昭和二十年以前

歌ふ狸御殿(昭和17年)

戦時統合で大映が設立された年の11月に公開されたのがこの『歌ふ狸御殿』で、継母や義姉にいじめられるシンデレラを元ネタにしてカチカチ山のタヌキ伝説を取り入れたオペレッタ風ミュージカルになっています。
日本映画

乾いた湖(昭和35年)

昭和35年4月『恋の片道切符』で監督デビューした篠田正浩の第二作で、岩下志麻のスクリーンデビュー作でもあります。松竹ヌーヴェル・ヴァーグの流れにのって8月末に公開された本作は6月に自然成立した日米新安全保障条約をめぐる安保闘争を題材にしています。
外国映画

影なき狙撃者(1962年)

1969年に出版されたリチャード・コンドンの原作をジョージ・アクセルロッドとジョン・フランケンハイマーの脚本・監督コンビが自ら製作した作品で、朝鮮戦争でアメリカとソ連・中国が代理戦争をしていた時代を描いています。
日本映画

その壁を砕け(昭和34年)

自分の車を買った修理工が殺人事件の犯人にされてしまう事件を描いた社会派サスペンスで、事件から捜査、法廷へと展開していく物語は非常に緊迫していて、1時間40分の上映時間があっという間に過ぎていく緊張感に満ちた作品にまとまっています。
外国映画

カンバセーション …盗聴…(1974年)

フランシス・フォード・コッポラの「アメリカン・ゾエトロープ」とパラマウント映画が共同製作して興行的には今ひとつに終わったものの、1974年度のカンヌ国際映画祭でグランプリを受賞するなど内容的には高い評価を受けました。
外国映画

ミツバチのささやき(1973年)

1940年にスペインのバスク地方に生まれたビクトル・エリセが三十三歳のときに発表した長編第一作で、スペイン内戦直後の農村に住む家族を主人公にして次女アナの視点で描いた一種のファンタジーともいえる作品です。
日本映画

乱れ雲(昭和42年)

交通事故を通じて加山雄三演じる加害者が司葉子演じる被害者家族と知り合い、深い関係になっていく悲恋ドラマです。女性を描くことにおいては右に出るものがいないといわれた成瀬巳喜男監督は本作を完成させた二年後に癌で亡くなっています。
日本映画

ろくでなし(昭和35年)

昭和35年6月に公開された大島渚監督の『青春残酷物語』をきかっけに松竹の新人監督たちの作品が「松竹ヌーヴェル・ヴァーグ」として売り出されることになりました。本作は翌7月に公開された吉田喜重の第一回監督作品で、吉田喜重自ら脚本を書いています。
日本映画

お吟さま(昭和37年)

主人公のお吟は豊臣秀吉の茶頭だった千利休の義理の娘で、その波乱に満ちた生涯を小説にしたのが今東光でした。大女優田中絹代にとっては六作目の監督作品となりますが、残念ながら本作以降二度と監督することはありませんでした。
昭和二十年以前

花咲く港(昭和18年)

松竹で島津保次郎のもとで助監督をしていた木下恵介は本作で初めてメガホンをとることになり、同時に木下作品のほとんどでキャメラを回すことになる楠田浩之もこの作品で撮影助手から撮影技師に昇格を果たしました。
日本映画

暖春(昭和40年)

「原作:里見弴・小津安二郎」の通り、昭和38年にNHKで放映されたTVドラマのためのシナリオが元になっていて、中村登監督が松竹で映画化することになりました。早くに父親を亡くした母と娘が主人公というモチーフはまさに小津映画そのものです。
外国映画

特攻大作戦(1967年)

ノルマンディ上陸作戦が実行される直前にドイツに潜入してナチス将官たちが集う城館を破壊するという特殊任務を描いた戦争アドベンチャー作品で、その特務部隊が囚人で結成される設定が、その後のアクション映画に多くの影響を及ぼしました。
日本映画

旗本退屈男 謎の七色御殿(昭和36年)

サイレント映画時代から活躍を続けた時代劇俳優・市川右太衛門は旗本退屈男を当たり役としていて、本作はその28本目の作品にあたります。市川右太衛門が全編に渡って見事な立ち回りを見せる娯楽時代劇に仕上がっています。
日本映画

拝啓天皇陛下様(昭和38年)

本作は渥美清が主演した三番目の作品で、野村芳太郎監督によって渥美清の個性が存分に発揮された傑作喜劇となりました。この映画を見たフジテレビのスタッフがヒントを得て、TVシリーズの「男はつらいよ」を発想したという話もあるそうです。
日本映画

ひばり捕物帖 かんざし小判(昭和33年)

東映は美空ひばりを主演にしたいわゆる「ひばり映画」を大量生産しましたが、本作はその中の「ひばり捕物帖シリーズ」の一篇。美空ひばりの歌が堪能できるとともに、お姫様から岡っ引き、歌舞伎役者までまさに七変化の大活躍が楽しめます。
外国映画

パリで一緒に(1964年)

オードリー・ヘプバーンが1954年の『麗しのサブリナ』以来ウィリアム・ホールデンと二度目の共演をした作品で、脚本家がタイピストに打たせて次回作を構想するストーリーをそのまま二人が演じるという二重構造になっています。
日本映画

智恵子抄(昭和42年)

詩人・彫刻家・画家の高村光太郎による亡き妻に向けた詩集「智恵子抄」は昭和32年に山村聰と原節子の主演で映画になっていますが、本作は光太郎を丹波哲郎、智恵子を岩下志麻が演じた二度目の映画化作品です。
日本映画

壁あつき部屋(昭和31年)

巣鴨プリズンに収容されていたBC級戦犯の手記を原作として映画が作られたのはGHQによる日本占領が終了した昭和28年でしたが、松竹は劇場公開を見送ってしまい3年後の昭和31年にやっと日の目を見ることになったいわくつきの作品です。
昭和二十年代

女(昭和23年)

木下恵介は戦後松竹に復帰すると昭和21年の『大曾根家の朝』を皮切りに次々に新作を発表していきます。本作は昭和23年4月公開作品ですが、同年7月に『肖像』、11月に『破戒』を発表し、この三作品によって毎日映画コンクール監督賞を獲得しています。
日本映画

好人好日(昭和36年)

中野実の原作を松山善三が脚色した物語は、世界的にその業績が注目されている大学の数学教授が主人公になっていて、好きな相手と結婚したい娘とそれを支援する妻の三人家族の情愛が描かれます。舞台となるのは古都奈良で奈良の大仏も登場します。
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