日本映画

昭和二十年以前

あの旗を撃て(昭和19年)

太平洋戦争における日本軍のフィリピン攻略でのコレヒドールの戦いを描いていて、フィリピン占領後に製作されたこともあって捕虜になったアメリカ人や現地のフィリピン人が多く出演している珍しい作品です。
日本映画

大魔神(昭和41年)

大映は昭和40年に『ガメラ』で特撮映画の分野に進出しましたが、「ガメラ」シリーズの『大怪獣決闘 ガメラ対バルゴン』の併映作がこの『大魔神』でした。「大魔神」シリーズは京都で製作され、時代劇を得意とする大映京都撮影所の持ち味が十分に発揮されています。
日本映画

にっぽん昆虫記(昭和38年)

今村昌平監督は軽喜劇とは正反対の「重喜劇」にこだわって人間の本質をえぐり取るような映画を得意としていましたが、その代表作となったのがこの『にっぽん昆虫記』でした。成人映画に指定されたことが話題になり、年間配給収入第一位となる大ヒットを記録しました。
昭和二十年以前

警察官(昭和8年)

本作は昭和8年の新興キネマの作品でして、松竹の傍系の会社でもありトーキーではなくサイレントで製作されています。しかしながらサイレント映画ならではの映像表現が詰め込まれていて、本分を果たそうとする警察官の奮闘と苦悩を描く内田吐夢の演出力が堪能できる作品です。
日本映画

好色一代男(昭和36年)

江戸時代前期に活躍した井原西鶴がはじめて書いた長編物語が原作になっていて、白坂依志夫が脚色したシナリオを増村保造監督が映画化しました。女性との快楽に生きる悦びを見い出す主人公世之介を市川雷蔵がはんなりと演じています。
昭和二十年以前

ハナ子さん(昭和18年)

昭和18年は太平洋戦争の敗戦を予測する軍人も一部に現れた頃でしたが、そんな時期に映画法の検閲の元で国威発揚映画としてミュージカル映画が作られていたのでした。監督は名前の表記をコロコロ変えるマキノ正博で、「雅弘」ではなく「正博」だったときの作品です。
昭和二十年以前

人生のお荷物(昭和10年)

三女を嫁にやってなお幼い男の子がいるという夫婦の子を思いやる機微を描いた本作は、松竹蒲田が得意としたホームドラマの典型で、五所平之助が監督をつとめました。昭和10年度キネマ旬報ベストテンで第6位にランクインしています。
日本映画

氷点(昭和41年)

北海道旭川市出身の三浦綾子が朝日新聞の懸賞小説に応募して入選した原作は、新聞連載後に出版されて70万部を超えるベストセラーとなりました。その原作を翌年すぐに映画化したのが本作で、大映に招かれた山本薩夫が監督をつとめました。
日本映画

てんやわんや(昭和25年)

原作は獅子文六が毎日新聞に書いた連載小説で、連載終了の翌年すぐに松竹で渋谷実監督によって映画化されました。愛媛県宇和島市は獅子文六の妻の在所で、戦時中宇和島に疎開していた獅子文六が地元のお祭りや名産品、方言などの文化や風習を題材にして小説化した作品だそうです。
日本映画

あこがれ(昭和41年)

昭和40年の黒澤明監督作品『赤ひげ』でデビューした内藤洋子は翌年に仲代達矢版『大菩薩峠』のお松に出演しましたが、この『あこがれ』が初主演作品となりました。相手役の田村亮は言わずと知れた阪東妻三郎の次男坊で、デビュー三作目で同じく主役に抜擢されています。
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