愛のお荷物(昭和30年)

人口増加阻止の政策を進める厚生大臣の妻が妊娠するという社会的喜劇です

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、川島雄三監督の『愛のお荷物』です。「お荷物」とは昭和10年の五所平之助監督『人生のお荷物』と同じように「子供」のことを指しています。本作の主人公は厚生大臣という設定で、当時の人口増加傾向に歯止めをかけようと人口軽減政策を打ち出すのですが、一方で四十八歳になる自身の妻が妊娠してしまってどうしようかというシチュエーションコメディになっています。映画の最初のナレーションでは「現在の日本の人口は8千9百万人」と紹介されていまして、昭和45年には1億人を突破するであろうと予測した通り、本作公開の15年後には日本の人口は1億5百万人近くにまで増えたのでした。

【ご覧になる前に】松竹にいた川島雄三が日活移籍後はじめて撮った作品です

国会の予算委員会の席上で人口増加を食い止めるために受胎調節相談所設置案について朗々と答弁しているのは新木厚生大臣。大臣秘書の冴子は大臣の長男の錠太郎に妊娠したことを告げて、両親に結婚を宣言してほしいと頼みます。厚生省の執務室に戻って錠太郎から冴子を妊娠させたことを打ち明けられた新木は、ひとまず妻の蘭子の相談しようと家に帰りますが、四十八歳になる蘭子は産婦人科の検査で妊娠が発覚したところでした。結婚6年目になって子宝に恵まれない長女和子はうちの養子にもらうと喜び、次女さくらは半年後に予定されている自分の結婚式に影響が出ないかを心配するのでしたが…。

少子化に歯止めがかからない現在の日本では想像もできないことですが、昭和30年代の日本は経済の成長とともに人口も増加する右肩上がりの構造をもっていました。実際の国勢調査でも昭和22年に7千8百万人だった人口はベビーブームの影響によりわずか3年で8千4百万人と8%近く増加していますし、昭和30年には増加ペースは衰えずに9千万人の大台を超えています。日本の人口のピークは平成20年の1億2千8百万人で、それ以降はついに人口減少フェーズに入り経済成長も下り坂になっていったのでした。

本作ではいきなり国会で人口増加が問題になっているという設定から始まります。本作冒頭にも字幕で「産めよ増えよ地に満ちよ」と聖書の創世記の言葉が引用されていますが、戦前の日本では大東亜共栄圏確立に向けて人口増強策を打ち出したことがありました。昭和16年に近衛文麿内閣は「人口政策確立要綱」を成立させて「結婚年齢を3年早め平均5児以上をもうける」という指針が示されました。もちろんこれは兵隊を増やすための施策だったわけですが、戦争を始める直前にこんなことしても遅すぎだろうという普通の感覚は軍国主義時代には通用しなかったんでしょうね。まあ現在の少子化対策も似たようなものかもしれませんけど。

監督の川島雄三は松竹に入社して、戦時中の昭和19年に『還って来た男』で監督デビューを果たし戦後の10年間で20数本のプログラムピクチャーを作りました。松竹ではそんなに高給取りでもなかったにも関わらずツケで大酒を飲むかたわらで上等なスーツを購入するなど破天荒な暮らしぶりだったようですが、日活が製作を再開し松竹や大映、東宝からスタッフを破格の待遇で引き抜きにかかったのを機に松竹を退社して日活に移籍します。その日活移籍後の最初の監督作品がこの『愛のお荷物』で、脚本は松竹時代に4本ほどコンビを組んだことがあり、ほぼ同時期に日活に移った柳沢類寿と共同で書いています。

キャメラマンの峰重義は大映から日活に移って来た人で、大映では成瀬巳喜男の『稲妻』や『あにいもうと』、日活移籍後は田中絹代監督の『月は上りぬ』を撮っています。川島雄三作品は本作のみのようですけど、『東京流れ者』や『拳銃は俺のパスポート』など日活を代表するアクション映画で撮影を担当しています。美術の中村公彦は柳沢類寿と同様、松竹からの移籍組として『洲崎パラダイス赤信号』や『幕末太陽傳』で川島雄三と一緒に仕事をしていますし、助監督の今村昌平は川島とともに松竹から移籍して、日活でも番頭として川島雄三を支えました。

主演の山村聰は東京帝国大学卒業後に劇団活動を経て映画界に入り、溝口健二監督の『女優須磨子の恋』で田中絹代の相手役に抜擢されて、小津安二郎監督作品にも『宗方姉妹』以降出演を続けました。昭和27年に「現代ぷろだくしょん」を設立して昭和28年に『蟹工船』を自ら監督していて、劇団出身ということもあり五社協定に縛られずに各映画会社の作品に出演できたのも、様々な監督に重用された要因だったかもしれません。

三橋達也も川島雄三と同様に松竹から日活に移籍したばかりで、クレジットには「日活移籍第一回出演作品」と字幕が付されています。松竹時代にも川島雄三の『新東京行進曲』に出演したことがある三橋達也は、本作以降も『風船』『銀座二十四帖』『洲崎パラダイス赤信号』『飢える魂』と次々に川島作品に出演して、川島雄三作品最多出演俳優となりました。三橋達也の恋人役を演じる北原三枝も松竹からの移籍組ですが『月に上りぬ』で主演級に抜擢されてから日活女優陣のエースとして活躍するようになった頃。松竹時代には『君の名は』でアイヌの娘役あたりでしか使われなかったわけで、日活に移籍して成功したといえるでしょう。

【ご覧になった後で】皮肉の利いた上出来なシチュエーションコメディでした

いかがでしたか?脚本のうまさもあって、1時間50分見ていても全く飽きない面白さがありましたね。人口増加問題を取り上げて、人口軽減策の舵取りをする立場にある厚生大臣を主人公にして、大臣にも息子にも娘にもおまけに使用人にも子供が出来てしまうというシチュエーションが面白おかしく展開していく歯切れの良さが快かったです。また言っていることとやっていることが違うという政治家への皮肉も利かせていて、そのうえで誰一人として悪役が出てこない善人だけの映画になっているところも好感が持てました。日活へ移籍して初監督作品ということで川島雄三も力が入っていたのかもしれませんが、川島雄三の面目躍如といえる痛快喜劇でした。

その中心にいるのが山村聰なわけですが、本作では大臣としての威厳を醸し出しつつも飄然とした雰囲気で肩の力の抜け方が良かったですね。山田五十鈴が突然出てくるところでは、昔に手を付けた女に隠し子がいたという現在的にいえば致命的なスキャンダルなのですが、妻の轟夕起子をはじめとして誰ひとり全く問題視しないあたりに当時ののんびりさというか、まだまだ旧来型男性に甘い社会構造が出ていたような気がします。まあ山田五十鈴の演技の巧さがあるので、観客もあっさりと見過ごしてしまう部分もあったかもしれませんけど。

しかし次々に妊娠が発覚して、それに対してほぼ全員がかなり開けっ広げなオープンな会話を繰り広げるのですが、現在的には子供ができるとか妊娠するとかいうのは非常にプライベートでセンシティブな話題になっていることからすると、ここらへんも当たり前に人口が増える環境だったんだろうなと思わされる点ですね。妊娠するということはそこに至る男女関係があるわけで、それを登場人物たちは当たり前のこととしておおらかに公言します。多少轟夕起子が恥ずかしがる場面はありますが、大使館でダンスをした日のことですよなんて逆にその日のことを思い出しでニヤけたりするのです。まあ非常に健全というか、人口が増え続けていた時代の「増やす」ための当然の営みという認識だったんでしょうね。

川島雄三の演出は俳優たちのアンサンブルを重視して、フルショットの長回しを基本にセリフのやりとりがじっくり見られるようにしていました。この撮り方はその後のTVのバラエティ番組などに引き継がれているような気がしますし、本作のシチュエーションコメディとしての設定はほとんど舞台劇にもなり得るような脚本でもあるわけですので、長回しを繰り返すのが最適な演出法だったと思われます。

もちろんそれだけだと単調になってしまいますので、特に大臣の家のセットがしっかりと作られていて、庭から各部屋を家族全員が移動するのを横移動でずっと追いかけていくショットなどをはさみこむことでアクセントがついていました。この屋敷のセットは中村公彦の美術が冴えていて、長い廊下の奥行きや襖を閉めることで密談部屋化するみたいな舞台設定のバリエーションが楽しめる構造になっていました。

三橋達也は京都嵐山の渡月橋でのチャンバラ役者も含めて三役の大活躍ぶりでした。他の川島作品での退廃的なけだるいキャラクターを演じていた印象が強かったので、本作のような軽い感じの好青年のほうが本来の三橋達也のニンに合っているような気がします。またフランキー堺は登場場面は多くないものの、ドラムを叩く実演シーンを入れてもらっていて、ミュージシャンとしてのフランキー堺の実力が記録されているという映像的価値がありました。本作の次にフランキー堺が川島作品に出るのは『幕末太陽傳』ですから、川島雄三もいつかフランキー堺をうまく使ってやろうと本作で直感したのかもしれません。

冒頭のナレーションをやった加藤武は、今井正の『にごりえ』ではじめて映画に端役として出演したばかりの頃で全くの無名時代でした。そんな加藤武に川島雄三は早くから目をつけていたことになり、才能を見抜く眼力も相当なものがあったようです。加藤武は本作の5年後に『赤坂の姉妹 夜の肌』で再び川島作品の冒頭ナレーションを担当することになるのでした。(U042323)

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