DRAMA

日本映画

原爆の子(昭和27年)

広島で原爆に遭った少年少女たちによる手記を集めた「原爆の子」を近代映画協会と日教組が映画化に取り組んだのですが、新藤兼人が書いた脚本に文句をつけた日教組が離脱して、近代映画協会が劇団民藝と共同で自主製作することになりました。
日本映画

泥だらけの青春(昭和29年)

菅井一郎は溝口健二や小津安二郎の監督作品に多く出演した名脇役のひとりですが、本作で初めて監督に挑戦しました。脚本は新藤兼人が書いていて、新藤とコンビを組んでいた吉村公三郎が演出補佐としてクレジットされています。
日本映画

古都(昭和38年)

川端康成は昭和36年から取材のため京都を頻繁に訪れるようになり、同年10月週刊朝日誌に「古都」の連載を開始します。京都を舞台にして姉妹の出会いを描いたこの小説を監督したのは中村登で、松竹では文芸作品を多く発表していました。
外国映画

泳ぐひと(1968年)

原作の「The Swimmer」はジョン・チーヴァーが書いたわずか12ページの短編小説で、ニューヨーカー誌の1964年7月号に掲載されました。コロンビア映画のロゴが出てきますが、製作したのはサム・スピーゲルのホライゾン・ピクチャーズです。
日本映画

雪国(昭和40年)

東宝版では池部良と岸恵子の主演でしたが、この松竹版では、島村を木村功が、そして駒子を岩下志麻が演じていると同時に、本作はフジカラーで撮影されていて、温泉街や雪景色が色鮮やかな映像で映しとられています。
日本映画

火の鳥(昭和31年)

昭和29年に映画製作を再開した日活は俳優やスタッフを他社から引き抜いて人材を集めている途中でしたが、松竹から移籍したばかりの月丘夢路が主演し、新東宝から移籍してきた井上梅次が監督して伊藤整原作の本作が完成しました。
日本映画

五番町夕霧楼(昭和38年)

時代劇からやくざ映画に移行しつつあった東映が映画化し、東映東京撮影所の所長だった岡田茂が佐久間良子を口説いて大胆な濡れ場を演じさせたことが大いに話題を呼んで年度配給収入第8位に入る大ヒットを記録しました。
日本映画

雪国(昭和32年)

ノーベル文学賞を受賞した世界的作家である川端康成の代表的な小説「雪国」は二度映画化されていまして、本作はその最初の映画化作品です。小説を映画化した文芸作品を多く残している豊田四郎監督作品の中でも本作は特に傑出しています。
昭和二十年以前

続 姿三四郎(昭和20年)

『姿三四郎』がヒットして内務省の検閲にも通りやすい続編を作るのが安パイでもあり、黒澤明も会社に命じられるままに監督するしかなかったのでしょう。藤田進と月形龍之介のライバル同士を含めてほとんど同じ顔触れで続編が作られました。
日本映画

女が階段を上る時(昭和35年)

高峰秀子は『秀子の車掌さん』で成瀬巳喜男監督作品に初出演して以来、生涯で17本の成瀬作品に出演してきましたが、その10本目の本作は銀座のバーで働く女たちを主人公にした一種の風俗もので、女性の夜の職業がつぶさに描かれています。
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