歌舞伎十八番の人気演目「勧進帳」を黒澤明がリライトして映画化しました
こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、黒澤明監督の『虎の尾を踏む男達』です。歌舞伎十八番のひとつで弁慶と義経が登場する人気演目「勧進帳」を黒澤明が新しい登場人物を加えたうえで脚色して監督しました。昭和20年9月に製作が完了したものの、GHQによって「反民主主義映画」とみなされて上映が禁止されたため、GHQの日本占領が終結した後の昭和27年4月になってやっと劇場公開されることになりました。
【ご覧になる前に】対決する弁慶と富樫を大河内伝次郎と藤田進が演じます
平家を滅ぼした源義経が兄頼朝の不興を買って追われる身となったことが字幕で示され、森の中を歩く山伏たちの後を背の低い強力がちょっかいを出しながらついていく姿が映し出されます。休憩する山伏たちに向って強力が近くの関で義経一行を捕らえようとしていると伝え、山伏たちがその七人組であることに気づきます。義経を守るために強行突破を主張する常陸坊たちに対して弁慶は先のことを考えて正々堂々と関を抜けようと説きます。同行することになった強力を加えて、弁慶たちは関守の富樫左衛門と対峙するのでしたが…。
天保11年(1840年)に江戸の河原崎座で初演された「勧進帳」は明治期に九代目市川團十郎によって完成され、市川宗家のお家芸を集めた歌舞伎十八番に選定されました。元は能の「安宅」からの翻案で「勧進帳」の登場によって脳の様式を取り入れた所作事は「松羽目物」と呼ばれるようになります。奥州の藤原秀衡を頼って北に向おうとする弁慶たちが富樫左衛門が関守を務める安宅の関をどう越えるかというスリリングな展開が人気を呼び、現在でも歌舞伎の舞台に最も多くかかる演目のひとつです。
昭和18年に『姿三四郎』で監督デビューを果たした黒澤明は、兵役にとられることなく『一番美しく』『続 姿三四郎』と内務省の検閲をくぐり抜けながら新作を発表していました。昭和20年5月には四作目として桶狭間の戦いを描く「どっこい、この槍」の製作に取りかかろうとしていた黒澤明は、合戦場面で多くの馬が必要となるためその調達のため山形に向います。ところが戦争のため軍馬として徴用されていて映画撮影用に使える馬が集まらないことがわかり、「どっこい、この槍」は製作中止にせざるを得ませんでした。
「どっこい、この槍」に出演するためスケジュールをあけて待っていたのが大河内伝次郎、藤田進、そしてエノケンこと榎本健一の三人でした。『一番美しく』の主演女優矢口陽子と結婚したばかりで仕事を続ける必要があった黒澤明は東宝に対して「勧進帳」の映画化を提案することに。「大河内の弁慶と藤田の富樫で、エノケンのために新しく強力の役を書き加えるだけなら二日もあれば脚本は書ける」と申し出た黒澤に対して、上映作品が不足して困っていた東宝は渡りに舟とばかりにゴーサインを出します。おまけにセットはひとつ、ロケは当時の東宝砧撮影所の裏門から続いていた御料林で済ませられて製作費もかからないと聞いて、会社側は大いに喜んだそうです。
『虎の尾を踏む男達』という題名で製作開始となり、昭和20年8月15日の玉音放送で戦争が終結し、占領軍のアメリカ兵も現場に見学に来るようになっても撮影は続行されました。その中にアメリカ海軍中佐だったジョン・フォードもいたそうですが、黒澤明は気づかなかったんだとか。そんなこんなで映画が完成し、クレジットタイトルにも大きく「昭和20年9月製作」と表記されました。
しかしGHQによる日本占領が開始された昭和20年9月に日本映画界は大転換を迫られることになりました。9月22日にGHQのCIE(連合軍総司令部民間教育情報部)が映画会社の重役・製作者・監督と政府の役人を集めて「日本政府による映画統制組織の解散」と「映画製作に対して占領軍が希望する三原則」が言い渡されました。簡単にいうと「軍国主義の撤廃」「自由主義の促進」「平和と安全」の三つで、そのため「封建主義における忠誠」を描いた時代劇は製作・公開ともに禁止されてしまったのです。
『虎の尾を踏む男達』も忠義のお話ですからGHQのCIEが上映を認めず昭和27年までお蔵入りしたんだろうと思ったのですが、そのきっかけを作ったのは解散寸前の内務省でした。「三原則」を示したとはいってもこれから作る映画にしか反映されないわけですので、たぶんGHQは検閲を担当していた内務省に現在製作中の作品を申告しろみたいなことを求めたのでしょう。内務省に呼び出された黒澤明は検閲官から「この映画は歌舞伎の改悪であり歌舞伎を愚弄するものだ」と決めつけられ、猛烈に反論したようです。それに腹を立てたのかどうかわかりませんけど、内務省検閲官は占領軍に提出する現在製作中の作品リストから『虎の尾を踏む男達』を削除してしまいました。申告されたとしても内容的に上映禁止になった可能性もありますが、いずれにしても劇場で一般公開されるまで7年近くがかかってしまうことになるのでした。
キャメラマンの伊藤武夫は『続 姿三四郎』に続いての黒澤作品で、本作以降も『酔いどれ天使』でキャメラを任されることになります。音楽の服部正は『わが青春の悔なし』『素晴らしき日曜日』で黒澤作品に楽曲を提供しますが、本作では長唄が中心に使われているので楽曲提供というよりはヴォーカルフォア合唱団の合唱のための編曲を担当したという形だったのかもしれません。
【ご覧になった後で】歌舞伎の緊迫感には負けますが映画的アレンジが見事
いかがでしたか?歌舞伎の「勧進帳」は1時間10分の上演時間が精緻に構成された演目で、一幕ものにもかかわらずいろいろなドラマが次々に展開される実に面白い芝居なのであります。山伏を堅く詮議せよという状況設定から強行突破案を退けた弁慶が関守富樫左衛門と対峙する序盤。ノットを唱え勧進帳を読み上げ山伏問答を経て通行を許されるも番卒に見咎められ義経を打擲する中盤。関を超えて過去の戦を振り返り富樫の饗応に延年の舞で応じた弁慶が飛び六法で花道を去る終盤。歌舞伎は眠気を誘うつまらない演目もありますけど、「勧進帳」は何度見てもそのたびにその緊迫感に引き込まれる傑作の出し物だと思います。
その「勧進帳」を黒澤明がリライトした最大のポイントは、エノケン演じる強力というキャラクターを設定したこと。開巻すぐに「エヘヘヘ」とにやけ笑いをしながら登場する強力は本作において狂言回しの役割を担って、歌舞伎では長唄によって歌われる状況説明もエノケンが観客にわかるように丁寧にかつ笑いを誘う形で提示する仕掛けになっていましたし、弁慶と富樫のやりとりや義経の打擲場面などでは観客がするであろう反応をそのままエノケンが画面上でやってしまうという感情代弁キャラにもなっていました。歌舞伎では弁慶の延年の舞がクライマックスとなるのですが、映画で大河内伝次郎が踊っても何ひとつ面白くはないわけなので、エノケンが舞というかダンスというか幇間芸というかよくわからないような踊りを見せ、弁慶たち一行がいなくなった後にひとりぼっちになってしまう寂寥とした感じもただ単に明るいだけではないエノケンならではのエンディングの味付けでした。
もうひとつのリライトが富樫方と弁慶方のサブキャラクターの追加。富樫の横には梶原景時が派遣した使者として久松保夫が配置され、山伏一行を捕らえよとか義経に似た者がいるとか強硬派の役割を一手に引き受けます。歌舞伎では富樫の追求は厳しく繰り返されますし番卒の注進で義経を呼び止めるのも富樫です。しかし黒澤明は藤田進の富樫を常に明朗で疑い深くなく、清廉で実直な人物として描きたかったのでしょう。富樫のダークな部分はすべて久松保夫に担わせて、藤田進の富樫を一行を逃がしたい観客の味方としたのでした。久松保夫のサブキャラを設定したおかげで藤田進の富樫の爽やかさは強調されることになったものの、勧進帳読み上げから山伏問答までの緊迫感あふれる丁々発止のやりとりは影を潜めてしまい、サスペンスフルな展開が失われてしまったのは残念でした。ちなみに久松保夫は映画出演歴はほとんどなく、昭和40年代にバート・ランカスターや「宇宙大作戦」のスポックの吹き替えをやる声優として大活躍したひとです。
「勧進帳」では弁慶とともに義経に従うのは常陸坊海尊、亀井六郎、片岡八郎、駿河次郎の四人。ここに黒澤明は伊勢三郎を加えていますので、「勧進帳」では義経一行は六人なのですが、映画では七人の集団として描かれます。この従者たちの中でセリフが一番多いのは横尾泥海男演じる常陸坊海で、常陸坊は歌舞伎でも弁慶より年長の人物という設定です。伊勢三郎は義経に仕えたいわゆる「義経四天王」に数えられることもあるサブキャラクターで、歌舞伎よりも能のほうが圧倒的に好きだった黒澤明は、能の「安宅」では従者の名前まで設定されておらず強力数名という描き方がされているのを、あえて歌舞伎に持ち込んで人数を増やしてやれと茶化す気持ちがあったのかもしれません。あくまで推測ですけど。
しかしこの従者たちの配役が贅沢で、亀井に森雅之、片岡に志村喬、伊勢に河野秋武、駿河に小杉義男という最強の布陣。森雅之なんかセリフをしゃべるのはほんの一か所か二か所しかないのによく亀井六郎役を受けたなと思いますけど、終戦間際の混乱期にキャスティングされたとすれば、撮影所に残っていた俳優全員が動員されたという事情だったんでしょうか。一番目立つ常陸坊の横尾泥海男は日本初のトーキー映画『マダムと女房』の冒頭で渡辺篤と会話する画家をやった人。当時のキャリアでは他の俳優がかすんでしまうくらいたくさんの映画出演歴がありました。
シナリオライターとしてのリライトが的を射たものだったのと同様に、黒澤明の映像演出におけるアレンジもまた見事でした。最も効果的だったのは場面転換における省略法。歌舞伎では松羽目物という様式にしたことで、舞台セットが何ひとつなく人物の動きや配置だけで森の中とか関の中とか人物の出入りとかによって場面転換が表現されていました。その松羽目物からヒントを得たのか黒澤明は映像的に間を省略して大胆に場面を展開します。強力の情報で弁慶が正面から関を通過しようと決める森の中からワイプすると次のショットでは一行はすでに関の中に座っていて富樫と対峙しています。また義経が弁慶から打擲されても追求しようとする梶原の使者を関守は自分であると富樫が押しとどめる並びのショットがあって、そこから一気に開けた山道の場面に切り替わります。そしてヘンテコな踊りを見せるエノケンを映したロングショットからは夕闇の中で横たわるエノケンにワイプ。これらは場面転換の見事さと同時にひとつのアクションを中だるみさせずに潔く切ってしまう切れ味があって、実に小気味よい映画的アレンジになっていました。
場面転換の見事さに比べると、弁慶と富樫の山伏問答は全く盛り上がりませんでした。ここでは大河内伝次郎と藤田進をヨコイチのフィックスでとらえたロングショットの長回しを使っていて、富樫の難しい質問を立て板に水で回答する弁慶の機知が伝わらないため、富樫が弁慶を見逃す心情に迫ることができていませんでした。その前の勧進帳読み上げではクローズアップを多用してエノケンが戸惑う表情を織り交ぜながら短くカッティングする手法がある程度の効果を生んでいたため、ヤマ場であるはずの山伏問答でテンションが落ちてしまった感じでした。そもそも大河内伝次郎は表情のアップがあってこその男優ですので、ロングショットで横からとなると声そのものの演技で迫力を見せねばならず、そこまでのセリフ回しを求めるにはやや無理があったように思われます。
しかしながらラストはエノケンの強力による飛び六法で大いに挽回します。歌舞伎では御簾内からの笛と太鼓に合わせて花道で見せる弁慶の六法が「勧進帳」で一番高揚する見せ場になっているのに対して、エノケンの六法は「勧進帳」の映画化自体をセルフパロディ化して吹き飛ばすような軽快さに満ち溢れていました。つまり本来であれば「能」路線で行きたいはずの黒澤明が、路線変更を余儀なくされて急ごしらえで作った1時間弱の中編であって、本来黒澤明が作るべき映画ではないのですよと暗に宣言しているような気配がするのです。であったとしても「勧進帳」に映画的アレンジを施していとも簡単に作り変えてしまう黒澤明の手腕はさすがだと思わされるわけですし、その才能が随所に光る小品といっても良いのではないでしょうか。(U060726)

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