黄金の腕(1955年)

フランク・シナトラが麻薬中毒から抜け出せないカードディーラーを演じます

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、オットー・プレミンジャー監督の『黄金の腕』です。戦後スランプに陥っていたフランク・シナトラは1953年の『地上より永遠に』で見事カムバックを果たし、本作でも「黄金の腕」と呼ばれる腕利きのカードディーラーが麻薬中毒から抜け出せない苦悩を演じて、アカデミー賞主演男優賞にノミネートされました。アメリカ映画協会は薬物中毒を扱った作品であることから本作を認証するのを拒否しましたが、麻薬・誘拐・中絶・売春など社会の暗部を描くことが容認されるようになり、本作も公開六年後に認証が許可されています。

【ご覧になる前に】ジャズとソール・バスのタイトルデザインから始まります

シカゴのはずれの町にドラムセットを持って帰ってきたのはカードディーラーで鳴らしたフランキー。酒場で犬の手入れをしているスパローや地元の住民にフランキーは「もう心配は要らない」と言い、アパートの部屋で待つザシュの元に戻ります。ザシュはフランキーが運転していた車の事故がもとになって車椅子を使っていて、フランキーの留守中に元締めスイフカから生活費を工面してもらっていました。ディーラーの仕事に戻るよう勧めるザシュに対して、ドラムで食べていくと宣言するフランキーは、酒場で声をかけられたルイの話にも耳を貸しません。ルイは麻薬の売人で、フランキーは半年間の薬物中毒患者専用療養所から戻ってきていたのでした…。

フランク・シナトラは戦時中はボビーソクサーのアイドルとして絶大な人気を誇る歌手でしたが、戦後になって若者たちが戦地から戻るとその人気は急落していきました。悪いことは重なるもので、下積み時代から連れ添ったナンシー夫人を裏切ってエヴァ・ガードナーと不倫関係に陥り、歌手にとって最も大切な喉を痛めて満足に声を出せなくなってしまいます。極度のスランプに陥ったシナトラは、ほとんどイーライ・ウォラックの出演が決まっていたフレッド・ジンネマン監督『地上より永遠に』のマッジオ役を奪い取り、その熱演によってアカデミー賞助演男優賞を受賞。その背景には『ゴッドファーザー』でも描かれた通り、イタリアン・マフィアによる圧力があったと言われていますが、とにもかくにもシナトラは見事にカムバックを果たしたのでした。

本作も一説にはオットー・プレミンジャーは主人公にはモンゴメリー・クリフトを起用するつもりだったのがモンティのほうが興味を示さなかったとか、マーロン・ブランドにオファーが行ったのを聞きつけたシナトラがその話に飛びつき、ブランドが承認する前に出演契約を結んでしまったとかいろいろな噂があるようです。結果的にはシナトラの演技はアカデミー賞主演男優賞候補にもなったわけですので、プレミンジャー監督も適役だと思ったのではないでしょうか。

不振だった歌の方でも、シナトラは当時新興レーベルでしかなかったキャピトルレコードに移籍すると、次々にジャズのスタンダードナンバーを取り上げたアルバムを発表して表舞台に返り咲きます。1954年の「Swing Easy!」と「Songs for Young Lovers」、そして本作と同じ1955年の「In the Wee Small Hours」は現在でもシナトラの数多いアルバムの中でも名盤として聴き継がれています。

本作はネルソン・オルグレンという人の小説が原作になっていて、脚本のウォルター・ニューマンとルイス・メルツアーは後にTVシリーズなどでシナリオを書くようになるライターでした。監督のオットー・プレミンジャーは本作の前年には『帰らざる河』、二年後には『悲しみよこんにちは』を発表していますので、まさにキャリアのピーク期だったといってよいでしょう。

そして注目は開巻後すぐに鳴り出すジャズのテーマ曲で、音楽はエルマー・バーンスタインが担当しています。本作はエルマー・バーンスタインにとっての出世作で、二年後の『成功の甘き香り』でもジャズを使用した映画音楽に取り組んでいます。けれどもジャズとの関わりはそれくらいで、翌年の『十戒』や1960年代の『荒野の七人』『大脱走』で映画音楽の巨匠の仲間入りを果たしました。そのテーマ曲にのってクールなタイトルデザインが展開されますが、デザイナーを担当したソール・バスも本作で注目され、プレミンジャー監督とは『悲しみよこんにちは』以降ほとんどの監督作のデザインを任されています。

【ご覧になった後で】俳優の演技を引き出す長回しのショットが効果的でした

いかがでしたか?本作は子供の頃にTV放映されたときに見始めたものの、あまりに暗い映画なので途中で見るのをやめてしまったような記憶があります。何十年かぶりに見ると、確かに子供が見るにはあまりに重たい内容ですし、麻薬中毒症状みたいなものは当時は全く理解できなかったのではないかと思います。製作当時はまだアメリカ映画も保守的な時期でしたので、本作のような薬物を扱った映画は珍しかったんでしょうけど、現在的には再度手を出した薬物による禁断症状が一晩部屋に監禁された程度で消え失せてしまうなんて100%あり得ないことがわかりますし、車椅子で足が不自由であるふりをしているという設定も医者に診せれば一発で見抜かれてしまうので、ストーリーの基本設定自体が成立しない映画に見えてしまいました。

しかしながら意欲作であったことは確かで、特にオットー・プレミンジャーによる長回しの移動ショットの多用が俳優たちの演技に緊張感をもたらしていて、重たい映画にさらなる重苦しい雰囲気を加えていました。すばらしいタイトルデザインが終わった後のファーストショットが街に帰ってくるシナトラを追う移動ショットで、酒場の中に入るまでキャメラはずっとシナトラを追い続けます。それだけではなく室内でもフィックスの画面はほとんどなくて、常にキャメラはドリーに乗って動き回っています。これだけキャメラに追いかけ回されたら、俳優も演技を短く切るわけにいかないので、その場面その場面を演劇のステージのように演じなければならなかったでしょう。

けれどもステージを見ているのと違うのは、キャメラの移動によって俳優の顔がクローズアップになるまで近づいたりして、移動ショットが実に大胆に使用されているところでした。クスリを打つときに陶然とするシナトラの表情をとらえたり、エレノア・パーカーが不安げに笛を掴む手に迫ったりなど、登場人物の心理をえぐるような効果が感じられましたね。

ストーリーは非常に暗く、キム・ノヴァクが演じるモーリーだけが本作の中で明るさというかまごころを感じさせるキャラクターでした。原作はこんなもんじゃないらしく、フランキーはサムを殺して、逃走中のホテルの部屋で首をつって自殺するという結末になっているようです。さすがに麻薬中毒患者を使った映画で主人公を縊死させたら、もう一般の映画館での興行も成立しないでしょうから、脚色の段階でサムを殺した詐病の妻が墜落死するという結末にしたんだそうです。これはこれで別の暗さがあって、まあ居たたまれないような気分に落ち込んでしまうわけですけど。

スイフカの部屋での夜を徹したカードゲームの場面は、カードの面白さが全く表現されていないので、どんどんとハマりこんでいくのが単なる金儲けの泥仕合にしかみえないのが欠点でした。そんな中で眼鏡をかけた背の低いスパローという人物だけがオリジナリティがあって好印象でしたね。アーノルド・スタングという人らしいですが、本作以外では短編やTVでの活躍が多かったようです。狂気っぽい雰囲気のエレノア・パーカーは『サウンド・オブ・ミュージック』の大佐の恋人役を演じることになりますので、病的なイメージをやっと払拭することができたのではないでしょうか。(A060723)

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