ドイツの捕虜収容所からの集団脱走を描いた映画史上最も面白い娯楽大作です
《大船シネマおススメ映画 おススメ度★★★》
こんにちは。大船シネマ館主よのきちです。今日の映画は、ジョン・スタージェス監督の『大脱走』です。第二次大戦中、ドイツの捕虜となった連合軍兵士たちは収容所から脱走して後方攪乱することが任務とされていました。実際にドイツの第三空兵収容所に捕らえられていたことがあるオーストラリア空軍パイロットのポール・ブリックヒルが戦後にその経験をノンフィクションとして発表したのが1950年のこと。ジョン・スタージェスは出版されるとすぐにその映画化権を入手しましたが、製作費の工面がなかなか進まず、10年以上経ってからやっと製作に着手することができました。スティーヴ・マックイーンやジェームズ・ガーナーなど当時注目され始めた俳優たちの起用が新鮮だったこともあり大ヒット作となり、現在でも上映されるたびに新しいファンを獲得している映画史上最も面白い娯楽大作のひとつです。
【ご覧になる前に】ミュンヘン郊外に収容所オープンセットが再現されました
ナチスドイツのトラックが捕虜となった数百人の連合軍兵士を収容所に運び込むと、収容所のフォン・ルーガー所長は英国将校ラムゼイ大佐に「腐った卵をひとつの籠に集めたのだ」と告げます。ロシア軍捕虜に交じって外へ出ようとしたダニーやウィリーはすぐに発見されてしまい、鉄条網の立ち入り禁止区域にボールを投げ入れたヒルツは所長に抗弁したアイヴスとともに独房に入れられました。そこへひとりの英国軍人がゲシュタポに連行されて収容所のメンバーに加わります。彼こそが連合軍兵士の脱走計画を取り仕切る「ビッグX」ことロジャー・バートレット少佐で、ロジャーは早速集団脱走計画のための組織づくりに着手するのでした…。
原作となったノンフィクションを書いたポール・ブリックヒルはオーストラリアのシドニーで新聞記者をつとめた後、オーストラリア空軍に入って北アフリカ戦線にパイロットとして派遣されていました。撃墜されたチュニジアで捕虜となり、ドイツの捕虜収容所「スタラグ・ルフト3」に送られたブリックヒルは、1000名近い捕虜たちの中で英国将校ロジャー・ブッシェル指揮のもと、三つのトンネルを使った集団脱走計画に参画することになります。ブリックヒル自身は閉所恐怖症を抱えていて、実際の脱走には加わらなかったようですが、その経験を本にしたのが1950年に出版された「The Great Escape」で、その翌年には後に映画化される「暁の出撃」を発表しています。
ジョン・スタージェスは1911年生まれなので本作製作時には五十二歳になっていました。第二次大戦中には通信隊員から空軍に転入し、コルシカ、北アフリカ、イタリアなどを転戦して各種勲章を受けたそうです。この間に記録映画の製作にも従事して、中には同じく従軍していたウィリアム・ワイラーとの共作もあったとか。除隊後にコロムビア映画で助監督をやった後に1946年に監督デビュー。当初はB級専門でしたが、1953年の『ブラボー砦からの脱出』が出世作となり、以降は『日本人の勲章』『OK牧場の決斗』『老人と海』などを監督していきます。そしてプロデューサーのウォルター・ミリッシュと組んで製作までやるようになったのが『荒野の七人』で、そのヒットでやっとユナイテッド・アーティスツから資金を得ることができて、この『大脱走』を製作・監督することになったのでした。
撮影にあたっては「スタラグ・ルフト3」をそのまま再現するために当時の西ドイツ・ミュンヘン近郊に巨大な捕虜収容所のオープンセットが建設されました。工事の際に隣接した森の木を伐採しなければならなくなり、ジョン・スタージェスは西ドイツ内務大臣に撮影終了後には伐採した木1本に対して2本の苗木を植えるという計画書を提出して、やっとブルドーザーでの伐採が認められたそうです。キャストの拘束期間の問題もあったんでしょうけど、室内撮影もミュンヘンのバイエルンにあるスタジオが使われたそうですし、後半の逃走場面はライン地方やオーストリア国境のフュッセンでロケーション撮影されました。なのでアメリカ映画ですが、全編ヨーロッパで撮影された作品となっています。
シナリオとして脚色したのはジェームズ・クラヴェルとW・R・バーネットの二人で、クラヴェルは『いつも心に太陽を』の脚本を書いていますが、それよりもTVシリーズになった『将軍』の原作者として有名になりました。一方のバーネットはクラヴェルより二十五歳も年上のベテランで戦前から多くの映画で原作を書いていましたから、本作では監修的な役割を担っていたのかもしれません。
撮影のダニエル・L・ファップは戦前からパラマウント映画のキャメラマンとしてのキャリアを積んだ人で、1960年にはあの『ウエスト・サイド物語』で撮影監督をつとめて見事にオスカーを獲得しています。なのでロケーション撮影はお手の物というところだったんでしょうね。そして本作に欠かせないのがエルマー・バーンスタインの音楽。エルマー・バーンスタインも大戦中は陸軍航空隊に所属して、空軍楽隊のために楽曲を作っていました。『黄金の腕』ではじめてアカデミー賞にノミネートされて、オスカーを勝ち取ったのは『モダン・ミリー』の一度だけでしたが、ノミネートは13回にも及んでいます。
そして豪華な俳優陣は列挙していると長くなってしまうほどですが、特徴的なのは大スターではなくTVシリーズなどで注目された新しいスターたちを多く起用したことでした。スティーヴ・マックイーンはすでに『荒野の七人』でスタージェスに使われていますけどそのときの主演はユル・ブリンナーでしたので、本作ではじめて超大作のトップビリング俳優となりました。二番目に出てくるジェームズ・ガーナーはTVの「マーベリック」で注目され1961年には『噂の二人』でオードリー・ヘプバーンの恋人役に抜擢されていました。三番目のリチャード・アッテンボローは王立演劇学校で学んだ英国人俳優で、本格的なハリウッド作品への出演は本作がはじめてではないでしょうか。
バートレット役には当初リチャード・ハリスが予定されていたそうですが、別の作品を撮影している間にバートレットの出番を減らされてハリス自ら降板したんだとか。リチャード・アッテンボローはそこで急遽配役されたという経緯らしいです。また製作総指揮のウォルター・ミリッシュはヒルツ役にカーク・ダグラス、ヘンドリー役にバート・ランカスターを予定していたという話もあり、そんな重たいベテラン俳優が出演していたらこの作品は成功しなかったはずですから、結果的にマックイーンやガーナーたちに任されたのは幸運なことだったんですね。
【ご覧になった後で】この映画こそ映画の中の映画、完璧に面白い映画です!
いかがでしたか?本作がTVで初放映されたのは1971年(昭和46年)10月1日・8日のことで、その年の春に新番組としてスタートしたばかりのゴールデン洋画劇場で二週に渡って放映されました。本作の上映時間は172分ですからTVの番組枠から考えてもノーカットで放送されたわけです。もちろん日本語吹き替えバージョンでしたけど、出演俳優すべての声優がドンピシャというか、元の声を知っているわけではないのですが、この声しかないだろうというくらいすべての登場人物にぴったりとマッチしていたのです。マックイーン=宮部昭夫、ガーナー=家弓家正、アッテンボロー=宮川洋一、チャールズ・ブロンソン=大塚周夫(実際のブロンソンの声と本当にそっくり!)、ドナルド・プレザンス=勝田久(「鉄腕アトム」のお茶の水博士の声をやった人)、ジェームズ・コバーン=小林清志、デヴィッド・マッカラム=井上真樹夫、アンガス・レニー=富田耕生などなど。本当にすごい声優さんたちが揃っていましたね。
『大脱走』を見ていると、映画を見るということは観客が映画の中にすっぽりと入ってしまうことなんだなあとあらためて実感します。映画自体が時間を支配しているのですが、観客が時間のハンドリングを握っているうちは入り込んだとはいえません。なので普通の映画を見ているときは、このショットはすごいなとかこの俳優はうまいなあとか、観客が自分の時間の中で考えたり思ったりするのです。ところがこの『大脱走』は違うんです。観客として映画に対する何かを考えたり思ったりするなんてまるっきりできないというかさせてくれないんですよね。なぜなら観客が映画の時間の中に取り込まれてしまって、映画の登場人物の一員になったつもりで物語自体の目撃者にさせられてしまうからです。だから『大脱走』を分析的に批評的に見ることは一切できません。実体験のような形で、収容所での脱走計画からトンネルでの脱走、そしてドイツからスイスやスペインを目指しての逃走を体感するのみなのです。こんな映画、ほかには絶対にありません。
でもなんでこんなに映画そのものに没入させられてしまうのでしょうか。ひとつには冒頭から40分くらいの展開が完璧に構築されているので、するりと映画の中に入ってしまう点があげられるでしょう。トラックが走る。収容所に着く。所長からなぜここか説明される。連合軍捕虜の主要メンバーが手際よく紹介される。草木に隠れたのがバレる。ヒルツが独房に入る。独房でヒルツとアイヴスが会話する。ビッグXが到着する。早速得意分野ごとに専門家が指名される。たぶんここまでで約40分なのですが、一切映画の方で時間をハンドリングする手を緩めないので観客はもう映画の中から抜け出せなくなっています。このあとでヘンドリーとコリンが相部屋になって紅茶でなごむあたりでやっと一息という感じですから、ここまでの引き込み力はものすごいものがあります。
で、やっぱりディテールの作り込みも強力な引力をもっていますね。それぞれの専門家が脱走計画を分担しながら進めて行く中で、ヘンドリーは調達屋なのでトラックの下からバールを引き抜いてきますが、そこらへんのありがちな普通さを見せておいてからのプロの仕事を深堀りする展開力がすごいです。ダニーとウィリーのトンネルの入り口を掘り始めるところから、続いてアシュレー・ピットが開発したズボン下の廃土捨ての仕掛けが披露され、グリフィス(脱走本番でイラついて出てしまい台無しにするやつ)は服飾の職人なのでどんな素材も服に誂えてしまいますし、セジウィックはいつのまにか換気装置を完成させます。これらは脱走本番のときのディテールにつながっていて、トンネル内を走る台車の車輪やレールが全部木で作られていたり、土の中から空き缶をつなげて作った通風孔が飛び出ていたりと、すべてが手作りでこさえられた装置だというところにものすごいリアリティが感じられるのです。
そして音楽と音の効果が非常に利いていて、映画の中で観客を放さないのは音響設計が緻密に組み立てられているからでもあるんですよね。エルマー・バーンスタインの音楽はシチュエーションを音にして見せる効果を持っていて、例えば独立記念日にトンネル「トム」が発見されるところ。それまで人の良いボンクラドイツ兵だったウェルナーがストーブ台座のレンガ床に水を垂らすのですが、そこにかかるバーンスタインの音楽がいかにも水をチョロチョロさせる音と見つかったしまうのかもという不安のふたつの意味を込めているように聞こえます。トンネルを掘る場面では突き進むように勇躍する音楽ですし、コリンの目が見えなくなる経過はかよわい音楽の調べで表現されます。脱走シーンではヒルツのバイク音がバーンスタインの音楽と相乗されてスピード感が増してきて、収容所では物悲しかったコリンのテーマはアルプスの山越えに向けては雄大な管弦楽曲として高鳴ります。まさに劇伴というべきバーンスタインによる音の操縦術でした。
主にミュンヘンで撮影されたためかもしれませんけど、アメリカ映画なのにカラーの発色具合が非常にしっとりしていて、ヨーロッパ調の画面に見えるのが不思議でした。キャメラマンのダニエル・L・ファップの力量なのか、本当にヨーロッパの空気感が違うのか、とにかく変にカラっとしていない映像が本作を勇猛果敢な戦争アクション映画ではなく、戦争の悲惨な面を伝える哀調を備えた作品にさせています。エピローグ部分でダニーとウィリーがストックホルム行きの船に乗り込み、セジウィックがスペインのレジスタンス兵のあとに続く(ということはフランスを横断したことになります)安らかさを確認する一方で、ゲシュタポによってスパイ行為だと断定されてバートレットやマクドナルドたちが銃殺される丘の上のシルエットからは戦争の悲惨さや理不尽さが十分に感じられます。ここらへんのトーンが『大脱走』を戦争映画とかアクション映画とかいう範疇だけにとどめずに普遍的な価値のある映画として成り立たせているような気もしますね。
ちなみにスイス国境まであともう少しというところで鉄条網(ゴムで作ってあるそうですけど)にからまって捕まるヒルツがトレーナーの襟首を折り返してバッジみたいなものを見せる仕草をします。子供の頃はあれが何だったのかよくわからなかったのですが、アメリカ空軍のパイロットであるという徽章を見せていたんですね。つまりヒルツは連合軍兵士として捕らえられたのでスパイ容疑で銃殺されることなく収容所に戻ることができたのだ、と現在になってやっとわかりました。
本作の技術顧問をつとめたC・W・フラディはポール・ブリックヒルと同様に「スタラグ・ルフト3」に収容されてトンネル堀りに参加していました。掘削のための道具や支え板、台車、空気ポンプなどはすべてフラディの指導によって映画の中で再現されたそうです。そのフラディは「脱走は知性よりも本能に支配されるんだ。自由になりたいという一心が何よりも強いのだ」という言葉を残しています。『大脱走』が映画の中の映画としていつまでも愛され続けるのは、映画の根底にこの言葉の意味するものが通底しているからかもしれません。(T061123)
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