日本ダービー 勝負(昭和45年)

日本ダービーに人生を賭ける調教師を主人公にして競馬の世界を描いています

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、佐藤純彌・寺西国光が共同監督した『日本ダービー 勝負』です。日本ダービーとはいうまでもなく日本競馬界における最高のレースで、サラブレッド三歳馬が出走枠を争い、選ばれた優駿たちがダービー馬という名誉を競い合います。本作は日本映画では珍しくその競馬の世界を真正面から描いていて、馬のセリ市から厩舎での世話、調教、そして出走までの調教師や厩舎、騎手の日常を取り上げています。

【ご覧になる前に】ダービーを7度も勝った調教師尾形藤吉がモデルです

騎手兼調教師の山形正吉は日本でもダービーが初開催されることを知り、新馬の育成に取り組みます。正吉は馬のことは大切に世話をして優しく接する反面、厩務員たちには常に暴力をふるい、家族には自分が決めた戒律を遵守させていて、献身的な妻が支える一方で息子はそんな父親を軽蔑しています。昭和7年に目黒競馬場で開催された第一回東京優駿で正吉が乗った馬は二着に終わり、関西から参戦した加藤直吉と二人でヤケ酒を飲んだあげくに警察沙汰を起してしまうのですが…。

日本映画で競馬を取り上げたのは昭和30年の『幻の馬』くらいで、大映社長永田雅一が馬主として所有していたトキノミノルを描いた作品でした。ダービーで勝利した後に破傷風で死んでしまった名馬を偲んで製作されたんだそうです。大映はその四年後に今度は障害レースを題材にして『花の大障碍』という映画も作っています。割と近いところでは宮本輝の小説を映画化した昭和63年の『優駿 ORACION』があります。

本作の主人公山形正吉のモデルになったのは尾形藤吉という人で、騎手から調教師になり日本ダービーを7度も獲得した名伯楽でした。調教師で1669賞(重賞189賞)は不世出の記録で、それに次ぐのが2022年に引退した藤沢和雄の1570賞(重賞126賞)ですから、いかに凄い記録だったかわかります。また正吉のライバルで親友にもなる直吉は、実際には関西を拠点にしていた伊藤勝吉をモデルにした人物設定になっていて、戦前から戦後まで「東の尾形、西の伊藤」と言われるくらいに競馬界の屋台骨を支える調教師だったようです。

監督のクレジットが連名になっていますが、たぶん佐藤純彌がメイン監督だったんでしょう。本作の5年後に『新幹線大爆破』をヨーロッパで大ヒットさせ、また角川映画の『人間の証明』『野生の証明』を続けて監督したのが佐藤純彌です。また企画に中に大川慶次郎の名前がありますが、フジテレビの競馬中継で長い間解説者をつとめ「競馬の神様」といわれたのが大川慶次郎です。でもオグリキャップが有馬記念で劇的な復活勝利をあげたラストランレースの際、最後の直線で「ライアン!」と叫んで本命にあげていたメジロライアンをひとりで応援していたのを競馬ファンは忘れておりません。いまだに大川慶次郎といえば「ライアン」の声がくっついて思い出されるのでありました。

【ご覧になった後で】なんと日本ダービーのプロモーション映画なのでした

いやいや、これは驚きました。日本映画には珍しく本格的競馬映画かと思っていたら、昭和45年に行われた第37回日本ダービーのプロモーション映画になっているではないですか。役名こそ山形正吉になっているものの実質的には尾形藤吉調教師を主人公にした映画を作っているうちに、日本ダービーがタニノムーティエとアローエクスプレスの一騎打ち対決の様相を呈してきて、こんなに盛り上がっているならダービーのプロモーション映画にして競馬ファンの動員をアテしよう、なんて路線変更したのでしょうか。本作の公開日が5月13日で、ダービーが5月24日の開催ですよ。ダービーの開催前にモロに映画をぶつけて上映する東映の作戦だったのかもしれません。

なので最後の30分はダービー前哨戦でタニノムーティエとアローエクスプレスがつばぜり合いを繰り返す過程が描かれて、その二強を尾形厩舎のアイアンモアが崩せるかという展開になります。そしてラストは「さあ、勝つのはどの馬でしょうか」みたいな感じで、まるで「結果は東京競馬場でご覧ください」と呼びかけるような終わり方になっています。いろんな映画を見てきましたが、こんなエンディングの映画ははじめて見ました。昭和45年当時の映画館でならそれでよかったんでしょうけど、現在的な立場であらためて見ると「結末を現実にゆだねたままに終わる珍作」にしか見えません。

でもよく考えてみたら、本作のような番組で2時間の上映時間は明らかに長過ぎます。推測に過ぎませんが、1時間30分の競馬映画を製作していて、直前にタニノムーティエvsアローエクスプレスの対決実録を加えることに急遽変更したのではないでしょうか。それをまとめたら30分になって、くっつけた結果が2時間の映画になってしまった、とか。実際はわかりませんけど。

ちなみに5月24日のレース結果は、二番人気のタニノムーティエが1着で一番人気のアローエクスプレスは5着、三番人気のアイアンモアは12着に沈んでいます。アローエクスプレスがタニノムーティエに勝ったのはダービー直前のNHK杯だけだったのですが、それでもアローエクスプレスが一番人気だったのは関東馬だったからだと思います。タニノムーティエは関西馬で、当時は関西の拠点・栗東に坂路調教路がない時期で関東馬になかなか歯が立たなかったのでした。

そんなプロモーション映画として終わるので、ドラマ部分の三橋達也と若山富三郎の東西ライバル調教師の描き方や高倉健や菅原文太が騎手として出てくる贅沢さなどは、結果的にはどうでもよかったじゃんと思えてしまいます。主人公のキャラクター設計も「馬には優しく他人には厳しい」だけのDV男にしか見えず、他の登場人物が全員正吉に我慢しながらひれ伏すだけで、暴力の前で無力化される羊たちみたいなお話になってしまっていました。

しかしながら目黒競馬場で行われた第一回ダービーのレース映像から始まって、映画で取り上げるダービーレースの模様がほぼノーカットで映画に記録されているので、本作の価値は競馬の貴重な映像資料を残したことにあるのかもしれません。ほとんどすべてのレース映像は馬主席あたりから双眼鏡でのぞくようにして見る視点からレースそのものを長回しで記録していて、それは映画ではなくまさに記録そのものです。映画であればショットを編集したり様々な角度にキャメラを置いたりしますが、本作にはそういう姿勢は全くありません。昭和7年から昭和45年までのダービーほか主要なレースの記録を馬主席から眺めるようにして振り返る映像を残したという点で、誠に奇特な作品だといえます。

加えてその記録映像には東京競馬場の姿が徐々に変わっていく様子も映っています。府中に作られた東京競馬場は、初期の映像では第三コーナーのはるか向こうに丘陵が盛り上がっているのが映っていて、多摩川を超えた向こう側にはまだ山がありました。それが後半に映る映像ではすっかりなくなっていて平たく整地されているのです。東京競馬場の芝コースには最後の直線で大きな坂があり、そこがダービーでも大きな見せ場になっていますが、あの坂は多摩川の向こう側にあった丘陵地を買い占めて削り取り、そこから大量の土をコースに運んで造成したものなんだそうです。そんな東京競馬場の景色の変遷まで見せてくれるんですから、やっぱり本作は映像アーカイブとしての価値はありそうですね。(Y052322)

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