火葬人(1968年)

第二次大戦前夜のプラハを舞台とした社会派ブラックコメディのチェコ映画

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、ユライ・ヘルツ監督の『火葬人』です。プラハの火葬場で働く男を主人公としたチェコスロバキア映画で、全体主義を批判する内容が影響したのか国内では共産主義政権が倒れる1990年まで上映できなかったといういわくつきの作品です。そのわりには1970年のアカデミー賞には外国映画部門にチェコスロバキアから正式出品されて、惜しくもノミネートまでは行きませんでした。日本では「チェコ映画傑作選」の中の一本として2026年にやっと初公開されることになりました。

【ご覧になる前に】チェコの人気俳優ルドルフ・フルシンスキーが主演です

動物園の檻の前で動き回る豹を眺めているコプルキングルは家族四人でアパート暮らしをしています。レストランのホール長として働くコプルキングルはチベットのダライラマについての書物を大切にしていて、骨董屋でニカラグア大統領の肖像画を購入し食卓の壁に飾ることにしました。レストランに来た旧友夫妻を夕食に招いたコプルキングルは火葬場に勤めることになり、そこで掃除夫として働く若い女性のうなじを見つめるのでしたが…。

チェコスロバキアは1918年にチェコ共和国とスロバキア共和国の連邦国家として成立した後、第二次大戦終結後の1948年に共産党一党独裁の社会主義国家に移行し、1960年からはチェコスロバキア社会主義共和国を名乗るようになりました。1989年にビロード革命によって社会主義体制が崩壊して民主化されると、1993年に連邦制が解消されて、チェコ共和国とスロバキア共和国のふたつの国に分かれて現在に至ります。

チェコスロバキアは東ヨーロッパにおける映画産業の中心地で、1933年に完成したプラハ郊外のバランドフ撮影所はヨーロッパ最大の映画スタジオともいわれていました。1933年の『春の調べ』は全裸の女性が泳ぐシーンが話題となり、チェコスロバキア映画の存在を世界に知らしめることになりましたが、ナチスドイツの保護領下となるとバランドフ撮影所でもプロパガンダ映画が製作されるようになります。大戦後に社会主義体制が確立されると映画製作の事由も制限されますが、1960年代になると若者の恋愛のもつれや社会のモラルの欠如を扱った「チェコ・ヌーヴェルヴァーグ」と呼ばれる作品群が生まれ、また人形劇が盛んだったことも影響してアニメーション映画においては1950年代から世界のトップクラスに位置づけられていました。

監督のユライ・ヘルツは1934年生まれの監督兼俳優で、本作は三十五歳のときの作品になります。「チェコ・ヌーヴェルヴァーグ」の一員と見なされることが多いヘルツは、実は気取った集団だといって「チェコ・ヌーヴェルヴァーグ」派を毛嫌いしていたそうで、自らを反体制的なジャンルの映画監督だと考えていたんだとか。1972年にはサイケデリックなゴシックスリラー『モルギアナ』を撮り、強制収容所を描いた1986年の『夜更け』はスピルバーグの『シンドラーのリスト』を先取りしたとも言われています。

コプルキングルを演じたルドルフ・フルシンスキーはチェコスロバキアで最も人気のある俳優でした。1920年生まれですから本作出演時は五十歳になる少し前。チェコ国立劇場の舞台でも長く活躍して、フランスのレジオンドヌール勲章を受章しています。ビロード革命後には市民フォーラムのメンバーとして国会議員になったそうですから、国民的俳優でもあったのでしょう。チェコを代表する舞台演出家のイジー・メンツェルがフルシンスキーのことを「チェコのジャン・ギャバン」と評したという話も伝わっています。

【ご覧になった後で】映像演出に凝り過ぎてテーマがボケたのが残念でした

いかがでしたか?チェコスロバキアの映画は初めて見たのですが、ユライ・ヘルツという監督は非常に映像感覚が鋭く、短いショットをカッティングしていく小気味良さとクローズアップショットを多用した後で全体をポンと映し出すことで不安感を醸成するとことに特徴がありました。その映像演出は導入部から全開モードで連打されるので、檻の網越しに動き回る豹の身体のアップから始まる動物園のシークエンスだけでこれはひょっとしてとんでもない傑作かもしれないと思わされたのでした。続くレストランのシーンでは主演のルドルフ・フリシンスキーの顔のアップが繰り返されて、どんなシチュエーションで話が進行しているのかと気をもたせておいて、やっとレストランの全景を映します。観客としては全体がなかなか見せてもらえないので不安な気持ちに陥っていきます。クローズアップにこのような効果をもたらせる監督はそんなにはいませんので、なかなか期待させる導入部でした。

さらにクローズアップは場面転換にも効果を発揮していて、コプルキングルの顔をアップで映している間にレストランから骨董屋へ、骨董屋から自宅の部屋へといつの間にか場所が移動しているのです。このようにして次々にシチュエーションが転換されるので、観客は映画世界に巻き込まる感覚になっていきます。黒髪の妻や髪の長い長女や丸メガネで腺病質な長男などが紹介されて、主人公が火葬場につとめる展開になると、もう本作の雰囲気は十分に独特な世界観を形成していて、白黒のクリアな画面もあいまってちょっとほかにはないイメージだなあと思わされたのでした。

そんな凝った映像演出を序盤から繰り出すので、フルシンスキー演じるコプルキングルがドイツ人仲間に取り込まれていく展開よりも観客の目は映像表現のほうに引きつけられてしまいます。本来であれば徐々にコプルキングルがユダヤ人の血の割合にこだわり始めて家族を虐殺していくブラックなストーリーラインのほうが重要であるはずなのに、映画が優先しているのは映像表現であるというふうに見えてしまうのです。なので妻を殺し息子を殺し娘までも殺してしまうコプルキングルの恐ろしい変容よりも、浴室の真っ白なタイルだとか火葬場の金属の棒だとかコプルキングルが首筋マニアであるとかのディテールのほうに気が向いてしまって、シニカルなストーリーを華麗な映像がいち消してしまっていたのが残念でした。

映画は純粋な映像表現だけだととても1時間40分も集中しては見られません。実際のところ、導入部は凄い映画かもしれないと思って見ていたものの、30分ほどすると猛烈な睡魔に襲われてきて、ドイツ人コミュニティに取り込まれるという話のあたりでは半覚半眠でスクリーンをボーっと眺めるだけになっていました。チェコ映画の代表作とも評価されているそうですけど、あまりに映像演出に凝り過ぎていて、テーマがボケてしまったというか見ているこちらがボケた状態になってしまいました。

ところで東欧といえば当然ながら土葬ではないかと思って調べてみると、カソリック教会が火葬を認めたのは1960年代に入ってからだったのに対してチェコでは連邦国家になって1919年に国会で火葬が合法化されて以降急速に普及したんだそうです。映画に登場するのはバルドゥピツェ火葬場というところで、その外観は東欧の建築様式とは違って、映画のもうひとつのモチーフになるチベット寺院のように見えるところが興味深かったです。

導入部で主人公がチベットに知見があるように描かれ、終盤ではチベット僧侶の袈裟をまとったコプルキングルの分身が「ダライラマが崩御したので迎えに来た」と繰り返し誘いかける映像が現れます。そしてラストショットはコプルキングルの眼前にチベット寺院が幻のように立ち上がるというイメージで、これはコプルキングルが完全にドイツ人に同一化したという象徴だったのでしょうか。チベットがメインモチーフに取り上げられているのはナチスとの関わりからのようで、そこらへんは本作が観客の知的好奇心かき立てる部分でもありました。

アーリア人至上主義をとるナチスは人種神話の起源をチベットに求めていたそうで、ハーケンクロイツの意匠が仏教の卍に似ているのもアーリア文化の共通点として結び付けていたんだとか。こじつけっぽい感じですけどもね。さらにはヒトラーは1935年にアーリア人種発祥地調査を目的としたアーネンエルベ(先祖遺産研究所)を設立し、1938年にはSS長官ヒムラーがチベットに探検隊を派遣しているのです。ここまで聞くと映画ファンならピンとくるのが『レイダース 失われた聖櫃』に登場するナチスの探検隊のこと。なんとインディ・ジョーンズと聖櫃を巡って争ったあの部隊こそがアーネンエルベの調査隊をモデルにしていたという話です。いやー、まさか『火葬人』が「インディ・ジョーンズシリーズ」に関係するとは思ってもみませんでしたね。(T053026)

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