火の鳥(昭和31年)

劇団女優を主人公にした伊藤整のバックステージ小説を日活が映画化しました

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、井上梅次監督の『火の鳥』です。原作は昭和28年に光文社から出版されてベストセラーとなった伊藤整の小説で、劇団を背負ってたつ舞台女優が映画界に進出して若手俳優と恋に落ちるというバックステージものでした。昭和29年に映画製作を再開した日活は俳優やスタッフを他社から引き抜いて人材を集めている途中でしたが、松竹から移籍したばかりの月丘夢路が主演し、新東宝から移籍してきた井上梅次が監督して本作が完成しました。

【ご覧になる前に】月丘と井上に発見された仲代達矢に初めて役がつきました

劇団バラ座の公演が行われる劇場では看板女優生島エミの休演が告げられます。洋館づくりの自宅ではエミがロンドンにいる父親の訃報を聞いて茫然としており、バラ座を主宰する演出家田島に慰められたエミは父親の遺産を年金として受け取れることを知ります。家事を任されて同居している姉は、腹違いの父親がエミばかりを可愛がることでエミをなじりますが、舞台に戻ったエミの熱演は劇界の評判となります。映画会社のプロデューサーから映画出演を要請されたエミのところに現れたのは戦時中エミと一緒に慰問興行をしていた杉山。杉山はエミに復縁を迫りますが、エミは愛人関係にある田島のもとに映画出演の相談に行くのでした…。

明治生まれの伊藤整は戦前から詩作や小説で活躍していた人で、戦後になって「チャタレイ夫人の恋人」の完訳が刊行されると20万部も販売され、なおかつ猥褻な表現があるとして押収処分となったことから一躍話題の人となります。この「チャタレイ裁判」を描いたノンフィクション「裁判」やエッセイ集「女性に関する十二章」が大ベストセラーとなり、伊藤整ブームと言われるほどその作品は注目を浴びるようになりました。本作の原作となった小説「火の鳥」もその当時の話題作のひとつで、昭和29年にはベストセラー1位が「女性に関する十二章」、第3位が「火の鳥」となっているくらい伊藤整は出せば売れるという作家でした。「火の鳥」が映画化された昭和31年には石原慎太郎の「太陽の季節」を「文学界新人賞」に強く推し、それが芥川賞受賞のきっかけを作ったとも言われていて、文壇にも大きな影響力をもっていたことが伺われます。

その人気小説を映画化したのが日活で、戦時統制によって映画製作機能を大映に奪われた日活は戦後興行のみの会社として外国映画を上映して経営を継続していましたが、GHQの撤退とともに映画製作再開に動き出します。最新設備の撮影所と高給待遇を武器にしてライバル会社の松竹・東宝・大映から俳優とスタッフを引き抜こうとしますが、それに歯止めをかけたのが大映の永田雅一で新東宝と東映を加えて五社協定を締結して、日活への人材流出を食い止めようとしました。そんな困難を乗り越えて日活は新国劇など劇団俳優の力を頼りにして昭和29年に映画製作を再開させたのでした。

そんな中で昭和30年に松竹から日活に移籍したのが月丘夢路で、日活に移って月給が松竹在籍時の倍になったという月丘は元は宝塚歌劇団出身で轟夕起子に誘われて松竹から映画界に入った人でした。五社協定がある中で移籍したということは松竹と日活の双方が合意したうえでのことだったんでしょうけど、当時の日活はまだ石原裕次郎がデビューする前でしたので、月丘夢路は日活で一番の高給取りとなったのでした。月丘夢路は松竹では小津安二郎の『晩春』に助演するなどして、その美貌は宝塚在籍時から他の劇団員から嫉妬されるほどだったと言いますが、実家が広島の原爆被害にあったことで、昭和28年に日教組のカンパによって製作された『ひろしま』では原爆投下後の広島で女生徒たちと街を彷徨う教師役をノーギャラで演じた骨のある女優でもありました。本作では英国人とのハーフで劇団の看板女優役を堂々たる貫禄で演じています。

監督の井上梅次は新東宝から日活に移籍して昭和30年にはカラー作品でフランキー堺、浅丘ルリ子、北原三枝主演の『緑はるかに』を任されていますので、日活の中でも期待の若手監督の位置にあったと思われます。この『火の鳥』では松竹蒲田時代から活躍していた脚本家猪俣勝人と共同で脚本を書いていますし、翌昭和32年正月の日活オールスター映画『踊る太陽』を監督したあとには売り出し中の石原裕次郎をフィーチャーした『勝利者』『嵐を呼ぶ男』を世に送り出します。そしてこの年、井上梅次は日活を代表する女優月丘夢路と結婚。月丘三十六歳、井上三十四歳のときのことでした。

本作製作前の昭和30年、俳優座はイプセンの「幽霊」を舞台にかけ、そこで主役に抜擢されたのが仲代達矢でした。仲代達矢は昭和29年に『七人の侍』で映画デビューしていますが、横顔がほんの一瞬映るだけの通りすがりの浪人の役でしかなく、翌年の『浮草日記』という山本薩夫と俳優座の提携作品でも端役で出ているだけの経験しかない頃です。舞台で主役の座を射止めた仲代達矢ですが、芝居だけでは食べていくことができず、ラジオドラマの雑踏の話し声を出すアルバイトをしていました。「幽霊」の舞台で髪の毛を脱色して金髪にしていた仲代達矢が「ガヤ」と呼ばれたその仕事をやっているのを発見したのが、そのラジオドラマの主演をつとめていた月丘夢路で、ひと目見るなり「あの子を相手役にしましょう」と仲代達矢を指名したんだそうです。つまり仲代達矢が本作に出演できたのは月丘夢路のおかげだったわけで、仲代達矢は自分を見い出してくれた月丘への恩義を片時も忘れることはなかったと後にインタビューで振り返っています。

【ご覧になった後で】月丘夢路のキャラと大仰な演出が少女マンガ風でしたね

いかがでしたか?伊藤整の小説は読んでいませんがそこそこ面白い風俗小説だったのではないかと思います。その原作の魅力で1時間40分を飽きさせずに見せる作品になっていて、しかも昭和31年にしては当時の日本の貧しさを全く感じさせないバタくささが前面に押し出されていて、日本映画史的に見ても大変興味深い作品ではないかと思われます。なにしろ昭和31年の配給収入トップが『任侠清水港』という時代ですし、キネマ旬報ベストテン第1位は『真昼の暗黒』です。そんなときに日英混血の赤毛で青い瞳の舞台女優を主人公にして、演出家や若手男優を渡り歩く恋愛遍歴と女優という仕事への意気込みを描く映画を当時の臭いを感じさせずに作ったわけですから、現在的に見ても古臭い感じがしないのです。その点だけ見ても本作はなかなか独自の存在感をもった作品だと言えるでしょう。

古臭い感じはしないと言いつつも本作のテイストは昭和末期くらいの少女マンガの世界に近いものがありました。生島エミを演じる月丘夢路はもちろん超絶美しいとともに、アップを映すアングルは正面からやや斜めになっていたり、つぶらな瞳には大きな星が見えてきそうな照明の当て方をしていて、赤毛の髪のヘアスタイルや衣裳デザインなどは女子たちが憧れるようなややフリフリのフェミニンなファッションで統一されていました。これってなんか1ページの縦をコマぶち抜きで描かれる少女マンガの主人公っぽく見えませんか?演劇の世界を描いていたり、女優を主人公にしていたりするところも、なんだか少女マンガを見ているような感じを増長させているような気がしました。

さらに井上梅次の演出があまりにもベタで、たとえば月丘夢路が撮影中に仲代達矢とキスをした場面を思い浮かべるところなどは、主人公の頭から吹き出しが出ていてその中にキスをしている回想が描かれているマンガを見ているようでした。仲代達矢の学生演劇の仲間たちもいかにもな人たちで、特に中原早苗が演じる同志の女学生も少女マンガの脇役で主人公の敵役っぽいキャラクターになっていましたよね。いろんな要素が映画よりもマンガに近い感じがしてしまって、素材はいいのにどことなく滑稽な感じがしてしまうのが、本作のバタくささの正体なのではないでしょうか。

その中でもやっぱり仲代達矢だけは妙にギラギラしていて、つかみどころのない青年という感じが新鮮な印象を残していました。撮影所でグローブ片手に登場するところなんかは、「ニューフェイスでまだ通行人しかやったことがないんだ」というセリフが楽屋落ちのように聞こえましたね。楽屋落ちといえば、バックステージものなので撮影所の風景が映し込まれていて大変貴重な映像アーカイブになっていたところもありました。たぶん日活の多摩川撮影所なんでしょうけど、まだ全体的に真新しくこれから映画を量産していくんだという活気に溢れた撮影所の様子が記録されていましたし、海岸でのロケーション撮影の場面では大きなレフ板で光を集めるやり方が全景で映されていました。レフ板の裏に「東活」と大書きされていたので、安部徹プロデューサーと金子信雄監督がいる映画会社は「東活」というんでしょうか。金子信雄のしゃべり過ぎる演出なんかも含めてなかなか芸が細かく出来上がっていましたね。

それにしても月丘夢路はさすが宝塚出身と感嘆してしまうほど、舞台での立ち姿がキマっていました。特にラストの撮影シーン。金子信雄がごちゃごちゃ指示する中で、月丘夢路は真っすぐ前を向いて前進し、視線を落とさずにそのまま階段を颯爽と降りていきます。階段を下るにも関わらず本当に1mmも視線を落とさないんですよ。これは本物の舞台のプロの姿でした。大坂志郎が憧れるのも無理はありませんね。

あとは日活俳優陣が顔を揃える「映画女優の誕生パーティ」の場面も日活の俳優たちが特別出演していて、バックステージものとしての見どころのひとつになっていました。北原三枝を囲んで芦川いづみ、長門裕之、フランキー堺、岡田真澄などが並んでいる絵はなかなか豪華でしたね。劇団出身で映画俳優に転身した織田政雄なんかもチョイ役ですが巧かったですし。まあまじめに見るとマンガチックな面が目立ちましたけど、日活が製作費を安くするためにもうまく撮影所を使った映画としてならば、そこそこ面白く見られるのではないかと思います。(A111923)

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