イヴの総て(1950年)

マンキーウィッツがアカデミー賞監督賞・脚本賞を受賞した名作です

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、ジョセフ・L・マンキーウィッツ監督の『イヴの総て』です。監督・脚本のジョセフ・L・マンキーウィッツは本作でアカデミー賞監督賞と脚本賞を受賞していまして、前年の『三人の妻への手紙』での監督賞・脚本賞受賞に続き二年で4つのオスカーを手に入れました。後にも先にもこの偉業はマンキーウィッツしか成し遂げていません。しかし本作には原作があって、メアリー・オアという人が雑誌「コスモポリタン」に掲載した短編小説「イヴの知恵」がもとになっています。20世紀フォックス社はわずか5000ドルで映画化権を買い取り、アカデミー賞作品賞を受賞する映画に仕立てたのでした。

【ご覧になる前に】演劇界を描いたブロードウェイのバックステージものです

演劇界最高の賞であるサラ・シドンズ賞の授賞式にはベテラン女優マーゴ・チャニングをはじめ演出家や脚本家、演劇評論家などが一堂に顔を揃えています。そんな中で最優秀女優賞の栄誉に輝いたのがイヴ・ハリントン。その8ヶ月ほど前、イヴは劇場の前で脚本家リチャーズの妻カレンに声をかけて、主演女優のマーゴに会わせてくれないかと頼んだのでした。田舎から出てきて毎日マーゴの芝居を見ているというイヴの純粋そうな様子に心を打たれたカレンが、イヴを楽屋に招き入れてマーゴに紹介すると、マーゴはイヴのことが気に入り、付き人として雇うことにしたのですが…。

ジョセフ・L・マンキーウィッツはパラマウント・ピクチャーズで字幕の仕事をしながら脚本を書くようになり、MGMに移籍してからはプロデューサーとして活躍していました。しかしMGMのスターだったジュディ・ガーランドと色恋沙汰を起したことから20世紀フォックスに移り、ダリル・F・ザナックのもとで映画監督として辣腕を発揮することになります。そしてこの『イヴの総て』はアカデミー賞14部門でノミネートされ、それは現在でも『タイタニック』と『ラ・ラ・ランド』に並ぶノミネート数として記録されているほど、1950年度のアカデミー賞の話題を独り占めにしたのでした。しかしそんなマンキーウィッツも、1963年に監督したエリザベス・テイラー主演の『クレオパトラ』は興行的に惨敗して、20世紀フォックスを倒産の危機に追い込んでしまうのでした。

お兄さんのハーマン・J・マンキーウィッツはあの映画史に残る不朽の名作『市民ケーン』でオーソン・ウェルズと共同で脚本を書いた人。兄弟揃って名シナリオライターだったんですね。でもお兄さんのほうは『打撃王』の脚本を担当したあとで五十五歳で亡くなっています。ジョセフ・L・マンキーウィッツは『クレオパトラ』の失敗の後、1972年には六十三歳で『探偵スルース』を発表していますから、お兄さんに比べれば長く映画界で活躍した名監督といえるでしょう。

演劇界を舞台にしたお話なのでとにかく出演している俳優たちの演技合戦が見どころなのですが、その中心に堂々と君臨しているのがベティ・デイヴィス。キャサリン・ヘプバーンと並んでハリウッドを象徴する存在だったベティ・デイヴィスは1930年代にワーナー・ブラザーズで活躍した女優で、初めての主演作『痴人の愛』での演技で一躍有名になったそうです。アカデミー賞でノミネートにもあがらなかったことに観客や評論家から不満の声があがり、ベティ・デイヴィスは翌年別の作品で主演女優賞を獲得しました。が、本人は前年に受賞できなかったことへの同情票による受賞だったことが気に入らなかったのだとか。1962年には『何がジェーンに起こったか?』で強烈なキャラクターを演じて女優魂を見せつけるなど、今でもレジェンドとして語り継がれているのは演技へのたゆまぬ挑戦があったからかもしれません。

ベティ・デイヴィスとタメを張るのがアン・バクスターで、この人はチャールトン・ヘストンがモーゼ役をやった『十戒』でのエジプト王女役の印象が強いのですが、1946年には『剃刀の刃』という映画でアカデミー賞助演女優賞を獲得しています。本作ではベティ・デイヴィスに負けない存在感を示していて、二人とも『イヴの総て』で1950年度のアカデミー賞で主演女優賞にノミネートされました。けれども結果的には票が割れて二人とも受賞することはできず、アン・バクスターが20世紀フォックス社からアカデミー協会に主演でノミネートするようにねじ込んだせいだという噂もあるそうです。まあ、実際はどうだかよく知りませんけど。

イヴをマーゴに紹介するカレンは映画の中でも重要な役ですが、演じているのはセレステ・ホルム。この顔は絶対に見たことがあると思っていたら、ミュージカル『上流社会』でフランク・シナトラの相手役として出ていた女優さんでした。あと、マリリン・モンローが脇役で出演していることで有名な作品でもありまして、なんとか取り立ててもらおうとプロデューサーに接近する新人女優を演じています。出演時間は短いのですが、極めてキュートで初々しいモンローが見られるのも本作の魅力のひとつになっています。

【ご覧になった後で】脚本の巧みさと俳優の演技に引き込まれる秀作でした

いかがでしたか?本作はかつてのTVの洋画劇場では当時のNETで放映されていた「日曜洋画劇場」で昭和45年に一度だけかかったのみで、その後は一回も放映されませんでした。というのも本作は2時間18分の上映時間ですので、午後9時からのTVの洋画劇場枠(114分、解説やCMもあるので映画本編に費やせる時間は100分程度)で放映するためには30分以上カットしなければなりません。全く想像もできないのですが、本作のどこを30分もカットできるでしょうか。それほど本作の脚本は濃密でスキがなく、完璧にコンストラクションされていますので、カットだらけで吹き替えのTV放映バージョンがそれはそれでひとつの鑑賞形態だとはいっても、さすがに本作だけは洋画劇場向きではなかったのだと思います。蛇足ですが、放映記録で吹き替えの声優を見ると、ベティ・デイヴィス(奈良岡朋子)、アン・バクスター(池田昌子)、ジョージ・サンダース(中村正)、マリリン・モンロー(向井真理子)という最強の布陣になっていて、字幕版ではメチャクチャ省略してあってなかなか本来のセリフの妙味が伝わらないところを、これだけの名優たちが吹き替えすればまた違った印象になるだろうなと思わせるアテレコだったと思われます。

本作を一気に見させるのは脚本の巧みさに他ならないわけでして、ブロードウェイのバックステージものでありながら映画界への皮肉のようにも見えるところが面白かったですね。「サラ・シドンズ賞」というのは映画の中だけの架空の賞で、18世紀のイギリスの舞台女優でシェークスピアの『マクベス』のマクベス夫人役で有名な歴史的女優だそうです。授賞式に出てくる肖像画は本物のサラ・シドンズを描いたもので、なんとこの映画が公開されたあとで、実際に舞台俳優を表彰する「サラ・シドンズ賞」が創設されたのだとか。架空のものが本物になるというのも紛らわしいですね。で、最後の場面で出てくるイヴによる受賞スピーチ。これが「まず○○に感謝したいと思います」なんていう、現在でもオスカー受賞の際に例外なく出てくるスピーチと全く同じになっていて、本作に作品賞を与えた全米アカデミー協会もなかなかやるなーと思わせるほどに清濁併せ吞むようなシナリオだったといえるでしょう。

そして俳優の演技が例外なく巧くて、登場人物そのものになりきっていたところも本作の特徴でした。ベティ・デイヴィスはマーゴ役と一心同体ともいえるような存在感で、マーゴ・チャニングというキャラクターを見ているのかベティ・デイヴィス本人を見ているのかわからなくなるほどでした。それに比べるとアン・バクスターは野心が表面化してからがちょっと表層的のような感じがしましたが、まあそれもイヴというキャラクターがどこまでが本心でどこからが演技なのかわからない不気味さみたいなものにつながっていたのかもしれません。カレン役のセレステ・ホルムは本作の中で唯一ほっとできる雰囲気があって、そこが観客の視点の置き所になっていたように思います。カレンがいなかったら、あまりに個性的な登場人物だらけで観客が映画の世界に浸りきれなかったでしょう。

演劇の世界を描いていてこんなにも表と裏が違うのかというテーマだったわけですが、実は本作の裏側も結構ドロドロのエピソードが満載だったようです。セレステ・ホルムにほっとすると言ったばかりですが、ベティ・デイヴィスとセレステ・ホルムはとんでもなく仲が悪くて相手のことを「雌犬」と呼び合うほど険悪な関係だったようです。それでも8週間の仕事期間を我慢すればいいと割り切って撮影にのぞんでいたのだとか。実際にベティ・デイヴィスの登場シーンはのべ16日間で撮り終えたそうですから、互いに顔を合わせる時間はそんなに長くなかったのかもしれないですね。

マーゴを支えるビルを演じたのはゲイリー・メリルという男優で、本作の前年には脚本家役をやったヒュー・マーロウとともに『頭上の敵機』に出演したくらいしか注目作品はない人です。しかしなんと本作での共演がきっかけになってベティ・デイヴィスと恋仲になり、作品完成後に二人は結婚してしまうのです。映画の中ではマーゴはビルの八歳年上であることに悩んでいましたけど、実際のベティ・デイヴィスはゲイリー・メリルの七歳年上で、まさに映画と同じような関係での結婚でした。映画ではマーゴはビルの恋愛感情を「女優としてのマーゴを愛しているだけで女優を辞めたら八歳年上ということが問題になる」というような意味のセリフで表現していました。そして実際に二人の結婚生活は十年で破綻を迎えてしまい、本作出演時に四十二歳だったベティ・デイヴィスはマーゴの予告通りにゲイリー・メリルと別れることになったのでした。

本作は1951年度のキネマ旬報ベストテンで外国映画第一位に選ばれました。淀川長治氏によると同じくバックステージものとして『ステージ・ドア』という映画が1937年にRKOから出ていたそうで、こちらはキャサリン・ヘプバーンとジンジャー・ロジャースがやり合う内容なんだそうです。まあハリウッドにいたら、裏のごちゃごちゃしたドロドロを一度は暴露したくなるんでしょうかね。芸能界って本当にコワイ世界です。(A061122)

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