昭和二十年以前

昭和二十年以前

暖流(昭和14年)

昭和14年の公開時には「前篇 啓子の巻」(94分)と「後篇 ぎんの巻」(83分)が一挙上映されました。現存しているのはその前後篇をくっつけて2時間4分にまとめて昭和22年に再上映された総集編バージョンのみで、50分強がカットされた計算になります。
昭和二十年以前

あの旗を撃て(昭和19年)

太平洋戦争における日本軍のフィリピン攻略でのコレヒドールの戦いを描いていて、フィリピン占領後に製作されたこともあって捕虜になったアメリカ人や現地のフィリピン人が多く出演している珍しい作品です。
昭和二十年以前

警察官(昭和8年)

本作は昭和8年の新興キネマの作品でして、松竹の傍系の会社でもありトーキーではなくサイレントで製作されています。しかしながらサイレント映画ならではの映像表現が詰め込まれていて、本分を果たそうとする警察官の奮闘と苦悩を描く内田吐夢の演出力が堪能できる作品です。
昭和二十年以前

ハナ子さん(昭和18年)

昭和18年は太平洋戦争の敗戦を予測する軍人も一部に現れた頃でしたが、そんな時期に映画法の検閲の元で国威発揚映画としてミュージカル映画が作られていたのでした。監督は名前の表記をコロコロ変えるマキノ正博で、「雅弘」ではなく「正博」だったときの作品です。
昭和二十年以前

人生のお荷物(昭和10年)

三女を嫁にやってなお幼い男の子がいるという夫婦の子を思いやる機微を描いた本作は、松竹蒲田が得意としたホームドラマの典型で、五所平之助が監督をつとめました。昭和10年度キネマ旬報ベストテンで第6位にランクインしています。
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その夜の妻(昭和5年)

小津安二郎は松竹蒲田時代にはアメリカナイズされたサイレント映画を次々に製作していまして、本作はその中の一本で、岡田時彦が初めて小津映画の主演をつとめた作品としても有名です。娯楽雑誌「新青年」に掲載された「九時から九時まで」というオスカー・シスゴールという人の小説が原作になっています。
昭和二十年以前

還って来た男(昭和19年)

本当にこれが昭和19年の作品かと疑ってしまうくらい、戦時色や国策映画っぽさがないラブコメ喜劇になっています。川島雄三と織田作之助は仲が良かったらしいので、シナリオと演出はほぼ同時並行的に作られたのではないかと思います。
昭和二十年以前

男の意気(昭和17年)

映画法によって脚本の検閲やフィルムの制限などさまざまな制約が映画会社に課されることになりました。本作も主人公の健一が回漕業者の統合に反対する父親を説き伏せて、大同団結を推進する立場として活躍する姿が描かれています。
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隣の八重ちゃん(昭和9年)

監督は蒲田調を支えていた島津保次郎で、城戸四郎が最も信頼を置く監督だったといわれています。現在では「ホームドラマの元祖」とも呼ばれているこの『隣の八重ちゃん』は、トーキー初期に島津保次郎が放った傑作で、昭和9年度のキネマ旬報ベストテンで第二位に選ばれました。
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妻よ薔薇のやうに(昭和10年)

原作は中野実という人が書いた戯曲「二人妻」で、クレジットタイトルでは「二人妻」のほうが大きく出ていて、"妻よ薔薇のやうに”は下の方にサブタイトル的扱いになっています。でも映画情報サイトなどでみると「二人妻」を正式な題名にしているところはひとつもありません。
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お絹と番頭(昭和15年)

本作は互いに好き合っている相思相愛のお嬢様と番頭が、いつもケンカばかりしていてなかなか思いを伝えられないうちに、他家を巻き込んでの結婚騒動に発展するラブコメになっています。戦前の日本でこんな楽しいラブコメ傑作が公開されていたのには驚いてしまいます。
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恋も忘れて(昭和12年)

清水宏監督は前年に『有りがたうさん』、本作を公開したあとに年末には『風の中の子供』を製作していて、自然の中でのロケーション撮影を行った二作と比べると、この『恋も忘れて』は松竹蒲田時代のサイレント作品『港の日本娘』に近いテイストに仕上がっています。
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土俵祭(昭和19年)

原作は鈴木彦次郎という人が書いた小説で、それを脚色したのが黒澤明です。黒澤は前年の昭和18年に『姿三四郎』で映画監督としてデビューしたばかり。脚本家黒澤明としては『姿三四郎』に続き四作目で、親方の娘との恋愛やライバル力士との勝負を実際の相撲の取組を織り交ぜて描いています。
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風の中の子供(昭和12年)

映像自体はレストアされていないバージョンで見たので鮮明さには欠けていたものの、本作がもっている映像の端正さというか瑞々しいまでの清廉さは本当に見事というしかなく、こんな傑作が今日的な映画批評の中で埋もれてしまっているのがもったいない気がしてなりません。
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港の日本娘(昭和8年)

清水宏は昭和初期のモダニズムを体現した監督でしたから、本作も主人公がヘンリーでその妻がドラという役名になっているなど、横浜を舞台にして日本らしくない洋風の装いの作品になっています。
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奥様に知らすべからず(昭和12年)

昭和5年に松竹に入社した渋谷実は、成瀬巳喜男や五所平之助に師事し、小津安二郎の『淑女は何を忘れたか』で助監督をつとめた後に本作で監督に昇格しました。そのせいか小津の『淑女は何を忘れたか』と同様に恐妻家の男性を主人公にして、ちょっとエスプリのきいたコメディになっています。
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愛怨峡(昭和12年)

原作は劇作家の川口松太郎がトルストイの「復活」を翻案して書いたといわれていますが、「復活」ってこんな話だっけなというくらい本作の脚本では主人公を女性にして大きく改編されています。
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雄呂血(大正14年)

本作は、サレント期の時代劇に「殺陣」や「剣戟」を導入した最初の作品と位置付けられていて、阪東妻三郎演じる浪人が落ちぶれた末に役人に反逆の刃を向けるクライマックスの剣戟場面で知られています。
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桃中軒雲右衛門(昭和11年)

明治末期に浪曲を寄席ではなく劇場の演目に押し上げた実在の浪曲師桃中軒雲右衛門を主人公にして、浪曲をたっぷりと聞かせる芸道ものになっています。
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決戦の大空へ(昭和18年)

この映画が製作・公開されたのは昭和18年。原節子が主演している東宝製作の映画ですが、クレジットには「海軍省検閲済み」「情報局国民映画」と出てくる通り、海軍による国策映画として作られました。
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