肖像(昭和23年)

日本映画界を代表する黒澤明と木下恵介の二人がコンビを組んだ唯一の作品

こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、木下恵介監督の『肖像』です。木下恵介と黒澤明はともに昭和18年に監督デビューを果たして戦後の日本映画界を牽引することになりますが、その二人がコンビを組んだ唯一の作品がこの『肖像』です。脚本を黒澤が書き木下が監督していて、キネマ旬報ベストテンには入りませんでしたが第14位に選出され、第3回毎日映画コンクールでは木下恵介が監督賞を受賞しています。

【ご覧になる前に】映画芸術協会に所属したことで黒澤が木下に脚本を提供

新聞広告に自由が丘の一軒家が売りに出されているのを見てブローカーの金子と玉井は共同で購入を決めますが、アトリエ付きの家に住んでいた画家一家が立ち退かず、仕方なく金子が妾ミドリとともに二階に引っ越すことになりました。猫に逃げられたミドリは他人との同居を拒みますが、画家一家はミドリを金子の娘だと思い込んで「二階のお嬢さん」と呼び始めます。雑誌の挿絵で糊口をしのいでいる絵描きの野村は家賃の足しにお嬢さんの肖像画を描くことになり、ミドリは着物を着て絵のモデルをつとめるのでしたが…。

戦後の日本映画界を代表することになる黒澤明と木下恵介はともに戦時下の昭和18年に初監督作品を発表していて、黒澤の『姿三四郎』は3月、木下の『花咲く港』は7月に公開されました。戦時統合の影響でキネマ旬報ベストテンの選出は休止されていましたは、「映画評論」という雑誌が昭和18年の優秀映画選考を行っていまして、『姿三四郎』は2位、『花咲く港』は4位に選ばれていますから新人監督としては最大限の評価を受けたといって良いでしょう。ちなみに第1位は稲垣浩監督の『無法松の一生』でした。

戦争が終わると黒澤は『わが青春に悔なし』『素晴らしき日曜日』『酔いどれ天使』を発表したものの、その時期の東宝は労働争議の真っ只中にありました。しかし労働組合が争議に明け暮れて映画製作もままならなくなると、昭和21年11月には原節子や高峰秀子らをはじめとしたスター俳優が大河内伝次郎のもと「十人の旗の会」を結成して労組を離脱、その動きは俳優だけでなく監督にも広がり、黒澤明をはじめとして山本嘉次郎、成瀬巳喜男、谷口千吉らは昭和23年3月に「映画芸術協会」を設立、第三次東宝争議が終結すると黒澤明は東宝を離れて他社で映画を作ることになりました。

その時期の黒澤の作品が大映(『静かなる決闘』『羅生門』)や松竹(『醜聞』『白痴』)、新東宝(『野良犬』)で製作されたのは映画芸術協会に所属していたからでしたが、同時に東宝以外の映画会社に脚本を提供できるようになりました。昭和19年の『陸軍』を最後に一時期松竹を離れていた木下恵介は、昭和21年に復活したキネマ旬報ベストテンで第1位を獲得した『大曾根家の朝』で松竹に復帰。東宝を離れた黒澤に脚本執筆を依頼した木下は、黒澤らしいシナリオを期待したらしいのですが、完成した脚本は逆に木下に合わせて書かれたものでした。

脚本が黒澤という以外のスタッフは木下組が集合していて、キャメラマンの楠田浩之、編集の杉原よし、音楽の木下忠司などおなじみのメンバーが揃っています。出演者のほうも『花咲く港』の出ていた小沢栄太郎、東山千栄子をはじめ、『わが恋せし乙女』『結婚』の井川邦子を主人公ミドリに起用。菅井一郎、藤原釜足、三宅邦子、三浦光子らが脇を固めています。また松竹歌劇団の戦後二期生で『女』のロケ現場に来ていたところが木下の目に留まった桂木洋子は、本作が映画デビュー作となりました。

【ご覧になった後で】「肖像」が本当の姿だという性善説が黒澤らしさです

いかがでしたか?本作を決定づけていたのはやっぱり黒澤明の脚本にあったのではないかと思われ、菅井一郎が描く井川邦子の「肖像」が妾としての現実の姿を写したものなのか、母親から引き継いだ着物を着た過去の姿を写したものなのかがテーマになっていました。小沢栄太郎からは「じゃじゃ馬」と呼ばれて画家一家からは「お嬢さん」と慕われる二面性が井川邦子の内面を形成していて、女性が妾としてしか生きていけない現実社会を糾弾すると同時に愛人の庇護から離れて強く真面目に生きる道を正しいものとする理想主義が脚本的には提示されていました。それはまさしく黒澤明ならではのヒューマニズムの発露であり、その意味では木下恵介に提供された脚本はいかにも黒澤らしい内容だったと言えるでしょう。

井川邦子が過去と現在あるいは理想と現実の両極の中に引き裂かれる存在であることは観客にもわかりやすく伝えられていて、過去にはそのまま未来への希望が示されていました。その象徴が母親からもらったという着物であり、着物姿のまま未来に進むことを励ます立場が菅井一郎の絵描き一家という構図になります。かたやシュミーズ一枚のだらしない姿は妾としてしか生きていくことができない現実を表していて、それを強調するのが一日中ビールをあおっている妾仲間の三浦光子なわけです。これほどわかりやすい構造をもつ映画は他にはないのではと思われるほど単純明快で、二項対立を強調した脚本が本作のベースになっていることは間違いありません。そしてもちろん対立を制するのは現実ではなく理想であるわけでして、菅井一郎は着物姿の肖像画の前で「私は嘘は描かない」と高らかに宣言するのです。

そのような黒澤の単純さを木下恵介が盲目的に映像化したのかといえば決してそうではないところに本作の妙味がありました。最も象徴的なのはラストショット。肖像画が展示された美術館のベンチに座った井川邦子を真正面からとらえたショットは現実に立ち向かっていこうとする意志の強さを表現していましたし、美術館から外に出る後ろ姿は真っ暗な額縁のような背景の中央に青空が長方形に切り取られていてその空間に向かって井川邦子が踏み出していく希望にあふれたショットになっていました。しかしラストショットは階段を降りて風に吹かれた落ち葉だらけの舗道をトボトボと去っていく井川邦子を映してフェードアウトします。直前に未来への希望が示されたはずなのに。この不安感しかないラストショットは何を意味していたのでしょうか。このラストショットには単純明快な直線形を好む黒澤明と人生の複雑さに囚われる木下恵介の対照的な姿勢が反映されていたのではないでしょうか。

とは言っても本作は木下恵介にとっては松竹で監督昇進後の10作目にあたり、まだ映画監督としての作風みたいなものが確立されていないような感じを受けました。映画全体のリズムに一貫性がなくシーンごとのトーンがあちらこちらに散らかって乱れているようでした。例えば画家一家と佐田啓二が夜の月を見上げながら庭でダンスを踊るシーン。二階からその光景を見下ろす井川邦子がその明朗快活さを羨むのですが、どのショットも短すぎてしまい登場人物の動きだけがガチャガチャしていて、エモーショナルな情緒がほとんど伝わってきませんでした。

一方では妾仲間の三浦光子とビールをあおるアパートの一室では横からのフィックスで二人の会話を長回しで撮っています。ひょっとしたら木下恵介の意図はお嬢さん場面と妾場面をわざとトーンを変えて映像化したのかもしれませんけど、その小細工によって作品の統一感が大きく損なわれてしまっていました。脚本段階でその二面性は観客にわかりやすく提示されていますので、演出のトーンを変えることまでやるとヒューマニズムの押し付けみたいに感じられますし、画面上でのあざとさが強まってしまった感があります。

それでも前述したラストショットでは本作ではじめての横移動を使うことで効果を最大化していました。美術館の柱が横に流れる向こうをやや前かがみで立ち去っていく井川邦子をとらえたドリーショットこそが木下恵介が最もエモーションの強い表現でしたし、落ち葉だらけの舗道を去っていく井川邦子の将来は決して明るくはないのだという不安感を残すためのショットだったのではないでしょうか。(U110726)

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