愛怨峡(昭和12年)

溝口健二監督が川口松太郎の原作で撮った戦前絶頂期の作品のひとつです

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、溝口健二監督の『愛怨峡』です。原作は劇作家の川口松太郎がトルストイの「復活」を翻案して書いたといわれていますが、「復活」ってこんな話だっけなというくらい本作の脚本では主人公を女性にして大きく改編されています。脚本は依田義賢と溝口の共同脚本で、『浪華悲歌』から始まった二人の共同脚本としては三作目。本作以降も溝口作品のほとんどは依田義賢とのコンビで書かれていくことになるのでした。

【ご覧になる前に】逆境にめげず自ら立ち向かっていく女性が主人公です

信州の老舗旅館の若旦那謙吉は女中のふみと恋仲で、謙吉の子を身ごもったふみは一緒に東京に駆け落ちしようと謙吉に迫ります。父親から旅館を継ぐようにいわれている謙吉は学生時代を過ごした東京に戻りたいと思っていたことから、ふみを連れて上京することに。友人のアパートを間借りして新生活を始めた二人でしたが、職探しをしようとしない謙吉を見て、ふみは自分が働こうとするのでした…。

溝口健二の監督デビューは大正12年。女性関係でのゴタゴタを抱えながらも、昭和に入ると『瀧の白糸』や『折鶴お千』など印象に残るサイレント作品を発表していきます。溝口健二は昭和20年代後半に三年連続でヴェネツィア国際映画祭の賞を獲得して映画監督としての絶頂期を迎えますが、サイレントからトーキーに移行したあたりで名作を連打したピーク期がありました。後に大映のオーナーとなる永田雅一が設立した第一映画社で製作した昭和11年の『浪華悲歌』と『祇園の姉妹』は映画評論家にも大変高く評価され、同年のキネマ旬報年間ベストテンではそれぞれ第3位、第1位にランクされました。溝口が新興キネマに移って撮った『愛怨峡』も昭和12年のキネマ旬報ベストテンで第3位に入っていますから、昭和7年から三年連続ベストワンを獲得した小津安二郎に若干の遅れはとったものの、溝口健二も名実ともに日本映画のトップ監督として認められた時期だったのです。

主人公ふみを演じる山路ふみ子は新興キネマで主演女優を多くつとめ、戦前には広告モデルとしても活躍していたそうです。この名前、どこかで聞いたことあるなあと思っていたら、現在も活動を続けている「山路ふみ子文化財団」の創設者なんですね。女優を引退し実業界で活動した後の昭和51年に映画人の育成を目的に自ら財団を設立し、私財を寄付したんだそうです。今でも「山路ふみ子映画賞」は継続して映画人に贈呈されていますし、近年では学生映画コンクールを開催して映画づくりを目指す学生たちの支援も手がけています。というわけで現在にもその名を残す山路ふみ子が現役時代にはどんな女優だったか振り返ることができるのが本作の価値でもあります。

本作を製作した新興キネマは戦前の映画会社のひとつで、代表者の白井信太郎は松竹の創業者である白井松次郎・大谷竹次郎のいちばん末の弟。つまり新興キネマは松竹の関係会社だったんですね。映画がサイレントからトーキーに移行すると、新興キネマのような映画会社が次々と音声付の映画を製作して日本映画は黄金時代を迎えることになっていきます。しかし、太平洋戦争が始まって各映画会社が戦時統制によって統合されることになり、日活・大都映画・新興キネマが大日本映画製作株式会社に一本化され、松竹・東宝とともに三社体制が確立されました。この大日本映画製作が戦後に社名を変えて大映となるんですが、新興キネマが帝国キネマから引き継いだ京都太秦の撮影所は現在の東映京都撮影所ですし、新興キネマが東京の大泉に新設した撮影所は現在の東映東京撮影所になっています。ルーツをたどっていくと大映だけでなく、東映にもつながる映画会社だったんですね。

【ご覧になった後で】溝口健二ならではの長回しショットが随所で見られます

いかがでしたか?さすがは溝口健二だけあって、お得意の長回しショットが随所で効果的に使われていましたね。クレーンを使用して横に移動していくショットは信州の旅館の大きさを映像で伝えていて、一目で地元を代表する老舗旅館だということがわかります。一方で固定でとらえた長回しも印象的で、芝居小屋の楽屋に寝ている病気の子どもを謙吉が連れ出してしまい、画面の奥から出番を終えたおふみが戻ってきて、子どもがいないことに気づき駆け出していくという場面は、画面の奥行きの中で俳優を動かして緊張度の高い劇的空間を作り出していました。まさに溝口健二の世界で、こうした映像表現が二年後に松竹に移籍して撮った『残菊物語』に結実していったのかもしれません。

しかしながらこの長回しショットによる映像表現は、本作のようなストーリーものにおいては俳優の演技で物語ることが条件になってきます。つまり舞台の芝居と同様に、セリフで登場人物の心情を表出することがどうしても多くなってしまうんですね。例えば芳さんが謙吉に暴力をふるうところからの一連のシーン。それまで温かい気持ちでおふみを見守ってきた芳さんがいきなりドスまで持ち出して謙吉を脅かすことの違和感は観客の誰もが抱くところです。つまり芳さんはおふみが謙吉のもとに帰るようにわざと粗暴なふるまいに及んでいるわけですよね。そこらへんは映画を見ていれば観客には自然と伝わっているはずです。しかし溝口健二はそのわかりきったことをおふみの口からセリフで言わせるんですよね。さらには芳さんも言わずもがなのことを言っちゃいます。きっとこの映画を小津安二郎が見たらすぐ丸裸になるストリップのようだと評したことでしょう。小津は見せないからこそ観客が喜ぶのだという映画の作り方をしいていた人でしたが、溝口健二はすべてを見せる映像表現に拘る人だったといえるのではないでしょうか。

主人公のふみは、男を支えて耐える女性から一気に男を手玉にとる熟練の女芸人に変貌するように描かれています。しかし山路ふみ子は、表情やものの言い方が変わってもその心根はやさしいままだという演技をしていて、それが本作に清々しい印象をもたらしていると思います。『浪華悲歌』や『祇園の姉妹』で山田五十鈴が見せた女の執念というか男への怨念のようなものは本作にはあまり感じられません。芳さんとの舞台に戻るラストショットが溝口作品にしては明るい未来を予感させていて、読後感はさわやかなものになっています。芳さんを演じた河津清三郎は黒澤明の『用心棒』で対立するヤクザ一家の片方の親玉を演じた人ですが、本作ではもちろんそんな貫禄もない若いときの作品です。元は活動写真小屋の楽士だったという半分インテリの雰囲気をうまく出していましたね。また謙吉をやった清水将夫は同じく黒澤明の『椿三十郎』では悪役の大目付を演じたりして、とにかく出演本数がべらぼうに多い俳優ですが、本作の情けない若旦那役も実に情けなくやっています。巧いですよね。

逆境をはね返して、結果的には自分も手に職をもって自立して生きていく女性が主人公なのですから、本作の『愛怨峡』という題名はいかにもおどろおどろし過ぎてミスマッチとしかいいようがありません。溝口健二作品としても本作の三年前に日活で撮った『愛憎峠』と間違えやすいタイトルになっていますので、題名で損をしている作品のひとつだと思います。(A122221)

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