打撃王(1942年)

ヤンキースの三冠王ルー・ゲーリッグの生涯を描いた伝記映画です

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、サム・ウッド監督の『打撃王』です。原題は「The Pride of the Yankees」(ヤンキースの誇り)で、メジャーリーグを代表するチームであるニューヨーク・ヤンキースに在籍したルー・ゲーリッグを主人公にした作品です。ルー・ゲーリッグはベーブ・ルースと同じ時代に活躍した強打者の一塁手でしたが、難病に倒れて三十七歳で夭折しました。この映画はゲーリッグ逝去の翌年に公開されたこともあり、野球好きのアメリカ人の心に残る名作として記憶されることになりました。

【ご覧になる前に】野球に詳しくなくても大丈夫、映画の軸は夫婦愛です

ゲーリッグ家の長男ルーは野球が得意。両親からの愛情を受けてコロンビア大学に進学すると、野球部での活躍がヤンキースのスカウトの目にとまります。しかし母親はルーを技師にしたいと願っていて、ルーはスカウトの話を断ってしまいます。そんなとき、母親が病気で入院することに。私立病院に入院させるにはお金が必要で、ルーは急遽ヤンキースと入団契約を交わすのでした…。

ルーを演じるのはゲーリー・クーパー。アカデミー主演男優賞を二度受賞していて、戦前戦後を通じてハリウッドの人気男優でした。日本でもその人気はすさまじく、映画雑誌スクリーン誌の人気俳優ベストテンでは男優部門のトップを連続して獲得していました。『打撃王』に出演したときのクーパーは四十一歳。さすがにルーの大学生時代を演じるには無理がありますが、謹厳実直な性格を表すにはぴったりの配役です。愛妻役のテレサ・ライトは、本作の前年にヒッチコックの『疑惑の影』で主人公を演じていました。そのときの不安げな少女の演技とは打って変わって、本作での明朗な妻役は彼女の別な魅力を引き出していて、主役ふたりを見ているだけでも幸福感に浸れること間違いなしです。

野球選手が主人公の映画なので、野球に詳しくないと楽しめないようにも思えますが、意外と野球の試合場面は少なくて、逆にルー夫妻の家庭での場面が中心になっています。野球の試合を映した場面では、投手が投げたボールを打者が打つだけで、バットスイングとか変化球とかサインプレーとかは一切出てきません。なので野球を知らなくても楽しめるように作られています。監督のサム・ウッドは、本作の翌年には同じくゲーリー・クーパーを起用して『誰が為に鐘は鳴る』を撮っています。非常にオーソドックスな演出をする人のようで、本作も奇をてらった映像は皆無。安心して見ていられる家庭劇になっています。

【ご覧になった後で】ラストのスピーチはアメリカ映画史に残る名セリフ

ルー・ゲーリッグは三十五歳で現役を引退してその二年後に筋萎縮性側索硬化症で亡くなりました。ALSの別名はルー・ゲーリッグ病。本作は昭和47年にNHKでTV放映されたことがあり、その際にはゲーリッグがベンチ裏に引き上げていくラストショットの後に「ゲーリッグは引退の二年後に小児麻痺で亡くなった」という字幕が出た記憶が残っています。大人でも小児麻痺という病気になるんだなと不思議に感じた覚えがあるのですが、もしかしたら記憶違いかもしれません。それにしても、2130試合連続出場の記録を打ち立てて「Iron Horse」の異名をとった偉丈夫であっても、病魔に襲われると余命は幾ばくもなかったことになります。病気というのは本当に残酷なものですね。

映画としては、ほとんどバストショット以上の人物に寄ったショットで構成されていて、端的にいえば「誰にでもわかりやすい平凡な作り」の作品でした。しかしルー・ゲーリッグの人生そのものが劇的というか悲劇的なので、俳優が人物を体現していればそれでよいのかもしれません。一方で、当時の野球観戦の様子が記録されていることにおいては映像的価値が十分にあるように思えます。ヤンキースタジアムに集まってくる人々や本塁打に立ち上がって歓声をあげる観客などは臨場感にあふれていて、映像による歴史の記録の重要性を感じさせてくれます。ラストの引退試合は、あきらかに観客が観戦している様子が映っていますが、どうもこれはヤンキースタジアムではなく、別の球場でエキストラを使って撮影されたようです。

そのラストのスピーチ、「私はこの世で最も幸せな男だと思っています」というゲーリー・クーパーのセリフはアメリカ映画の名セリフベスト100にも選出されるほど有名になりました。映画では「I consider myself the luckiest man on the face of the earth」と言っていて、病魔に襲われたにもかかわらず、自分のことを「luckiest」と語るところに、妻や両親、チームメイトへの愛情が感じられるのだと思います。しかしながら、なぜかこの名セリフのところだけが、スクリーンプロセスで撮られていて、特に本作で名演技を披露しているベーブ・ルース(本人)が、あらぬ方向を見つめているように映ってしまっているのがなんとも興覚めです。セリフをきちんと録音するために、実際の観客を入れたロケではなく、スタジオで後撮りしたようですが、今見ると明らかに映像としてのテンションが違っているように見えます。やっぱりライヴ感を重視したほうがよかったのではないでしょうか。

ルー・ゲーリッグは、母親役がドイツ訛りで話していることからもわかる通り、ドイツ出身の移民でした。ドイツにいたままであれば、ルーは「ルートヴィヒ・ゲーリヒ」というドイツ人で生涯を過ごしたはずでしたが、「夢は必ず実現できる」アメリカに移住したために、ゲーリッグの名前が世界的に有名になったのでした。ゲーリッグがつけていたヤンキースの背番号「4」は、ルーが復帰したときのために「欠番」扱いされていましたが、ゲーリッグが死去したことで永久欠番に。以後、野球界では不世出の野球人の活躍を記憶に残すために各球団が永久欠番を制定することになりました。ちなみに日本では昭和22年に巨人軍が、戦死した沢村栄治と病死した黒沢俊夫のふたりの背番号「14」と「4」を欠番にしたのが最初と言われています。(A101621)

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