日本映画

昭和二十年代

女の園(昭和29年)

この映画が『七人の侍』や『山椒大夫』よりも高評価だったとはにわかに信じがたいですね。世界の多くの映画監督たちが、彼らの人生に大きく影響を受けたと明言している黒澤明や溝口健二の作品よりも上のベストテン第二位です。
日本映画

エスパイ(昭和49年)

これはSFアクション映画というよりは、主演女優である由美かおるのプロモーションビデオを見ているようで、作っている人たちも実は由美かおるを撮りたかっただけだったんじゃないかと疑ってしまうような内容でした。
日本映画

綱渡り見世物侍(昭和30年)

若殿と曲芸師が瓜二つの顔貌の持ち主で、その入れ替わりでいろんな事件が起こって最後には元に戻って事件が解決する。これは元をたどるとマーク・トウェインの「王子と乞食」を原典とした入れ替わりものの大量の亜種のひとつでした。
日本映画

橋蔵のやくざ判官(昭和37年)

ご存知「遠山の金さん」もののひとつですが、時代劇なのに映画の途中から本格的な推理ドラマの様相になってきて、そのトリックがなかなか手の込んだものなので、見ていて全く飽きませんでした。
日本映画

警察日記(昭和30年)

小さな町の警察署で様々な人々の事件や困りごとがスケッチのように描かれていく本作は、伊藤永之介という人が書いた小説がもとになっていて、秋田県出身の伊藤永之介は昭和初期からプロレタリア文学の作家として活躍し農村をテーマにした小説を多く残した人だそうです。
日本映画

青葉城の鬼(昭和37年)

原作は山本周五郎の長編小説「樅ノ木は残った」で、歴史上ではお家乗っ取りを企む首謀者だった原田甲斐を、実は伊達家安泰のために奔走した忠臣として大胆に設定し直したのが山本周五郎でした。
日本映画

東京湾炎上(昭和50年)

喜山CTS爆破を特撮フィルムとの合成でニセ中継するという着想には驚きました。それってピーター・ハイアムズ監督の『カプリコン1』の先取りではないスか!宇宙船による火星着陸を映像で偽装する『カプリコン1』が1977年製作ですから、ハリウッド映画のネタモトになるくらいのトリックを先行して映画にした事例なのでした。
昭和二十年以前

風の中の子供(昭和12年)

映像自体はレストアされていないバージョンで見たので鮮明さには欠けていたものの、本作がもっている映像の端正さというか瑞々しいまでの清廉さは本当に見事というしかなく、こんな傑作が今日的な映画批評の中で埋もれてしまっているのがもったいない気がしてなりません。
日本映画

霧笛が俺を呼んでいる(昭和35年)

映画を見ているうちに自然と気がつくのですが、キャロル・リード監督の不朽の名作『第三の男』とほぼ同じキャラクター設定とストーリー展開になっています。
日本映画

日本の夜と霧(昭和35年)

映画の内容があまりに政治寄りでかつ難解だったため公開四日目に上映中止となってしまいました。大島渚監督は現場の了解なく一方的に上映を中止した会社に反発して翌年松竹を退社し、独立プロダクションを立ち上げることになったのでした。
日本映画

モスラ対ゴジラ(昭和39年)

ゴジラ対自衛隊、ゴジラ対モスラ、ゴジラ対モスラの幼虫などの対決場面それぞれに特色が出るような工夫がされていて、1時間半の上映時間が飽きることなく楽しめるようになっていました。
日本映画

白夫人の妖恋(昭和31年)

特撮は円谷英二が指揮をしていますので、すべての特撮場面は申し分ない出来栄えです。アナログな効果が逆にドラマチックというか劇的効果をあげていたと思います。
日本映画

秋日和(昭和35年)

小津作品の中では最も喜劇性が高く、見ていてゲラゲラ笑ってしまいましたね。特に可笑しいのは岡田茉莉子と旧友三人組のやりとり。
日本映画

陸軍中野学校 雲一号指令(昭和41年)

第一作が増村保造監督で大映東京撮影所で作られたのに対して、本作は森一生が大映京都撮影所で作ったもの。市川雷蔵は前作に引き続き、三好次郎の名を捨ててスパイになった椎名次郎として活躍します。
日本映画

野球狂の詩(昭和52年)

昭和40年代後半から昭和50年代は日本映画が最底辺に低迷していた時代だとはいえ、その底辺を象徴するようなあってもなくてどうでもいいような映画、というか存在しなほうがよかった映画でした。
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帝銀事件 死刑囚(昭和39年)

日活で脚本を書いていた熊井啓が膨大な資料を調査し、平沢本人や関係者にも面会をしてドキュメンタリータッチの脚本に仕上げたもの。それを自ら監督して、熊井啓の監督デビュー作となったのでした。
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二人の息子(昭和36年)

松山善三が脚本を書いていて、高度成長期における当時の日本の庶民たちが、みんながみんなイケイケどんどんではなかったことが丁寧に描かれていく質素で実直な作品といえるでしょう。
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大脱獄(昭和50年)

高倉健と菅原文太の共演が見ものの脱獄もの。監督の石井輝男は成瀬巳喜男に師事していた割にはその作風は成瀬的な端正さとは真逆のアナーキーなもので、石井輝男らしさが存分に感じられる作品になっています。
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マカオの竜(昭和40年)

「ヒマラヤの星」と呼ばれる幻の宝石を巡って、小林旭と宍戸錠と佐野浅夫が入り乱れながら対立するアクション映画になっています。香港のギャングがからんだり松原智恵子が中国娘を演じたりする無国籍風仕立てで、モノクロながら日活プログラムピクチャーの一篇です。
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昭和残侠伝 唐獅子牡丹(昭和41年)

時代劇からやくざ映画へと舵を切った東映では、「博徒」や「日本侠客伝」、「網走番外地」などシリーズ化された作品群が、鶴田浩二または高倉健主演によって次々に作られていきました。「昭和残侠伝」シリーズもその路線に沿って九作品が世に送り出され、本作はそのシリーズの第二作です。
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