綱渡り見世物侍(昭和30年)

大映から映画界入りして二年目の市川雷蔵が若殿と曲芸師の二役を演じます

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、加戸敏監督の『綱渡り見世物侍』です。歌舞伎から映画界に転身した市川雷蔵は、昭和29年『花の白虎隊』で銀幕にデビューし、すぐに大映京都撮影所で製作される時代劇の主役の座を勝ち取りました。大映に入って二年目の雷蔵は、本作に続いて溝口健二監督の『新・平家物語』で平清盛という大役を演じることになりますので、本作はまさに映画界の水に慣れる雌伏の時期だったのでしょう。若殿と曲芸師の二役で侍と町人の演じ分けにチャレンジする雷蔵は当時二十四歳、実に溌溂とした若いエネルギーに溢れています。

【ご覧になる前に】侍のお家騒動に町人が巻き込まれるコメディ仕立てです

南蛮風の曲芸を見せる阿蘭陀座の手裏剣投げ師力太郎は許嫁のお小夜の父親が抱えた借金を返すためお小夜とのコンビで舞台に立つ毎日を送っています。縁日でごろつき浪人たちからスリと間違われたお蝶を助けた力太郎は、その帰り道で二本松藩家老から「二本松にご帰還くだされ」と頭を下げられますが、人違いだとその場を逃げ出します。一方で家老が探している本物の若殿鉄之丞は日々容態が悪化している大殿を治癒させるため、江戸の蘭方医のもとで治療法を探っていたのでした…。

原作は陣出達朗という時代小説家の書いた「道化獅子」で、陣出達朗は戦前日活で脚本を書いていた後に小説家に転身し、戦後に大量の時代小説を量産した人。「遠山の金さん」を「○○奉行」というタイトルでシリーズ小説にしていまして、TVドラマにもなった「伝七捕物帖」の主な執筆者でもあったそうですが、現在的にはあまり聞かない作家さんです。

監督の加戸敏という人は大映京都撮影所で昭和30年代にこれまた大量の時代劇プログラムピクチャーを作った人ですが、フィルモグラフィーを見ても有名なのは武内つなよしのマンガを映画化した『赤胴鈴之助』くらいでしょうか。大映で仕事がなくなりTVに転じるも性に合わないということで、演出の仕事は辞めて競馬中継の解説者なんかをやっていたそうです。映画監督にもいろんな人がいたんですねえ。

女スリお蝶を演じるのは阿井美千子という女優さんで宝塚から大映に入った人。この人も大映京都でものすごい数の時代劇に出ていますね。脇で目立つのは清川虹子。調べてみたら伴淳三郎と結婚していた時期があったので驚きました。あとは益田キートン。戦後「あきれたぼういず」で活動して、後に東宝演劇部に入ってミュージカルの舞台で活躍しました。「マイ・フェア・レディ」のピカリング大佐がハマリ役だったそうで、確かに宝田明のヒギンス教授とのコンビならタッパがあるから見栄えも良かったでしょう。他には坂本武。言うまでもなく戦前小津映画の「喜八もの」の主人公。あとは香川良介くらいですか。この人もメチャクチャな数の時代劇に出まくっていますけど、「忠臣蔵」ではいつも大野九郎兵衛をやっているんで、どちらかといえば悪役を得意としていました。本作では若殿側ですが。

【ご覧になった後で】入れ替わりものとしてそこそこ気楽に見られました

若殿と曲芸師が瓜二つの顔貌の持ち主で、その入れ替わりでいろんな事件が起こって最後には元に戻って事件が解決する。これは元をたどるとマーク・トウェインの「王子と乞食」を原典とした入れ替わりものの大量の亜種のひとつでした。特に映画ではひとり二役をトリック撮影を使って視覚的に見せることが可能ですので、その効果を狙っていろんなバリエーションが作られています。顔は同じでも中身が違うというところがミソなので、殿様役には慣れている市川雷蔵も曲芸師については「喜劇的な演技が必要で自分にとっては破天荒な役になるので新しい芸風を開拓したい」と述べて意欲的に取り組んだようです。

映画の中に「丹羽家二本松藩」と出てくるので、架空の藩のことだろうと調べてみたら、なんと丹羽家も二本松藩も実在していたのでした。若殿がセリフで「十万石の小さな藩だが」と言っていた通りの十万石で、このようなお家騒動を扱った喜劇で歴史上の実在をそのまま小説や映画にしてしまう時代だったんだなとあらためて感心してしまいました。幕末の戊辰戦争では奥羽越列藩同盟に参加して新政府軍と戦って敗れたため、廃藩置県で一度は二本松県という名称が残ったものの、すぐに福島県に改称されたんだそうです。やっぱり負ければ賊軍なんですね。

清川虹子率いる阿蘭陀座は、刀を吞み込んだり、一輪車で綱渡りをしたり、空中ブランコを用いたりして、まさにサーカスの原型のような見世物を興行にしていたという設定でした。実際に江戸時代末期には隅田川浪五郎という曲芸師が「帝国日本芸人一座」という曲芸団を営んでいて、明治維新前年の1867年にパリ万国博覧会に出演した後にヨーロッパを巡業して「ジャパニーズ・アクロバット・ブーム」を巻き起こしたんだそうです。なので、雷蔵の手裏剣師というかナイフ曲芸もある程度史実を踏まえた設定だったのかもしれません。で、このような曲芸を扱っているから、本作のタイトルは「綱渡り」「見世物」という表現になっているのでしょうけど、名は体を表すからはほど遠い題名なので、当時は興行における宣伝手法などもまだ未確立だったとしか思えません。

まあそんな背景も含めてそこそこ気楽に見られて楽しめる時代劇ではありましたが、阿蘭陀座に匿われた若殿のことをお小夜がいつまでも力太郎だと信じ続けるのも無理がありますし、力太郎を代役に立てたことを若殿がいつ知ることができたのかの説明が不足していますので、脚本はちょっとほつれ気味でした。あと、お小夜は若殿に「なんで抱いてはくれないんだよ」と迫り、若姫信乃は力太郎の寝床に侵入して「なぜ抱いてはくださりませんのですか。信乃は寂しうございます。よよよ」と泣き咽ぶのですが、なんで女性を肉欲の塊のように描いて、またなぜ男性が異常に禁欲的なのか、訳わかんないですよね。普通に考えたら、あんなに奇麗なお姫様が夜這いに来たらそのまま…。いやいや、昭和30年には映画の中でそれを描くのはまだまだタブーだったんでしょう。健全といえば健全な映画でもありますしね。(Y050722)

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