったフレンチミュージカルで、港町ロシュフォールを舞台にエスプリの利いたさまざまな恋愛ストーリーが軽快に語られていきます。
日本映画

驟雨(昭和31年)

本作では子供のいない結婚四年目の夫婦が日常の諍い事を重ねているうちにそれが亀裂へと広がっていく様子を隣家の夫婦や町内会との人間関係を交えてコミカルかつシニカルに描いていて、主役の夫婦は原節子と佐野周二が演じています。
日本映画

惑星大戦争(昭和52年)

『スター・ウォーズ』日本公開前にいち早く宇宙を舞台にしたSFものに取り組んだのが東宝で、『ゴジラ』をはじめ特撮映画を多く世に送り出してきたプロデューサーの田中友幸が福田純を監督に起用して作ったのがこの『惑星大戦争』でした。
昭和二十年以前

姿三四郎(昭和18年)

黒澤明は富田常雄の原作が出版される広告を見て、プロデューサーの森田信義に「これを買ってください」と頼んだそうです。公開されるや大ヒットを記録して、黒澤明はここから日本を代表する映画監督の道を歩み始めることになったのでした。
日本映画

夜の河(昭和31年)

京都は水質の良い鴨川に恵まれ染め色が鮮やかな京染めが産業として発展しましたが、本作は京染の老舗の看板を継いだ分家の娘を山本富士子が演じて、上原謙の大阪大学教授と不倫関係に陥る男女の恋愛を描いています。
外国映画

何かいいことないか子猫チャン(1965年)

ピーター・オトゥール演じるファッション雑誌の編集長が婚約者がいながら近づいてくる女性たちと浮気を繰り返すという恋愛喜劇で、キャプシーヌやウルスラ・アンドレスらの美人女優たちが次々に登場します。
日本映画

大忠臣蔵(昭和32年)

本作はGHQ占領終了後の忠臣蔵ブームの真っ最中に作られた一篇で、歌舞伎の興行主でもある松竹ですから一丁歌舞伎ものでやろうじゃないかということになったらしく、映画にしては珍しく「仮名手本忠臣蔵」を原作にした忠臣蔵ものになっています。
外国映画

渚にて(1959年)

イギリスの小説家ネヴィル・シュートが1957年に発表した小説「On the Beach」をもとにして、プロデューサー出身のスタンリー・クレイマーが自ら製作・監督をつとめて、オーストラリアのメルボルンでロケーション撮影をして映画化しました。
外国映画

シェーン(1953年)

ジャック・シェーファーの原作の評判を大学生の息子から聞いていたジョージ・スティーヴンスは、自ら製作・監督を担当してワイオミングの美しい山々を背景にした抒情的西部劇に仕立て上げ、西部劇としては古典中の古典ともいえる名作となりました。
外国映画

007ダイヤモンドは永遠に(1971年)

『女王陛下の007』でボンド役を演じたジョージ・レーゼンビーは次作には出演しないと明言していたため、ハリー・サルツマンとアルバート・R・ブロッコリの製作コンビは125万ドルという破格のギャラを支払ってショーン・コネリーを復帰させることになりました。
日本映画

プーサン(昭和28年)

原案となったのは漫画家の横山泰三が新聞に連載していた4コマ漫画の「プーサン」と「ミス・ガンコ」。4コマ漫画的なセリフやオチが様々なところに散りばめられつつ、昭和28年の日本の社会を冷静に記録するような風刺劇になっています。
日本映画

愛のお荷物(昭和30年)

本作の主人公は厚生大臣という設定で、当時の人口増加傾向に歯止めをかけようと人口軽減政策を打ち出すのですが、一方で四十八歳になる自身の妻が妊娠してしまってどうしようかというシチュエーションコメディになっています。
昭和二十年代

東京五人男(昭和20年)

昭和20年8月の敗戦によって焦土となった東京では料などの物資はすべて政府の統制下におかれた配給に頼っていました。本作はその配給物資を横流しする土地所有者や資本家たちの悪事を徴用から戻って来た五人の男たちが暴く痛快喜劇になっています。
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