日本映画

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殿さま弥次喜多 怪談道中(昭和33年)

本作は歌舞伎出身で東映の若きスターだった中村錦之助と中村賀津雄(後に中村嘉葎雄と改名)の実の兄弟が共演した弥次喜多もので、お殿様が町民に姿を変えて活躍するという遠山の金さんパターンで東海道の旅を描いています。
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女が階段を上る時(昭和35年)

高峰秀子は『秀子の車掌さん』で成瀬巳喜男監督作品に初出演して以来、生涯で17本の成瀬作品に出演してきましたが、その10本目の本作は銀座のバーで働く女たちを主人公にした一種の風俗もので、女性の夜の職業がつぶさに描かれています。
昭和二十年代

地獄門(昭和28年)

永田雅一社長の指示の結果採用されたのは室内での露光でも撮影が可能なコダック社のイーストマンカラーシステムで、大映初のカラー作品は平安時代を描いた『地獄門』に決まり、アメリカ産ネガフィルムによって撮影されることになったのでした。
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処刑の部屋(昭和31年)

『太陽の季節』が公開されると無軌道でインモラルな若者たちは「太陽族」と呼ばれて流行語になっていきます。そのブームを察知した大映はすぐに石原慎太郎の短編小説の映画化に着手し、日活から大映に移籍したばかりの市川崑に監督を任せたのでした。
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赤いハンカチ(昭和39年)

昭和37年にテイチクレコード創業30周年を記念してリリースされた「赤いハンカチ」は石原裕次郎が歌って大ヒットしました。このムード歌謡を挿入曲として裕次郎主演で作られたのが本作で、日活ムードアクション映画の代表作とも呼ばれています。
昭和二十年以前

歌ふ狸御殿(昭和17年)

戦時統合で大映が設立された年の11月に公開されたのがこの『歌ふ狸御殿』で、継母や義姉にいじめられるシンデレラを元ネタにしてカチカチ山のタヌキ伝説を取り入れたオペレッタ風ミュージカルになっています。
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乾いた湖(昭和35年)

昭和35年4月『恋の片道切符』で監督デビューした篠田正浩の第二作で、岩下志麻のスクリーンデビュー作でもあります。松竹ヌーヴェル・ヴァーグの流れにのって8月末に公開された本作は6月に自然成立した日米新安全保障条約をめぐる安保闘争を題材にしています。
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その壁を砕け(昭和34年)

自分の車を買った修理工が殺人事件の犯人にされてしまう事件を描いた社会派サスペンスで、事件から捜査、法廷へと展開していく物語は非常に緊迫していて、1時間40分の上映時間があっという間に過ぎていく緊張感に満ちた作品にまとまっています。
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乱れ雲(昭和42年)

交通事故を通じて加山雄三演じる加害者が司葉子演じる被害者家族と知り合い、深い関係になっていく悲恋ドラマです。女性を描くことにおいては右に出るものがいないといわれた成瀬巳喜男監督は本作を完成させた二年後に癌で亡くなっています。
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ろくでなし(昭和35年)

昭和35年6月に公開された大島渚監督の『青春残酷物語』をきかっけに松竹の新人監督たちの作品が「松竹ヌーヴェル・ヴァーグ」として売り出されることになりました。本作は翌7月に公開された吉田喜重の第一回監督作品で、吉田喜重自ら脚本を書いています。
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お吟さま(昭和37年)

主人公のお吟は豊臣秀吉の茶頭だった千利休の義理の娘で、その波乱に満ちた生涯を小説にしたのが今東光でした。大女優田中絹代にとっては六作目の監督作品となりますが、残念ながら本作以降二度と監督することはありませんでした。
昭和二十年以前

花咲く港(昭和18年)

松竹で島津保次郎のもとで助監督をしていた木下恵介は本作で初めてメガホンをとることになり、同時に木下作品のほとんどでキャメラを回すことになる楠田浩之もこの作品で撮影助手から撮影技師に昇格を果たしました。
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暖春(昭和40年)

「原作:里見弴・小津安二郎」の通り、昭和38年にNHKで放映されたTVドラマのためのシナリオが元になっていて、中村登監督が松竹で映画化することになりました。早くに父親を亡くした母と娘が主人公というモチーフはまさに小津映画そのものです。
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旗本退屈男 謎の七色御殿(昭和36年)

サイレント映画時代から活躍を続けた時代劇俳優・市川右太衛門は旗本退屈男を当たり役としていて、本作はその28本目の作品にあたります。市川右太衛門が全編に渡って見事な立ち回りを見せる娯楽時代劇に仕上がっています。
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拝啓天皇陛下様(昭和38年)

本作は渥美清が主演した三番目の作品で、野村芳太郎監督によって渥美清の個性が存分に発揮された傑作喜劇となりました。この映画を見たフジテレビのスタッフがヒントを得て、TVシリーズの「男はつらいよ」を発想したという話もあるそうです。
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ひばり捕物帖 かんざし小判(昭和33年)

東映は美空ひばりを主演にしたいわゆる「ひばり映画」を大量生産しましたが、本作はその中の「ひばり捕物帖シリーズ」の一篇。美空ひばりの歌が堪能できるとともに、お姫様から岡っ引き、歌舞伎役者までまさに七変化の大活躍が楽しめます。
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智恵子抄(昭和42年)

詩人・彫刻家・画家の高村光太郎による亡き妻に向けた詩集「智恵子抄」は昭和32年に山村聰と原節子の主演で映画になっていますが、本作は光太郎を丹波哲郎、智恵子を岩下志麻が演じた二度目の映画化作品です。
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壁あつき部屋(昭和31年)

巣鴨プリズンに収容されていたBC級戦犯の手記を原作として映画が作られたのはGHQによる日本占領が終了した昭和28年でしたが、松竹は劇場公開を見送ってしまい3年後の昭和31年にやっと日の目を見ることになったいわくつきの作品です。
昭和二十年代

女(昭和23年)

木下恵介は戦後松竹に復帰すると昭和21年の『大曾根家の朝』を皮切りに次々に新作を発表していきます。本作は昭和23年4月公開作品ですが、同年7月に『肖像』、11月に『破戒』を発表し、この三作品によって毎日映画コンクール監督賞を獲得しています。
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好人好日(昭和36年)

中野実の原作を松山善三が脚色した物語は、世界的にその業績が注目されている大学の数学教授が主人公になっていて、好きな相手と結婚したい娘とそれを支援する妻の三人家族の情愛が描かれます。舞台となるのは古都奈良で奈良の大仏も登場します。
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