昭和三十年代

日本映画

風の視線(昭和38年)

松本清張は推理小説の大家ですが、不倫を扱った恋愛小説も書いていて、本作は昭和37年に女性向け週刊誌「女性自身」に連載された小説の映画化作品です。若い検事が人妻と不倫関係に落ちる『波の塔』も「女性自身」での連載でしたから、その二番煎じ的に書くことになったのでしょう。
日本映画

女ばかりの夜(昭和36年)

昭和33年に罰則施行が開始された売春防止法によって収入を得る場を失った女性たちがいかにすれば社会復帰できるのかという地味なテーマを取り上げていて、女性監督ならではの視点で社会問題を直視しながらも深刻になり過ぎず、展開に引き込まれる作品に仕上がっています。
日本映画

その場所に女ありて(昭和37年)

現在的にいえばTVドラマで頻繫にキャリアウーマンものが放映されているわけですので、女性を主人公にしたキャリアウーマンもののフロンティアとして、日本映画史に名を残すべき作品であることは確かだと思います。
日本映画

楢山節考(昭和33年)

『楢山節考』映画化にあたって木下恵介監督がとった戦略は、原作の伝説的な雰囲気を映像表現するために全編をスタジオセットで撮影し、舞台のような効果を強調するために歌舞伎の演出手法を大胆に取り入れることでした。
日本映画

大菩薩峠 完結篇(昭和36年)

監督は前作までの三隈研次から森一生に代わっていて、またお松を演じていた山本富士子も出演していません。前年の10月、12月と連続公開された前作までと比べると大幅にペースダウンして、本作の公開は昭和36年5月のゴールデンウイーク明けで、いちおう終わらせなきゃとなっていたのかもしれません。
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顔役暁に死す(昭和36年)

監督の岡本喜八は『独立愚連隊西へ』ですでに加山雄三を主演に抜擢していましたので、そのキャラクターを最大限に引き出しながら、地方都市で縄張り争いをするギャング集団の抗争をさまざまな映像テクニックを使って描いています。
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血槍富士(昭和30年)

内田吐夢がやっと日本に帰って来て、入社した東映で最初に撮ったのがこの『血槍富士』です。原作が井上金太郎となっている通り、井上が昭和2年に監督した『道中悲記』という映画がもとになっていて、主役の槍持ち権八を片岡千恵蔵が演じています。
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眠狂四郎 殺法帖(昭和38年)

眠狂四郎というキャラクターをどのように映像化するのかがまだ定まっていない感じがして、雷蔵も机竜之介ほどにピカレスクに演じるのは違うと思ったのでしょうか、笑ったり情けをかけたりする人間味がところどころに垣間見えてはっきりしない演技になっていました。
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しとやかな獣(昭和37年)

東京の晴海団地を舞台にして、芸能プロダクション経営者や流行作家などの金持ちから金を騙し取ってしたたかに寄生生活をする四人家族を主人公にした物語が繰り広げられます。
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日本侠客伝(昭和39年)

本作はその中でも高倉健を初めて主役に据えた「日本侠客伝」シリーズの記念すべき第一作にあたります。ただし東映としては高倉健単独主演ではまだ興行面で不十分だと考えたようで、特別出演として中村錦之助をもうひとりの主役に起用しました。
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幽霊島の掟(昭和36年)

本作は昭和36年の配給成績で年間第六位のヒットとなり、当時の記録では3億円を稼いだことになっています。かたや黒澤明の『用心棒』は第四位で3億5千万円。あの『用心棒』にこれだけ僅差に迫れるってスゴイことじゃないスかね。
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女吸血鬼(昭和34年)

タイトルが紛らわしいのですが、女の吸血鬼が出てくるわけではなく、女の生血を好む吸血鬼が主人公で、日本映画では初の本格的な吸血鬼映画と言われているそうです。
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綱渡り見世物侍(昭和30年)

若殿と曲芸師が瓜二つの顔貌の持ち主で、その入れ替わりでいろんな事件が起こって最後には元に戻って事件が解決する。これは元をたどるとマーク・トウェインの「王子と乞食」を原典とした入れ替わりものの大量の亜種のひとつでした。
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橋蔵のやくざ判官(昭和37年)

ご存知「遠山の金さん」もののひとつですが、時代劇なのに映画の途中から本格的な推理ドラマの様相になってきて、そのトリックがなかなか手の込んだものなので、見ていて全く飽きませんでした。
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警察日記(昭和30年)

小さな町の警察署で様々な人々の事件や困りごとがスケッチのように描かれていく本作は、伊藤永之介という人が書いた小説がもとになっていて、秋田県出身の伊藤永之介は昭和初期からプロレタリア文学の作家として活躍し農村をテーマにした小説を多く残した人だそうです。
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青葉城の鬼(昭和37年)

原作は山本周五郎の長編小説「樅ノ木は残った」で、歴史上ではお家乗っ取りを企む首謀者だった原田甲斐を、実は伊達家安泰のために奔走した忠臣として大胆に設定し直したのが山本周五郎でした。
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霧笛が俺を呼んでいる(昭和35年)

映画を見ているうちに自然と気がつくのですが、キャロル・リード監督の不朽の名作『第三の男』とほぼ同じキャラクター設定とストーリー展開になっています。
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日本の夜と霧(昭和35年)

映画の内容があまりに政治寄りでかつ難解だったため公開四日目に上映中止となってしまいました。大島渚監督は現場の了解なく一方的に上映を中止した会社に反発して翌年松竹を退社し、独立プロダクションを立ち上げることになったのでした。
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モスラ対ゴジラ(昭和39年)

ゴジラ対自衛隊、ゴジラ対モスラ、ゴジラ対モスラの幼虫などの対決場面それぞれに特色が出るような工夫がされていて、1時間半の上映時間が飽きることなく楽しめるようになっていました。
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白夫人の妖恋(昭和31年)

特撮は円谷英二が指揮をしていますので、すべての特撮場面は申し分ない出来栄えです。アナログな効果が逆にドラマチックというか劇的効果をあげていたと思います。
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