外国映画

11人のカウボーイ(1972年)

牧場で育てた牛と馬を600km離れたベルフーシェという町に売りに行くカウボーイたちが主人公で、老牧場主に雇われた少年たちが荒野を巡る牛追いの厳しい仕事を通じて映画の進行とともに成長していくジュブナイルストーリーになっています。
日本映画

風の視線(昭和38年)

松本清張は推理小説の大家ですが、不倫を扱った恋愛小説も書いていて、本作は昭和37年に女性向け週刊誌「女性自身」に連載された小説の映画化作品です。若い検事が人妻と不倫関係に落ちる『波の塔』も「女性自身」での連載でしたから、その二番煎じ的に書くことになったのでしょう。
1940年以前

暗殺者の家(1934年)

偶然に暗殺計画の秘密情報を知ってしまったために子供を誘拐されてしまうというストーリーラインは1956年の『知りすぎていた男』でヒッチコック監督自らの手によってリメイクされました。その元になっているのが本作で、ヒッチコックのイギリス時代の傑作とも言われています。
1950年代

花嫁の父(1950年)

娘を嫁に出すという話は世界中どこでも共通する話題になるわけでして、花嫁の父をスペンサー・トレイシー、花嫁をエリザベス・テイラーが演じた本作は、結婚式をあげるまでのドタバタをコメディ調に描いたアメリカンなホームドラマになっています。
昭和二十年代

あの手この手(昭和27年)

京都伸夫という原作者はかなりの女性遍歴の持ち主だったようで、いわゆる男性目線で理想化された女性像ではなく、あまり映画には取り上げられないような女性の女性らしい性格設定がアコという人物で表現されていたように思います。
外国映画

アラベスク(1966年)

脚本が結構メチャクチャなのでストーリーに引き込まれることはないのですが、変幻自在なキャメラの工夫と次々に展開される場面設定がいろいろと転換するバリエーションの豊かさに見とれているうちに映画が終わってしまいました。
日本映画

ある殺し屋(昭和42年)

本作で市川雷蔵は小料理屋の主人で裏ではプロフェッショナルな殺し屋稼業をやっている寡黙な男を演じていますが、一番の見どころは宮川一夫のキャメラではないでしょうか。冒頭の寂れた港の場面から妙に色調が抑えられていて、非常に乾いたタッチの映像になっています。
1950年代

戦慄の七日間(1950年)

本作はイギリス映画でして、ロンドン・フィルムの製作です。ロンドン・フィルム社はハンガリー出身のアレクサンダー・コルダが設立した映画製作会社で、第二次大戦後はイギリス映画の代表作になった『第三の男』を送り出しています。
日本映画

女ばかりの夜(昭和36年)

昭和33年に罰則施行が開始された売春防止法によって収入を得る場を失った女性たちがいかにすれば社会復帰できるのかという地味なテーマを取り上げていて、女性監督ならではの視点で社会問題を直視しながらも深刻になり過ぎず、展開に引き込まれる作品に仕上がっています。
日本映画

大怪獣空中戦 ガメラ対ギャオス(昭和42年)

シリーズ第三弾にあたる本作では、空中戦と銘打って空飛ぶ怪獣同士の対決を見せようと羽をもつギャオスという対決相手が設定されましたが、空を飛ぶことよりも口から発射される超音波メスの切れ味があまりにも印象的な悪役怪獣が生み出されたのでした。
日本映画

その場所に女ありて(昭和37年)

現在的にいえばTVドラマで頻繫にキャリアウーマンものが放映されているわけですので、女性を主人公にしたキャリアウーマンもののフロンティアとして、日本映画史に名を残すべき作品であることは確かだと思います。
日本映画

楢山節考(昭和33年)

『楢山節考』映画化にあたって木下恵介監督がとった戦略は、原作の伝説的な雰囲気を映像表現するために全編をスタジオセットで撮影し、舞台のような効果を強調するために歌舞伎の演出手法を大胆に取り入れることでした。
日本映画

大菩薩峠 完結篇(昭和36年)

監督は前作までの三隈研次から森一生に代わっていて、またお松を演じていた山本富士子も出演していません。前年の10月、12月と連続公開された前作までと比べると大幅にペースダウンして、本作の公開は昭和36年5月のゴールデンウイーク明けで、いちおう終わらせなきゃとなっていたのかもしれません。
外国映画

大統領の陰謀(1976年)

ウォーターゲート事件の真相を暴いたワシントン・ポスト紙のカール・バーンスタインとボブ・ウッドワードは取材の経緯を手記にして発表し、その原作の権利を45万ドルで買い取ったロバート・レッドフォードがワーナーブラザーズに持ち込んで映画化したのが本作です。
昭和二十年代

噂の女(昭和29年)

本作は昭和29年3月公開の『山椒大夫』と11月公開の『近松物語』の間の6月に公開されていて、溝口健二はなんと一年に三作を製作したのでした。日本映画史に残る名作にはさまれた形になった本作は、さすがに他の溝口作品よりはやや散漫な作りになっています。
日本映画

顔役暁に死す(昭和36年)

監督の岡本喜八は『独立愚連隊西へ』ですでに加山雄三を主演に抜擢していましたので、そのキャラクターを最大限に引き出しながら、地方都市で縄張り争いをするギャング集団の抗争をさまざまな映像テクニックを使って描いています。
日本映画

血槍富士(昭和30年)

内田吐夢がやっと日本に帰って来て、入社した東映で最初に撮ったのがこの『血槍富士』です。原作が井上金太郎となっている通り、井上が昭和2年に監督した『道中悲記』という映画がもとになっていて、主役の槍持ち権八を片岡千恵蔵が演じています。
外国映画

リオ・ロボ(1970年)

1977年に亡くなったハワード・ホークスにとっての遺作になったのがこの映画です。撮影時にハワード・ホークスは七十四歳、ジョン・ウェインは六十三歳。二人の年齢が西部劇というジャンル自体が消滅しそうな時代を象徴しているともいえるでしょう。
日本映画

眠狂四郎 殺法帖(昭和38年)

眠狂四郎というキャラクターをどのように映像化するのかがまだ定まっていない感じがして、雷蔵も机竜之介ほどにピカレスクに演じるのは違うと思ったのでしょうか、笑ったり情けをかけたりする人間味がところどころに垣間見えてはっきりしない演技になっていました。
外国映画

イヴの総て(1950年)

本作には原作があって、メアリー・オアという人が雑誌「コスモポリタン」に掲載した短編小説「イヴの知恵」がもとになっています。20世紀フォックス社はわずか5000ドルで映画化権を買い取り、アカデミー賞作品賞を受賞する映画に仕立てたのでした。
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