てんやわんや(昭和25年)

四国の愛媛県を舞台にした獅子文六の小説を渋谷実監督が映画化した喜劇です

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、渋谷実監督の『てんやわんや』です。原作は獅子文六が毎日新聞に書いた連載小説で、連載終了の翌年すぐに松竹で渋谷実監督によって映画化されました。愛媛県宇和島市は獅子文六の妻の在所で、宇和島に疎開していた獅子文六が地元のお祭りや名産品、方言などの文化や風習を題材にして小説化した作品だそうです。この『てんやわんや』をそのままパクったのが漫才コンビの獅子てんや・瀬戸わんやで、確かになぜ苗字が獅子なのかと思ったら作者の獅子文六からそのままをいただいてしまい、獅子文六が激怒したという話が伝わっています。

【ご覧になる前に】宝塚出身の淡島千景は本作で映画界にデビューしました

長患いから会社に復帰した犬丸が出社するとそこはストライキの真っ最中で、雲隠れした社長を探し出そうと社員たちは犬丸を追いかけ回します。屋上で日光浴を楽しむ社長秘書の兵子がキャバレーで豪遊している社長のところに犬丸を連れて行くと、社長は犬丸に機密書類だといって分厚い封筒を渡してそれを愛媛県相生町まで届けるよう指示します。犬丸に好意を寄せていた兵子は犬丸にプロポーズをしますが、東京の暮らしに嫌気がさしていた犬丸は社長の言いつけ通り四国に旅立ちます。そんな犬丸を相生町で待っていたのは四国独立運動を推進する不思議な男たちでした…。

獅子文六は戦前から新聞の連載小説家として活躍すると同時に、岸田國士、川口松太郎とともに文学座を創設した演劇人でもありました。戦時中には戦意発揚小説を書き、戦後すぐ戦争協力作家として追放されそうになりますが何とか免れて愛媛県に一時的に住まいを移します。その宇和島での生活を活写した『てんやわんや』が評判となり、結果的には文壇で活躍して昭和44年には文化功労者となるのですから、なかなか強運の持ち主だったようです。その原作を脚色したのは斎藤良輔と荒田正男の二人。斎藤良輔は松竹蒲田時代から150本以上のシナリオを残した職業的脚本家で、晩年はフリーとなって大映や東宝でも脚本を書いています。一方の荒田正男は「大学の若旦那」シリーズなど清水宏監督作品で多くのシナリオを書いた人ですが、戦後の仕事は本作のみとなりました。

そして本作で映画デビューを飾ったのが淡島千景。淡島千景は成蹊高等女学校から宝塚歌劇団に進み、東京出身の美貌の娘役として人気を博していました。戦後になって先輩の月丘夢路が映画界で活躍するのを見て、後を追うようにして宝塚を退団し松竹に入社することになり、本作でいきなり主演女優としてデビューすることになったのでした。初登場シーンからしてビキニの水着姿を披露して相手役の佐野周二に女性の立場からプロポーズするという、女性の社会進出を象徴するような役柄をのびのびと演じていて、本作が映画初出演だとは思えないほどの堂々たる主演女優ぶりを披露しています。

監督の渋谷実は昭和12年の『奥様に知らすべからず』で監督デビューして以来、松竹大船撮影所を代表する監督のひとりでしたが、後輩にあたる木下恵介と仲が悪かったとか懇意にしていた出入りの食堂をいきなり鞍替えしたとか悪印象が書かれたエッセイが残っているように、人物的にはいつも威張っているタイプの人だったようです。大船監督会で「仮名手本忠臣蔵」の配役をしたところ渋谷実は斧定九郎をあてられたということですから推して知るべしというところでしょうか。それにしても本作のクレジットでは「澁谷実」の表記になっていて、確か後年の『もず』では「澁谷實」で出ていたような気もしますので、「渋谷実」という漢字は簡単なようでいろいろと変化してしまう困った名前ではあります。

【ご覧になった後で】戦後まもない頃の宇和島の様子が記録されていました

いかがでしたか?東京の喧騒から逃れて相生町という宇和島の津島町をモデルにした四国の田舎町にやってくるという筋立てなので、宇和島でロケーション撮影された映像が戦後まもない頃の町や人々の様子を記録していて、それが現在的には非常に貴重な映像アーカイブになっていたと思います。特に闘牛とお祭りを映した部分は地元の人たちの熱気に溢れていて、戦後すぐの時期なのに現在では感じられないような爆発的エネルギーが感じられました。闘牛のことを南予地方では「突き合い」と呼んでいて、特に大正末期から昭和初期にかけて農閑期の人々の楽しみとして「突き合い」は盛んに行われていたそうです。また「牛鬼まつり」は南予地方で長く伝承されてきた牛鬼伝説に基づく祭りで、現在でも7月末に開催が継続されています。

原作に基づいた脚本は、そんな相生町の人々による怪しげな「四国独立運動」がモチーフになっていますが、もとはといえば南予地方に伝わる「とっぽ話」のバリエーションなんだとか。「とっぽ話」とは日常会話の途中から民話のような話をして、それが途中から途方もない大ボラに発展するという習俗で、最後は「ほんとだすらい」と締めくくるんだそうです。ですから「四国独立運動」も真面目に見ているとなんだかきな臭い政治臭がしてくるのですが、そうではなくて単なるホラ話を和尚たちが勝手にしていると捉えるべき話だったようです。まあ桐の木が切られたとか切り株に魚が置かれたなんていうのも、「とっぽ話」的なエピソードだったんでしょうね。

そんな「とっぽ話」にからんでくる三島雅夫や薄田研二、藤原鎌足、三井弘次たちがどこまで本気なのかわからないので、ちょっと薄気味悪い感じがするキャラクターを本人たちも楽しんで演じているようでした。さらには高堂国典の老人宅に行くと桂木洋子が夜の接待をしてくれるなんていうのも、田舎の風習にはありがちなエピソードですが、田舎娘ではなくいかにも洗練された桂木洋子が差し出されるところが佐野周二でなくても勘違いしてしまうような誘惑的場面でした。あと志村喬に黒澤映画とは全く違った腹黒い社長役をはめたのも珍しかったですし、望月優子はこの頃はまだ望月美恵子と名乗っていた時期で、温泉芸者をなまめかしく演じて演技巧者なところを見せていました。

そしてなんといっても本作の注目は淡島千景でしょう。昭和25年はまだGHQによる検閲があった時期ですので、本作でも淡島千景のセリフに「女性の社会進出」とか「参政権」とかが出てきて、兵子というキャラクター自体が戦後に強くなった女性を象徴しているようでした。そんなですからちょっと間違えるとなんとも鼻持ちならない女性というふうにもなりかねない役柄なのですが、淡島千景が演ずると犬丸のことを「ドッグさん」と呼んだりしてめちゃくちゃ魅力的で可愛い女性に見えてくるんですよね。特に床屋で町の人にダンスを教える場面。あそこでひとりダンスのステップを披露するショットは、まさに本作一番の見どころで、さすがに宝塚歌劇団出身のダンスのプロフェッショナルですし、昭和25年当時においてはあのような艶めかしいダンスをじっくりと映画で見せること自体がかなりセンセーショナルだったのではないでしょうか。四国を舞台にした映画なだけに、淡島千景のダンスの鮮烈さが逆に際立っていました。

渋谷実の演出もテンポよくショットをつないで映画全体がリズム感で弾むように見えましたし、一方では伊福部昭の音楽がなんとも土俗的な民話調の雰囲気を湛えていて、南予地方の「とっぽ話」テイストを補完するようでした。そんな四国の描き方とは正反対に、冒頭の東京の場面はストライキをする社員たちの姿から始まります。その描き方がいかにも仕事をサボっているふうにしか見えず、本作製作の2年前に起きた第三次東宝争議をチャカしているようにも見えてきます。このあたりも行き過ぎた日本の共産主義化にブレーキをかけようとしたGHQの意向に沿った演出だったのかもしれません。

戦後5年しか経っていない時期にこんな民俗調コメディ映画が作られていたことにも驚きますが、獅子文六がこのような内容の小説を新聞に連載していたことが当時の人々にとって娯楽の選択肢が少なかったことを物語っているように思います。現在では獅子文六はほとんど忘れられた作家になっていますけど、こういう大衆向けの軽喜劇的小説を書ける人が戦後まもないころはベストセラー作家だったんですよね。時代は移り変わるということでしょうか。(Y102022)

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