プーサン(昭和28年)

横山泰三の新聞漫画を原案にして市川崑監督が映画化した社会風刺型喜劇です

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、市川崑監督の『プーサン』です。脚本は市川崑の伴侶でもあった和田夏十が書いていますが、原案となったのは漫画家の横山泰三が新聞に連載していた4コマ漫画の「プーサン」と「ミス・ガンコ」。GHQの占領が終了して解放されたはずの日本が逆にきな臭い社会情勢となっていた時期に、新聞漫画はそのような世相を庶民の立場から皮肉ることで、読者の人気を得ていました。映画には「プーサン」というキャラクターは登場しませんが、4コマ漫画的なセリフやオチが様々なところに散りばめられつつ、昭和28年の日本の社会を冷静に記録するような風刺劇になっています。

【ご覧になる前に】名脇役の伊藤雄之助が気の弱い主人公を演じています

銀座の道路を渡っていて自動車に轢かれそうになった教師の野呂は野次馬とともに病院に担ぎ込まれます。一方で銀座の酒場では元陸軍大佐で現在は文筆業をしている五津が会社重役を相手に管を巻き、学生の泡田を従えて騒いでいました。教室では野呂が打撲した右手が使えずにいて、生徒の泡田に板書を代書きしてもらうと、泡田からちゃっかり代書賃として百円を要求されてしまいました。独身の野呂は官吏の金森宅に部屋を借りていて、自炊した味噌汁を金森夫人に褒められるのですが、野呂のお目当ては娘のカン子でした。カン子は銀行に勤める女子行員で、同僚の英子とは満員電車の中でもおしゃべりを続ける仲良しなのです…。

横山泰三は戦後の新聞漫画の大家の一人で、毎日新聞の「社会戯評」は昭和29年から39年間にわたって連載されていました。兄の横山隆一も漫画家で、高知県出身の泰三は兄を頼って上京し、召集された後に雑誌の1コマ漫画で頭角を現わしました。「フクちゃん」で有名な兄の横山隆一は漫画家になる前にはPCLに入ってアニメーション技術を学んでいたということですから、市川崑がJOスタヂオに入社してアニメーター助手からスタートしたのを考えると、横山泰三の原作は市川崑が監督する因縁のようなものがあったのかもしれません。

本作にはたくさんの登場人物が出てきますが、実質的な主人公は伊藤雄之助が演じる教師の野呂です。伊藤雄之助は歌舞伎役者の初代澤村宗之助の次男として生まれ、舞台で倒れた父を早くに亡くしたために親戚から冷遇されたそうです。東京宝塚劇場の開場と同時に俳優となり、戦後すぐに東宝撮影所に入社して長身と個性的な容姿を生かした脇役として活躍するようになりました。脇役としての当時の代表作は黒澤明監督の『生きる』におけるメフィストフェレスの役どころでしょうか。本格的な主役は本作が初めてだと思われますが、本作出演の翌年には東宝を辞めてフリーになり、映画会社の枠にとらわれることなく、個性派俳優として多くの映画監督に重用されることになります。ちなみに昭和26年に公開された市川崑監督の戦争映画『ブンガワンソロ』で伊藤雄之助が演じたのが野呂上等兵でした。脚本は和田夏十と市川崑の共作でしたから、本作の主人公の名前はそこからそのまま引用されたのかもしれませんね。

スタッフ陣もなかなかすごくて、撮影の中井朝一は黒澤映画のキャメラマンとして有名で、本作の前年には『生きる』、翌年には『七人の侍』でキャメラを回しています。小津安二郎が東宝に招かれて『小早川家の秋』を撮ったときも撮影を担当したのは中井朝一でしたから、東宝を代表するキャメラマンの一人だといえるでしょう。録音の下永尚は東宝撮影所専属の音響ミキサーで、あのゴジラの鳴き声をミキシングした人ですし、照明の石井長四郎も黒澤明や成瀬巳喜男の作品でライティングを任されてきた人でした。音楽は黛敏郎で、本作では越路吹雪演じるカン子の恋人役として特別出演しています。

新聞漫画を題材にしているだけあって、本作には当時の日本の世評というか風評を代弁しているようなところがありまして、実際のニュース映像も積極的に映画の中に取り入れられています。ちょうど本作公開の前年に日本はGHQによる占領からの独立を果たしたのですが、朝鮮戦争はまだ継続されていて、占領軍が撤収した後の安保体制が国家的な課題となっていました。結果的には日本全国で米軍基地が残置され、警察予備隊が自衛隊へと発展していくことになるのですが、昭和27年5月のメーデーでは再軍備反対を主張する学生を中心としたデモ隊が皇居前広場で警察と衝突して、デモ側が死者1名・負傷者200名、警察側も負傷者800名が出る「血のメーデー事件」となりました。そんな混乱を経て10月には警察予備隊が保安隊に改組され、確実に防衛軍として強化されていくことになり、本作にはその半年後の昭和28年4月の庶民たちの気持ちが反映されているということになるわけです。

【ご覧になった後で】東宝を代表する映画俳優が続々登場して嬉しくなります

いかがでしたか?市川崑監督作品にしては映像的なセンスが感じられず、脚本も面白い場面もある一方でいかにも4コマ漫画をツギハギしたようなエピソードの羅列になっていて、ストーリーを語るというよりは世相を点描するというような映画になっていました。しかしながら、それでも目が離せないのは東宝を代表する映画俳優たちが次から次へと続々登場してくるので、この人も出てるしあの人もいるみたいな見方をしているうちに、あっという間に100分弱の時間が経過してしまいました。まだみんな若いときの出演作なので、余計に本作以降の活躍ぶりが想起されて嬉しい気分になるのかもしれません。

伊藤雄之助は主演とはいいながらもいつもの怪演ではなく気の弱い世渡り下手の正直者を訥々と演じていました。本作を見ると若いときにしっかりスタニスラフスキーシステムを勉強しただけあって、どんな役柄でもリアリズムで演じてしまう演技巧者だったことがよくわかります。下宿先の藤原釜足は官吏の役で戦前よく演じた小市民的な雰囲気そのままでしたし、三好栄子はちゃっかり家賃をもらうところあたりが巧かったですねえ。娘役の越路吹雪は決して美人ではありませんけど、昭和26年に宝塚歌劇団から東宝に移ってきたばかりなので上層部からとりあえず主演女優として起用しろみたいな指示があってのキャスティングだったんでしょうか。自殺未遂の場面ではスリップ姿まで披露していて、歌手として大成する前の時期だったわけですね。

それに比べると宝塚にいながら東宝映画に出ていた頃の八千草薫は、もう宝石が輝いているかのような可憐な美しさで思わず見とれてしまいますね。同僚役の杉葉子も越路吹雪との共演だとかなり美人に見えるのが不思議なところです。男優ではまだ売り出し中の小泉博はセリフ回しがぎこちないですし、それに比べると大映から移ってきた小林桂樹はこのときでさえ60作以上の出演経験があって余裕の警官役でした。菅井一郎は元陸軍の大物といわれればそんなふうに見えてしまいますし、加東大介はよくまあ本作の翌年に『七人の侍』の七郎次のような古女房役ができたもんだなというくらい正反対の嫌味な役をやっていました。

チョイ役でもいっぱいいい俳優が出てるんですよね。木村功はちょっとアンニュイな外れた医者役がぴったりでしたし、平田昭彦は東大の学生というセルフパロディ役、田島義文は共産党員で、堺佐千夫は普通の警察官、電車でばったり会う先輩の山形勲はうさんくさい山師がぴったりでした。本当にこんなにいろいろな俳優がそれぞれに与えられた役を演じているのを見るだけで、本作には日本映画史的な価値が感じられるような気がします。

市川崑らしさが出たのは、伊藤雄之助がメーデー事件に巻き込まれるところのモンタージュでしょうか。あそこは実際のニュース映像に、東宝撮影所近くの馬事公苑でロケーション撮影したデモの映像をやや画質を荒らしてくっつけたんだそうです。あとは交番勤務の小林桂樹が弟殺しや子殺しの犯人が現れても全く驚かずに淡々と処理するのに、子供がネズミを殺して持ってきたというとひっくり返ってしまうエピソードが笑えました。たぶんあのネタは4コマ漫画そのままなんでしょうね。(U042623)

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