ひまわり娘(昭和28年)

東宝専属になった有馬稲子が菊千代化する前年の三船敏郎に恋をするお話です

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、千葉泰樹監督の『ひまわり娘』です。宝塚歌劇団に所属しているときに映画デビューした有馬稲子が正式に退団して東宝専属になってから初主演したのが本作で、恋をする相手を三船敏郎が演じています。翌年には『七人の侍』で菊千代を演じるとは思えないほどのサラリーマンぶりで、いかにも東宝らしい都会派恋愛劇になっていると同時に権利を主張する女性たちをやや揶揄するような描き方が時代を感じさせる作品となっています。

【ご覧になる前に】サラリーマン小説を得意とした源氏鶏太の原作を映画化

藤野家では初出勤する長女の節子を送り出すのに両親と弟が大騒ぎ。勤め先の東京化学工業で節子に与えられた仕事は文書課の通称弁慶さんこと日立一平の助手で、日立が頭を掻いたらお茶を淹れるよう先輩に教えられます。一平の親友で取引先の御曹司良助は節子をひと目で気に入り、自宅のパーティに招待しますが、良助に思いを寄せていた事務員の英子は面白くありません。その英子はある日女性社員を集めて女性が男性と同じように働く権利を主張するためお茶くみ業務をボイコットするストライキをしようと提案します。節子を含めて女性たちは英子の勢いに気おされて賛成してしまい、その日から男性社員は自らお茶を淹れるようになったのですが…。

「婦人生活」誌に連載された小説を書いた源氏鶏太は戦前から大阪の住友で経理を担当していたサラリーマンでした。戦後に小説家を専業とするようになりサラリーマン時代のエピソードや同僚をモデルにした作品を発表して、それが当時の市民感覚にマッチして多くの読者を集めて人気作家となりました。後に映画化された「三等重役」は社長役を森繫久彌に変えて「社長シリーズ」として東宝のドル箱となり、源氏鶏太も東宝の監査役をつとめるまでになったとか。本作は東京化学工業という東京の丸の内あたりに本社がある会社を舞台にしていて、サラリーマン社会によく出てくるような光景を巧みに取り入れて、争議明けの東宝にとって都会派喜劇的な作風のベースとなるような原作を提供しています。

監督第一主義をとっていた松竹と違って東宝はプロデューサー制を採用していて、東宝争議終結後にはすぐにその伝統が復活したようで、本作の製作はあの藤本真澄。「ますみ」ではなく「さねずみ」と読むのが正しくて、PCLに入社して助監督を経たあとに東宝で製作責任者になったものの、東宝争議で警官隊を導入したことの責任をとって一旦東宝を退社したのでした。自ら設立した藤本プロダクションで『青い山脈』を製作して大ヒットを飛ばし、昭和26年に東宝に復帰するとサラリーマンものを中心に「社長シリーズ」や「若大将シリーズ」を東宝の看板番組として送り出すことになります。

脚色した長谷川公之は新東宝出身の脚本家で、昭和30年代から40年代前半にかけて東映の「警視庁物語シリーズ」や大映の「陸軍中野学校シリーズ」などのシリーズもので多くのシナリオを書いています。監督の千葉泰樹は日活や大映で映画を作っていましたが、昭和26年に東宝専属となり多くのサラリーマンものの監督をつとめました。本作の前年には原節子と三船敏郎が共演した『東京の恋人』を作っていますし、加東大介を主人公とした『大番』も千葉泰樹の仕事です。

有馬稲子は宝塚歌劇団の娘役として舞台に立っていましたが本作の2年前に東宝の映画に出演したことがきっかけになって宝塚を退団し、本作が東宝専属としての初主演作となりました。とはいっても東宝にいたのはわずか2年間で、昭和30年に松竹に移籍していってしまいます。一方の三船敏郎は東宝争議中は大映や松竹、新東宝などで黒澤明や溝口健二の作品に出演して地力をつけ、東宝に戻ってからは『東京の恋人』や本作のような恋愛ものにも出演していました。この映画が公開されたちょうど一年後に『七人の侍』が封切られて大評判となりますが、菊千代のようなワイルドな役を演じた三船敏郎からすると本作でのサラリーマン上司役はなんだか少しこそばゆいような感じがしてしまいます。

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【ご覧になった後で】女性の社会進出を揶揄するような描写が目立ちましたね

いかがでしたか?「お茶くみストライキ」や女性同士の嫉妬、父親を立てる母親像など女性の描き方にどうにも偏見が目立ってしまい、戦後すぐにムーブメントとなった女性の社会進出を揶揄するような作品になっていました。それはたぶん本作が公開される前年の昭和27年まで続いたGHQの民間検閲支隊による検閲への反動だったんでしょう。GHQは男女平等を映画で積極的に描くように徹底的に指導し介入してきましたので、東宝争議が終わってやっと映画製作を再開できるようになり、また他社から戻ってきたスタッフたちもGHQがいなくなっで検閲から解放された気の緩みというか思わず男性中心の製作現場の本音が出てしまったのかもしれません。

とはいっても女性が男性と対等に働きたいという意思を示したり、なぜ女性がお茶くみをして男性はお茶を飲むだけなのかというごく自然な疑問をストライキという行動で具現化するのを、いかにもうさんくさい女性活動家の扇動のように描いたりするのは、まさに男性のひがみ根性というかGHQに頭が上がらなかったことのウサ晴らしというか、非常に潔くない感じがしてしまいます。家族を養うために身体の商売をしている幹子は結果的に会社を辞めていくことになりますし、ストの先頭に立つ英子は有馬稲子との恋愛競争にも敗れて「あなたに嫉妬していたのよ」と全面降伏し、二人のその後は完全に無視されています。そして有馬稲子は三船敏郎のお茶くみを続けて、最終的には三船敏郎からプロポーズされて見事に嫁入り先を見つけることになり、まだ仕事を続けたいといって父親の取引先の社長の息子から来た縁談話を断ろうとしたのが噓のように仕事へのこだわりなどなかったことになっています。

まあ源氏鶏太の原作自体が100%男性目線で書かれたサラリーマンの男性社会を男性視点で描いた風俗小説だったのでしょう。もちろん未読なのでなんともいえませんが、当時の流行小説には女性の社会進出なんて所詮飾り物に過ぎず女性は家庭を守っていればいいんだ的な無意識の女性差別が潜んでいたのではないかと思われます。そして東宝の製作陣も誰一人そうした差別意識を自省する人はいなかったんでしょうし、観客とて女性を含めて本作で描かれた女性の社会進出なんてまだ無理なんだというストーリーラインに反対する人はほとんどいなかったんでしょうね。

有馬稲子には、英子と幹子を演じた阿部寿美子や沢村契恵子のような生々しさがまったく見られず、宝塚歌劇団の娘役をそのまま持ってきたようなお嬢さん役をもっさりと演じていました。純朴そうに見えてちょっとコケティッシュなところがあるのが魅力の女優さんではありますが、お芝居が上手かと聞かれれば演技力はまだまだという感じでした。かたや三船敏郎は朴訥としたサラリーマンを演じてはいたんでしょうけど、弁慶さんのあだ名の通りでとても普通のサラリーマンには見えず、刑事が潜伏捜査をしているようなギラギラ感がほとばしっていって、本作には不似合いでした。友人で御曹司役の伊豆肇のほうがよほど普通のサラリーマンらしくて、どう見ても伊豆肇を選んだほうがいいんじゃないかと思えるほどでしたよね。この伊豆肇は今井正監督版の『青い山脈』でガンちゃん役をやっていたようで、日活版の高橋英樹に比べると存在感の薄さだけが印象的な俳優さんでした。

東宝版の恋愛劇としては有馬稲子の家族が全員良い人に見えて、特に清水将夫と村瀬幸子の夫婦の優しさは当時の家庭の温かさを十分に表現していたと思います。また弟役の井上大助もフランス語の勉強をしているあたりに当時の上昇志向が垣間見えたのですが、この人は子役時代の活躍とは裏腹にだんだんと役がつかなくなり、四十代前半に病で夭折してしまったそうです。若いときに注目されてもなかなか役者人生には厳しいものがあるんですね。(Y112122)

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