1970年代に流行した動物パニック映画でシャチが人間に復讐するお話です
こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、マイケル・アンダーソン監督の『オルカ』です。1970年代はディザスター映画が大流行して、災害パニックものや動物パニックものが盛んに製作されるようになりました。本作もその潮流にある一本で家族を殺されたシャチが人間たちにしつこく復讐するというお話になっています。日本での配給を担った東宝東和創立50周年記念作品として公開され、地方都市では『カプリコン・1』と二本立てで上映されていました。
【ご覧になる前に】『ジョーズ』の鮫よりコワイということでシャチを選択
つがいのシャチが夕陽を背景にした大海原でジャンプを繰り返すようなカナダの海で、海洋学者レイチャルはシャチが発する声を録音しています。シャチの脳は人間と同等以上の大きさがあり、仲間同士は声でさまざまな情報をやりとりしているという学説発表のためでした。海で助手のケンがボートから落ちてサメに襲われそうになったとき、突如現れた巨大なシャチがサメを殺してしまいました。そこに居合わせたのがサメの狩猟をしているノーラン船長。彼はシャチを生け捕りにしようと銛を放ちますが、メスのシャチに命中してしまうのでした…。
『にがい米』『道』などの名作をイタリア映画界にもたらしたプロデューサーのディーノ・デ・ラウレンティスは、1970年代に入るとアメリカとの共同出資で作品を製作してハリウッドメジャースタジオに配給させるビジネスセオリーを確立していました。『バラキ』はコロンビア映画、『セルピコ』『狼よさらば』はパラマウント映画といった具合で、1976年にパラマウントと組んだ『キングコング』はその年の世界興行収入第3位のメガヒットを飛ばしています。
ディーノ・デ・ラウレンティスは常にヒット作を狙っていましたので1975年に『ジョーズ』が大ヒットするとルチアーノ・ヴィンチェンツォーニに「鮫よりもタフで恐ろしい敵役を見つけろ」と指示したんだそうです。ヴィンチェンツォーニはイタリア映画界を代表する脚本家のひとりで『鉄道員』『続・夕陽のガンマン 地獄の決斗』『夕陽のギャングたち』と幅広いジャンルの作品でシナリオを書いた人。ヴィンチェンツォーニは動物学に興味をもっていた兄からシャチを題材にするよう勧められ「人間以外で復讐のために殺戮を行う唯一の動物」として本作の脚本を作りました。
『ジョーズ』がヒットすると「サメ映画」の模倣作品が大量に上映されるようになり、1970年代はディザスター映画が「災害パニックもの」と「動物パニックもの」に分岐してアメリカ映画で大流行するようになりました。「災害」は『大空港』から『ポセイドン・アドベンチャー』『大地震』『タワーリング・インフェルノ』とどんどん災害の規模が拡大していき、「動物」は『ジョーズ』から『グリズリー』『ピラニア』『スウォーム』『アリゲーター』と熊・魚・蟻・鰐と種を広げていった中で、『オルカ』はシャチに着目したということになります。ちなみにシャチの英語名は「Killer Whale」で「Whale」だけだと鯨なんですが、「Killer」がつくとシャチの意味になります。
監督をつとめたのはイギリス人のマイケル・アンダーソンで『80日間世界一周』が有名ですが、その後は『メリー・ディア号の難破』や『六年目の疑惑』といったゲーリー・クーパー主演作を撮った程度であまり目立った作品は残していませんでした。1970年代中盤になると『ドクサベージの大冒険』『2300年未来への旅』を監督して第一線に復帰し、続いての監督作がこの『オルカ』でした。またキャメラマンのテッド・ムーアは007シリーズの撮影監督として有名で、『007黄金銃を持つ男』までは『007は二度死ぬ』『女王陛下の007』を除いてシリーズ全作でキャメラを回した人です。1914年生まれですから本作は六十歳を超えてからの撮影作品になり、カナダのニューファンドランド島で行われたロケーション撮影はテッド・ムーアには難儀な仕事だったのかもしれません。
自らスタントをこなしたリチャード・ハリスは同じ時期にイングマル・ベルイマン監督の『蛇の卵』への出演オファーを受けていたものの、その誘いを断って本作での主演を選択しました。結果的には『ジョーズ』のようなメガヒットには遠く及ばず本作は1200万ドルの製作費を回収できずに終わり、リチャード・ハリスもベルイマンの作品に出演すれば良かったと後悔したそうです。
【ご覧になった後で】盛り上がらない中で映画初出演のボー・デレクに注目
いかがでしたか?これはパニック映画としてくくるのが憚られるくらいにパニック感ゼロの盛り上がらない凡作でしたね。マイケル・アンダーソンって本当に『80日間世界一周』の監督をやったんでしょうか。映画の基本構成である脚本・映像演出・俳優の全部が水準以下となると凡打となるのは決定的で、ディザスター映画にもかかわらず特殊効果が不出来なのに加えて、せっかくエンニオ・モリコーネを起用した音楽も映画の基本方向とミスマッチを起こしていました。本当にここまで悪手が重なる映画はそんなにないんじゃないかと思ってしまうほどレベルの低い作品でした。
まず脚本が良くないですよね。本作の主人公はリチャード・ハリス演じるノーラン船長ですが、映画では先にシャーロット・ランプリング演じる海洋学者が登場するので、ノーラン船長がなぜサメを追い、サメを逃がすとすぐ標的をシャチに変えるという動機が全く伝わってきません。本作はパートナーを殺されたシャチが殺した人間に復讐するために町を破壊し男を猟に誘い出すというのが基本線ですので、ノーラン船長の側にシャチを殺さなければならなかった理由がきちんとないと人間とシャチの対立構図が成立しません。この対立軸が弱いのでドラマとしての設計段階から盛り上がらない作りになってしまっていたのではないでしょうか。
なので狙いが外れてミスったことによりメスのシャチを撃ってしまったという事故的な扱いになるわけですが、妊娠中のメスが撃たれた衝撃で赤ん坊を死産してしまうというのも、リチャード・ハリスが酒酔い運転の車で妻と子を失ったというエピソードと対比するためだけのものでした。ノーラン船長にそんな悲しい過去があるというのは本来であればドラマチックに描けるところのはずですが、海辺でのシャーロット・ランプリングとの会話でさらりと出てくるだけの軽い扱いになっていて、しかもリチャード・ハリスの告白からはなんの悲しさも苦悩も伝わってきません。これじゃあ盛り上がるはずないですよね。
ノーランの船にの乗組員は舵手のノバックと船員ポールですが、この二人がストーリー上で果たす役割は「シャチに食われること」だけでした。まあ序盤でノバックがやられるのはシャチの凶暴さを示すためのショックであったとしても、ポールはいてもいなくてもどちらでもいい的な存在でしたし、同様に海洋学者の助手ケンもなぜこの人がシャチを追う船に乗り込む必要があるのかなと疑問に思っていたところ、船から身を乗り出したところでシャチにパックリ食われるだけで消えてしまいます。シャーロット・ランプリングはその現場を目撃していて、口に手を当ててびっくりはしている様子ですが、その晩にはリチャード・ハリスに「こっちに来て暖まる?」なんて誘うくらいですから、食われるだけのキャラだったことは明らかです。
最後に主人公リチャード・ハリスが投げ飛ばされて死ぬのを足すとシャチに四人殺されるわけですが、どのシーンもサスペンスやショックのセオリーが全く活かされておらず、マイケル・アンダーソンの演出力には疑問符がつくばかりです。シャチに襲われるまでの緊張感を高めるサスペンス演出は全く施されていませんし、いきなり食われて消えてしまうというショックは最初のノバックのところでやや見られた程度に過ぎません。これは特殊効果部隊の仕事の練度が低いということも原因でしょうけど、基本的なカッティングとかクローズアップや移動ショットの使い方がなっていないとしか思えませんでした。結果的には外洋から北極海へとシャチを追うクライマックスは「シャチを追いかけた」「シャチに食われた」「投げ飛ばされた」だけで終わってしまい、何ひとつの見どころもないままにスローなバラード調の歌が流れるエンドロールになってしまいました。
エンニオ・モリコーネには申し訳ありませんが本作にこんなバラードが不向きですし、『ジョーズ』でジョン・ウィリアムズがやったような劇中でのサスペンスを盛り上げる印象的なリフレインフレーズが聞かれなかったのは残念でした。『ジョーズ』を例に出せばサメが主人公の映画なのになかなかサメを見せず、その存在を音楽で予見させるというところにサスペンスムードが生まれるわけです。ところが本作は冒頭から海を飛び跳ねるシャチの姿を大写しにしてそこに哀愁漂う音楽をかぶせるので、なんだかシャチのムードダンスのような入り方になってしまっていました。映画の最初からシャチの描き方が間違っていたとしか言いようがありませんでした。
さてさて、そんな盛り上がらない映画の中で唯一の注目ポイントはアニーを演じたボー・デレクでした。実は映画を見ているときはブルーに瞳がきれいなこの女優は誰だろうと思っていたと同時に、きれいな人ほど演技は下手だなとも感じていたのでしたが、エンドロールにボー・デレクの名前を見つけて得心したのでした。序盤の初登場シーンからショートパンツ姿で出てくるのでアニー役はあきらかに美貌と肢体を見せるためのキャラだということがわかりますし、食われるだけのポールと恋人という設定にしたのもリチャード・ハリスをシャーロット・ランプリングに集中させてボー・デレクにちょっかいを出させないためのものだったわけです。本作が映画初出演のボー・デレクは撮影時にはまだ二十歳で、三十歳年上の映画監督ジョン・デレクと結婚したばかりの頃。ジョン・デレクは『オール・ザ・キングスメン』でブロデリック・クロフォードの息子役を演じた人だそうですけど、1979年にブレイク・エドワーズ監督の『テン』でボー・デレクがブレイクすると『類猿人ターザン』『ボレロ 愛欲の日々』『ゴースト・ラブ』でボー・デレク主演作品を監督することになるのがジョン・デレクなのでした。
二十歳のボー・デレクだけが本作から浮いて見えるのはそんな背景があるからでしたが、それでもボー・デレクはシャチの攻撃を避けることはできず、なんと片足を食われて病院送りになるという役回りにされていました。食われるためだけに出てくるノバックやポール、ケンとのバランスを考えたのかもしれませんけど、アニーが片足を失うなんてシナリオ上で何の役にも立っていません。ならばそこまでしなくても良いのではと思ったものの、シャチに半壊させられて斜めになった床を滑り落ちるアニーのショットはもしかしたらディーノ・デ・ラウレンティスが『ポセイドン・アドベンチャー』みたいなのも頼む的な指示をしていたのかもしれません。いずれにしてもボー・デレクのデビュー作としてだけ記憶に留めるだけの映画でした。(U082226)

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