乱れ雲(昭和42年)

加山雄三と司葉子が交通事故で知り合うお話で成瀬巳喜男の遺作となりました

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、成瀬巳喜男監督の『乱れ雲』です。交通事故を通じて加山雄三演じる加害者が司葉子演じる被害者家族と知り合い、深い関係になっていく悲恋ドラマです。女性を描くことにおいては右に出るものがいないといわれた成瀬巳喜男監督は本作を完成させた二年後に癌で亡くなっていますので、90本の作品を監督してきた成瀬巳喜男にとっての遺作となった作品です。昭和42年度のキネマ旬報ベストテンでは第四位に選出されていて、ちなみにベストワンは小林正樹監督の『上意討ち 拝領妻始末』でした。

【ご覧になる前に】山田信夫のオリジナル脚本で音楽は武満徹が担当しました

大きな庭のある社宅を出た由美子は都心のレストランで夫と落ち合います。通産省に勤める夫は笑顔でアメリカ大使館への赴任が決まったと伝え、初めての子を妊娠している由美子とともにビールで乾杯します。箱根で国会答弁作成を手伝う夫を見送り、由美子は姉夫婦のところに海外赴任の報告に行きますが、由美子が帰った後にかかってきた電話は夫が箱根で交通事故にあって死んだことを告げました。霊安室で夫の亡骸と対面した由美子は嘆く間もなく葬儀に出席しますが、弔問に現れたのは夫を轢いた車を運転していた明治貿易社員の三島という男でした…。

昭和40年代は自動車保有台数が飛躍的に増大したモータリゼーション進化の時代でした。自家用車の保有台数は昭和40年から昭和50年で約8倍に急増し、本作が公開された昭和42年には13,618人が交通事故で死亡するまでになっていました。昭和45年には過去最悪の16,765人を記録してしまい、交通安全対策基本法が制定されて、国を挙げての交通安全対策が練られるようになったのでした。

交通事故をメインテーマにした本作は山田信夫のオリジナル脚本によるもので、その点では非常に時局をとらえた内容だったといえるでしょう。山田信夫は20代後半になって日活と契約して映画界に入った人で、入社当時は共同脚本に名を連ねることが多かったものの、やがて『青年の樹』『やくざ先生』など石原裕次郎主演作品の脚本を単独で書くようになりました。代表作はなんといっても蔵原惟義監督の『憎いあンちくしょう』のオリジナル脚本で、この『乱れ雲』は山田信夫が日活を離れて東宝で書いた最初の作品となります。

キャメラマンの逢沢譲は、黒澤明の『悪い奴ほどよく眠る』や岡本喜八の『独立愚連隊』『独立愚連隊西へ』などで大監督と一緒に仕事をした人で、司葉子主演・鈴木英夫監督の『その場所に女ありて』では初のカラー作品でキャメラを回しています。一貫して東宝で撮影技師を勤めましたが、映画産業自体が衰退する時期でしたので、本作以降では「若大将シリーズ」や「ゴジラシリーズ」の後期作品などの仕事が中心となりました。

また音楽は武満徹が担当しています。武満徹は『切腹』や『怪談』など小林正樹監督作品を通じて楽曲提供だけではなく映画の音響すべてをハンドリングする音響監督的な仕事を確立した人ですが、本作では武満徹の手による甘く流麗な主題曲が非常に効果的に使われています。

加山雄三と司葉子の共演は当時の東宝にとってはベストの配役だったと思われ、「若大将シリーズ」が東宝にとっての安定したドル箱作品になっていた加山雄三にとっては、『南太平洋の若大将』と『ゴー!ゴー!若大将』の間に位置する出演作となります。また本作のちょうど一年後には堀川弘通監督の『狙撃』で冷徹なスナイパー役を演じるなど、俳優としての幅を広げる時期にあたっています。一方、司葉子は大阪の放送局で社長秘書をしていたときに雑誌の表紙モデルをつとめたことから東宝にスカウトされ映画界入りしました。清純で優雅なイメージで東宝を代表するスター女優となった司葉子にとって、本作製作時は100本近い映画に出演を重ねていた時期。前年には松竹に招かれて中村登監督の『紀ノ川』に主演し多くの映画賞を受賞し、半年前には小林正樹監督の『上意討ち 拝領妻始末』にも出演していて、三十三歳でまさにキャリアのピークを迎えていました。

【ご覧になった後で】しっとりした恋愛ものですが二人の関係が微妙過ぎます

いかがでしたか?武満徹の音楽がすばらしいこともあって、映画全体から非常にしっとりとした落ち着きが感じられる大人の恋愛物語でしたね。武満徹は現代音楽や実験的な音作りの方面の人という印象があるのですが、本作のような本格的ロマンティック音楽をかかせても超一流の腕前だということがわかります。まるでフランス映画を見ているような優雅な気持ちにさせられるのは武満徹の音楽によるところが大きいのではないでしょうか。

成瀬巳喜男はカラーとワイドスクリーンを手に入れて、より一層ロングショットで登場人物のエモーションを描くことに成功していました。十和田湖で急な雨に降られてひとつの傘でバス停からの道を歩く加山雄三と司葉子のロングショットは、二人の前に立ちはだかる困難さとそれに抗おうとする弱々しさが端的に表現されていましたし、緑の山裾で山菜を採る司葉子と土産を持参した加山雄三を横からとらえたロングショットは二人の恋情が爽やかな山の空気で清められていくような雰囲気を伝えていました。ラストショットで十和田湖畔の桟橋に向って独り歩く司葉子の後ろ姿も含めて、これらの効果的なロングショットはもっぱら映画の後半に集中的に使われていて、淡々と事態の進展を描く前半と違って、映画を一気に抒情的な世界に変えていく力をもっていたように思います。

映像と音楽によるしっとり感とは違って、本作の基本的な骨格でもある「加害者と被害者遺族の恋愛」という設定は、互いの想いがすれ違うように慎重に計算されて作られていたにもかかわらず、最後まで十分な納得感を持ち得なかったように感じます。土屋嘉男演じる夫の死後に加山雄三演じる三島が裁判で無罪判決を受ける場面が出てきますが、司葉子演じる妻が民事裁判を起こしたようには描かれていませんので、無罪は刑事裁判で言い渡されたことになります。しかしいくらタイヤがパンクして制御不能になったからといって、歩行者に衝突して死なせているわけですし、刑事裁判が行われているということは検察官が加害者を起訴したということで、加害者無罪ならば検察側が敗訴したことになります。歩行者に明確な過失がないにもかかわらず、自動車車両の点検・整備義務があるはずの運転手に加害責任を問われないわけですから、加害者責任が0で被害者過失が10の割合になってしまいます。そんなこと絶対にあり得ません。本作に法律顧問がついていたかどうか知りませんけど、基本設定が間違った話になっているので、刑事裁判で無罪判決が出た時点で本作は破綻してしまっていました。

司葉子は酔った勢いでたまたま一緒の旅館に来ていた加山雄三に「二度と顔を見せないで」と言い切ります。しかし加山雄三は司葉子の実家と知っていながら森光子が経営する旅館に取引先(清水元と十朱久雄のコンビってのが利いてます!)を連れて行きます。被害者からはっきり二度と会いたくないと明言された加害者がそんな迂闊なことしますか?もうこの時点でこの三島という男のデリカシーのなさが露見しちゃってますよね。そもそも青森市と十和田湖の距離は約70kmで、車で1時間20分ほどで行き来が可能です。草笛光子演じる姉は司葉子に実家の旅館に戻るように言いますが、その時点で加害者が青森市に転勤になったことは知っているはずです(毎月現金書留が送られてくるならなおさらですけど)。わざわざ東京を離れるのになぜ加害者の近くに追いやるのか、このストーリー運びにも全然納得できませんでした。

もうひとつ文句をいうと、病院のベッドに横たわった司葉子に医師が「ひとーつ、ふたーつ…」と数を数える場面が唐突に出てきて、要するに麻酔をかけて赤ちゃんを堕胎させたという描写だったわけですが、亡くなった夫との大事な赤ん坊をそんなに簡単に堕ろすことができるんでしょうか。ここで司葉子の苦悩が全く描かれないのは疑問で、堕ろすかどうか悩んだり、堕胎後に後悔したりする様子はひとつもありませんでした。さらにそんな病院にいきなり加山雄三が訪問してくる展開になるのですが、産婦人科に入院している被害者遺族のところに能天気に慰謝料を持ってくる加害者なんてあって良いものでしょうか。こういうずさんな設計があちらこちらに散見されるので、山田信夫のオリジナル脚本は現在的に見るとめちゃくちゃ出来の悪いシナリオだと断言しないわけにはいかないですね。

そんなダメ脚本がなぜこのようにしっとりした情感あふれる作品に仕上がったかといえば、それが武満徹の音楽によるマジックですし、成瀬巳喜男の演出のなせる技だったんでしょう。さらに加害者を加山雄三が演じたことも大きな救いでした。どことなく鷹揚で、間違ったことの嫌いな正義漢風の加山雄三だからこそ、この三島という加害者を見ていられるのであって、ニコっと人の良い笑顔を司葉子に振りまいてもまあ許せるような感じになっちゃうんですよ。当時の東宝でいえば主演級の男優さんは加山雄三のほかには黒沢年男とか三橋達也とか宝田明とかくらいでしょうか。黒沢年男が演じたら他にも犯罪を犯しているように見えてしまいますし(失礼!)、三橋達也や宝田明だと気障な感じが前面に出てしまって加害者意識の薄い女たらし風になってしまったことでしょう。まあ、東宝も加山雄三主演を前提に製作したのかもしれませんけど。

でもいよいよ旅館で結ばれようという二人がたまたま起きた自動車事故を目撃してその気を失くすというか正気に戻る展開は、なかなか物悲しいものがありました。その寸前に自分の気持ちを解き放って自分から男の唇を吸いにいく司葉子には、普段にはない色香が感じられてちょっとなまめかしい雰囲気がありました。映画の設計がダメであっても、女優さんというのは一瞬で観客を虜にしてしまう力があるのをまざまざと感じさせてくれる名場面ではありました。(U090523)

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