1940年代

山河遥かなり(1948年)

第二次世界大戦終結後に発覚したナチス・ドイツによるホロコーストは世界に衝撃を与えましたが、本作はアウシュビッツ収容所を生き延びた母と子の戦争直後の姿を描いた社会派ドラマで、モンゴメリー・クリフトのデビュー作でもあります。
日本映画

赤穂浪士 天の巻 地の巻(昭和31年)

東京映画配給が東横映画と大泉映画を吸収合併して、東急の子会社として東映株式会社が設立されたのは昭和26年のこと。GHQによる占領が終了して時代劇を自由に作れるようになった東映が満を持して忠臣蔵に取り組んだのが本作です。
1940年代

裸の町(1948年)

ハリウッドのメジャー各社は広大な敷地に建てたスタジオを所有していて、ほとんどの映画がセットを組んでスタジオの中で撮影されていましたが、マーク・ヘリンガーが製作した本作はスタジオやセットは一切使用せず全編ニューヨークを舞台にオールロケで撮影されました。
日本映画

第三次世界大戦 四十一時間の恐怖(昭和35年)

週刊新潮に掲載された記事を原案とした本作を製作したのは第二東映。山脈の尾根を映したタイトルロゴとともに「第二東映」製作作品が映画館にかけられるようになって半年後に公開されました。
日本映画

宇宙快速船(昭和36年)

昭和36年に東映で映画デビューを果たした千葉真一の主演三作目で、太田浩児の初監督監督作となる本作は、海王星人による地球侵略をアイアンシャープが守るというSFヒーローものになっています。
日本映画

若い季節(昭和37年)

昭和36年4月から昭和39年12月までNHKで放映された「若い季節」は化粧品業界を舞台にしたミュージカル仕立てのコメディで、お茶の間の人気番組になっていました。そこに目をつけた東宝が渡辺プロダクションの渡辺美佐をプロデューサーに立てて映画化しました。
1940年代

殺人者(1946年)

原作はアーネスト・ヘミングウェイの短編小説で、映画化にあたってはアンソニー・ヴェイラーによってフィルムノワールものとして大胆に脚色されています。バート・ランカスターの映画デビュー作としても知られていてます。
日本映画

宮本武蔵 巌流島の決斗(昭和40年)

東映が一年一作と決めて昭和36年にスタートした「宮本武蔵シリーズ」でしたが、昭和40年になると東映は時代劇ではなくヤクザ映画路線に舵を切っていました。最終的には低予算で製作することを条件にしてシリーズ最終作となる第五作が完成しました。
日本映画

宮本武蔵 一乗寺の決斗(昭和39年)

昭和36年にスタートした東映版「宮本武蔵シリーズ」は年一本のペースを守って昭和39年正月に第四作となる『一乗寺の決斗』を公開します。第二作以降因縁の関係にあった吉岡一門との対決がクライマックスを迎え、武蔵は吉岡の門弟七十六人と対決することに。
日本映画

宮本武蔵 二刀流開眼(昭和38年)

昭和36年に始まった内田吐夢監督による東映版「宮本武蔵シリーズ」五部作も中盤に差し掛かり、第三作で武蔵のライバル佐々木小次郎が初登場し、高倉健演じる佐々木小次郎が中村錦之助演じる武蔵と対峙する展開となります。
日本映画

忘れえぬ慕情(昭和31年)

松竹がフランスのパテシネマなど複数の映画製作会社と組んだ日仏合作映画で、脚本には松竹から松山善三が参加し、フランスのイヴ・シャンピが監督をつとめました。主演の岸恵子は本作の撮影後にイヴ・シャンピと結婚することになります。
日本映画

宮本武蔵 般若坂の決斗(昭和37年)

昭和36年5月に公開された東映版『宮本武蔵』から1年半が経過した昭和37年11月にシリーズ第二弾として劇場公開されました。姫路城を出た武蔵が京都から奈良へと剣術を磨く旅が描かれ、昭和37年度配給収入年間ランキングで第5位に入るヒットを飛ばしています。
日本映画

宮本武蔵(昭和36年)

吉川英治が書いた小説は繰り返し映画化されてきましたが、本作は内田吐夢監督と中村錦之助主演による「宮本武蔵シリーズ」の第一作で、5年にわたって劇場公開された五部作は東映が製作したこともあり「宮本武蔵」ものの決定版と言われています。
昭和二十年代

戦国無頼(昭和27年)

原作はサンデー毎日の連載された井上靖の小説で、脚色したのは稲垣浩と黒澤明。信長による城攻めで主君を失った落ち武者三人を主人公にして、そこに盗賊の娘と官女がからんで波瀾万丈の物語が繰り広げられます。
1940年代

街角 桃色の店(1940年)

原作はハンガリーの作家ミクロシュ・ラースローが書いた「香水店」という戯曲で、ハンガリーのブダペストにある雑貨販売店が舞台になっています。1998年に製作されたトム・ハンクスとメグ・ライアン主演『ユー・ガット・メール』は本作のリメイクです。
1940年代

逢びき(1945年)

劇作家ノエル・カワードが自らの原作を脚色して製作したイギリス映画で、第二次大戦が終結に向かう1945年1月から撮影が開始されました。デヴィッド・リーン監督が上質な大人の恋愛を描いていて、ドイツ降伏の際には終戦を祝って撮影が中断されたそうです。
1940年代

恐怖省(1944年)

原作はイギリスの作家グレアム・グリーンが1943年に発表した小説で、映画化権を獲得したパラマウントピクチャーズがフリッツ・ラングを監督に起用して映画化しました。1944年といえば、第二次世界大戦の真っ最中であり、ドイツ敗戦が濃厚になっていた時期です。
外国映画

悪魔の美しさ(1950年)

第二次大戦中、ハリウッドに渡っていたルネ・クレール監督は1947年『沈黙は金』でフランス映画界に復帰しました。ルネ・クレールが復帰第二作に選んだのが古典的名作「ファウスト」の映画化でジェラール・フィリップが主演に起用されています。
1940年代

深夜の告白(1944年)

ジェームズ・M・ケインが書いた「殺人保険」を脚色したのは監督のビリー・ワイルダーと小説家レイモンド・チャンドラーの二人。1944年当時としては反道徳的なテーマを扱った映画は、後にファムファタールものの原典と評されるようになりました。
昭和二十年以前

新しき土(昭和12年)

戦前に日本とドイツが共同製作した原節子主演作にはふたつのバージョンがあり、DVDなどで見られるのはアーノルド・フィンク監督の日本語&ドイツ語版ですが、同時に伊丹万作が監督したものもあり、本作はドイツ語部分が英語に差し替えられています。
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